とっぷてきすとぺーじ一万リクインデックス 本文へジャンプ


ルートの、失われた記憶を求めて



 ルートが目を覚ましたのは、見慣れない豪華な天蓋つきベッドの中だった。
「?」
 目覚めと同時に意識も完全起動状態になるルートは、寝ぼけることなど滅多にない。就寝時の記憶はそのまま起床時に受け継がれるのが普通だ。
 だから。
 ここがどこなのか、今何時なのか。何故見知らぬ場所で寝ているのか。それがさっぱり判らないという事態は珍しい。
 そっと気配を窺うと、広いベッドで寝ているのは彼だけではなかった。「またフェリシアーノか」と思って手を伸ばしかけたルートだったが。
 毛布を巻きつけた身体は明らかにフェリより巨大で、なにより聞こえてくる寝言が…ロシア語。
「イヴァン?!」
 驚いて、ベッドから転がるようにぬけ出すルート。
「くそ、なぜこいつが俺と寝てるんだ!」
 思いだせない苛立ちに、べっとり嫌な汗がうかぶ。反射的に自分の身体をチェックしてしまうのは、軍人時代の習い性だ。
(拘束された形跡はない、注射痕もない。ならば拉致や監禁されたわけではなさそうだが)
 というか、拉致ならイヴァンが隣で寝ている理由がない。(落ち着け俺)と自分に言い聞かせ、必死で記憶をたどってみる。
 昨夜はOECD会議の打ち上げで、一緒に酒を呑んだのは覚えてる。そのあと誰かの家に誘われたような気がするが……。
 とにかく何かヒントが欲しい。ルートにも家をたずねあう友人は複数いるが、寝室まで入ることは滅多にない。室内を見回してもピンとこないのは、そのせいだろう。居間かホールを見れば何か判るかもしれない。


 一階に降りてみて、ここがフランの館だという事に気付いたのはいいが。
「いったい何があったんだ?」
 広いサロンでは、あっちでもこっちでもごろ寝する人。しかも、服を着ている方が珍しいという「目も当てられない」惨状を呈している。
 特に激しいのがアーサーとフランなのはいつもの事で。生白い裸体をさらして、はた迷惑なほどのびのびと快眠。
 ソファでは、ギルがいびきをかいていた。背もたれに両足を乗せ、頭を真下に落とすという「逆さ磔」状態だ。(よく眠れるな)とルートは呆れた。
 ローデはピアノの下で丸くなっている。(こいつまで酔っ払うとは珍しい)と思わず覗き込んでみると、床に「Ich bin Scheisse(=私はコンチクショウ)」と書きなぐってある。何のダイイングメッセージだ。
 豪華な部屋に似あわない段ボール箱の中には、バッシュが詰まっていた。膝を抱いて窮屈そうに眠っている。周囲の喧騒に耐えかねて、自分から閉じこもったのかもしれない。
 ふらふらと廊下に出ると、レストルームの扉にもたれてトーニョが座り寝してた。
「ロヴィには手ぇださせへん」などいう寝言を垂れ流している。ということは、ロヴィは中に閉じ込められているのだろうか?
 キッチンではアルフレッドが、冷蔵庫の扉をあけっぱなしで爆睡中だ。飲み物でもとりに来たのだろう。
 エコロジーの観点から、とりあえず冷蔵庫は閉めておいた。
 相変わらず、何があったのかさっぱりだ。ふと、古いホラー映画を思い出してしまう。
 見知らぬ山荘で目覚めた主人公。自分が何故そこにいるのか思い出せない。建物のあちこちにはスプラッタな死体が転がり、おびえた主人公は、自分の手が血まみれなのに気がついて……。
「!」
 思わず自分の手を見る。大丈夫、血は付いてない。考えながら歩いたので、扉にぶつかってしまった。無意識にドアノブをつかみ、部屋に踏み込んだ。
 するとそこには、上半身もろ肌脱ぎの菊が倒れていた。妙な事を考えていたせいで「死体か?」と慌てたルートは、力いっぱい菊を揺さぶりながら叫んでしまう。
「おいっ! 大丈夫か?」
「もちろんです」
 返答は即座に、しかも変に冷静な口調で返ってきた。
「私とした事が、少々呑みすぎてしまいました」
 ふう、とため息をついた菊は、上半身裸なのになぜかネクタイだけがそのまま首に残っている。珍しく、彼もハメを外したらしい。
「昨夜は大変でしたよ」と言いながら、菊が自分の腹を指差す。そこに横一文字に走る赤い線を見て、ルートがうろたえた。
「呑み過ぎるとセップクするのかお前は!」
「何言ってるんですか。あなたが言いだしたんでしょう」
 首をかしげて「覚えてないんですか」と問われ、ルートのパニックは最高潮に達した。
 ここまで言われても、何も思い出せない。 
「すまない! 泥酔のあげく友人にハラキリを強要するとは! 俺は自分が恥ずかしいぞ」
 頭を抱えてその場にうずくまったルートを見て、菊が「落ち着きなさい」と笑う。
「本当に切るわけないでしょう。これは赤マジックですよ」
 酔った勢いとは言え、「本田菊切腹します」と作法一式披露したなんて事は、忘れてくれて幸い。菊は心からそう思った。
「じゃあ、あの惨状の何割くらいが俺のせいなんだ!」
「どうして自分のせいだと思うんでしょうね」
 あなたらしい気もしますが。と答えた菊が、ルートの尻ポケットから手帳を抜き出した。
「事の顛末は、ここに書いてありますよ」
 ポンと手渡された自分の手帳をめくると、そこには昨夜の乱痴気騒ぎが事細かく書きしるされている。書いた事さえ覚えいていないが、間違いなく自分の字だ。
 そこにつづられている内容は、ルートの想像の斜め上を突っ走ってた。何やってたんだあいつらは。
「やたら詳細に記録するから、後で全員に説教でもするつもりなのかと思っていましたが。まさか記憶喪失時の忘備録とはね」
 どんなつもりで書いたのか、それすら記憶にない。すっかり気が抜けたルートは、フェリがどこにもいなかったことに気付いた。
「フェリを知らないか?」
 問われた菊は、視線をそらしながら「彼は早めに休みました。多分、客間ではないかと」
「そうか。珍しいな」
 皆と騒ぐのが大好きなフェリが、先に寝るとは思わなかった。
「誰かに苛められたのか? 腹でも下したのか? 手帳にも書いてないし、よく判らん」
 首をひねっているルートを横目で見て、菊は真相を告げるべきか迷う。


「お前ら、本当に仲良しさんだよね」
 そうからかったのはフランだったか。それに「うん! 俺ルッツが大好きだよ!」と答えたところまでは、いつものフェリだったと思う。
 そのときすでにルートは泥酔していたのだろう。「それを言うなら俺はなぁ!」と、いつにない笑顔でこんな事を口にしたくらいだから。
「1900年代からずっとお前が好きだったぞ」
 のろけるんじゃねえ。と、ギルをはじめとするお兄さん’Sが一斉にルートをつぶして話はそれっきりになったが。
 菊は、フェリが真っ青になるところを目撃してしまった。理由は判らないが、ルートの台詞が引き金なのは間違いないだろう。
 見たまま話すのは簡単だが、フェリの態度が気になる。第三者が触れない方がいいと、菊の勘が告げている。
「覚えてない、というのが困りものですね」
「?! やっぱり俺が何かしたのかっ」
 私も覚えてません。とはぐらかすと、ルートは慌てた様子で廊下に飛び出した。途中、何かにぶつかる音やトーニョの悲鳴が聞こえたから、彼もまだ酒が抜けていない。
「失った記憶を、残らず拾えたらいいのですが」
 健闘を祈ります。と呟いて、菊も再びダウン。


 一同が目を覚ましたのは、太陽が窓枠より高い位置に登った頃。
 フェリの隣で二度寝したルートはもちろん、菊もこの時の会話を全く覚えていなかった。
 その後、ルートの手帳を元に皆で昨夜の記憶を整合したが。
 戻らなかった記憶のひとかけらがあることを、誰も気がつかなかった。


 終
 
 

 手帳、最後の一行には「ラインダンスでフィニッシュ」と書いてありました。
 何があったのか、問わないのも友情だと思うよ。

 リクエスト第一弾です。
 「ドイツが記憶喪失になってしまう話が読みたいです」でした。
 まともに扱うと、記憶を喪失→騒動→解決→記憶が戻るまでを書かないといけないので長くなる。
 そう思って、酒の上での一時的記憶喪失をネタにしました。
 記憶がない事を「何をしたか覚えてない」と思うか「覚えてないから何もない」と思うか。どちらをとるかで、人生変わってくると思います。

 ラストシーン。
 ルートが口にしたのは、最後に神ロがちびたりあに残した言葉とダブります。
 彼らが出会ったのはWW1のころなので、ああなります。
 ルートは前世の記憶がないので、全くの無意識。思った通りに口にしただけです。
 それでもフェリにとっては、昔誰かに言われた言葉をどうしても思い出すわけで。
 振り回されるフェリが、気の毒です。



 Write:2010/04/24

  とっぷてきすとぺーじ一万リクインデックス