ハレの日はプールで
「ねえ、近所にプール見つけちゃったよ! 皆で行こうよ」 そう言いだしたのはフェリシアーノだった。「近所?」と、菊は首をかしげる。
「もしかして、駅から見えるアレですか?」 「そー。たくさん人が集まってたから、きっと面白いんだよ! だから行こう!」
ねーねーねーと訴えるフェリは、勝手にルートの水着まで荷造り中だ。 「……人が多かったら、泳げないじゃないか」
「いいんだよ泳げなくても! 水着の女の子さえいれば!」 「何しに行くんだお前は」
「女の子を見に行くに決まってるでしょ? プールだよ?! 他に何するのさ!」 「プールというのは、普通は泳ぐ場所だ!」
いつも賑やかな二人を、まったり見守る菊。
気分はすっかり「夏休み中の孫を見守る祖父」だ。 今年も独伊コンビは日本に遊びに来ている。夏に旅行と言えば避暑、じゃないかと菊は思うのだが。
彼らは毎年、暑ささえ楽しみの一つとして見事に遊びこなしている。 (去年、ビニールプールで遊ぶのを見た時にはさすがに驚きましたが)
「まあ、いいじゃないですか。ちょっと遠いけど、もっと広いプールも他にありますが、いいんですか?」
「大丈夫だよ〜。泳ぎに行くんじゃないから!」 「泳げ! メタボっても知らんぞ!」
彼自身はファミリープールなどという場所に縁がなかった。気分だけではなく、実質的にも「じじい生活」だったと菊は少し反省する。
「たまには、童心に返りましょうか」
そう呟いて、出かける準備を始める菊。ルートに聞こえていたら、「ナンパのどこが童心?」と突っ込まれていただろう。
プールはかなり混雑してた。子供や家族連れが多いが、立地の良さからか若者グループも結構来ているようだ。
「うーわー。可愛い女の子がいっぱいだぁ! トーニョ兄ちゃんの『楽園やんなぁ』って、こんな感じ?」
浮かれたフェリが早くも「お花畑」に突入しそうになるのを引きとめ、菊は「私はここにいるので、何かあったら必ず戻ってください」と念を押す。
「……子供ばかりだな」 「夏休みですから、仕方ありませんよ」
水泳=トレーニングなルートの競泳水着姿を見て、菊はさすがに気の毒になる。流水プールも25mプールも歩き回る人で混雑していて、とても泳げそうにない。
あの場にルートが乱入したら、漁船の群れに突っ込む駆逐艦状態になりそうだ。もしくはアザラシの群れに突撃するシャチ。剣呑極まりない。
「それに、このプールの水深は1メートル強です。貴方には物足りないでしょうね」 「何しに来たんだ俺は」
ため息をついて、ルートは早々に甲羅干しに入る。長々と横たわった見事すぎるボディの横で、菊は飲み物や日よけを準備した。
「フェリと一緒に行けばよろしいのに。荷物番はひとりで十分です」
そう告げると、ルートはサングラス越しに目線を菊に向けた。 「奴は女の子の間をさまようのが趣味なんだ。好きにさせておけ」 「おや。貴方は違うと?」 問うと、ルートの口元がわずかに緩む。
「標的は随時移動中だぞ。定点観察で十分だ」
売店近くに陣取ったせいか、仰向けに横たわったルートのすぐ側を人が無造作に行き来する。今も女の子グループが通ったところだった……が。
「見てるんじゃないですか貴方も」
呆れた菊がそう突っ込むと、ルートは軽く親指を立ててみせた。(泳ぎたそうなのに申し訳ない)と気にしていた菊は、何だか一気にどうでもよくなってしまった。
「そんなだからフェリに『むっつりスケベ』って言われるんですよ。いっそナンパに行ってきなさい男らしく!」
「お前最近、言葉に遠慮がなくなってきたな」
気を使われなくなったのは嬉しい。だがその半面、八つ橋でくるんだ表現がたまに懐かしくなるルートだった。
「そういえば、フェリはどこまで行ったんでしょう」 心配そうに呟いた菊に、ルートが「そろそろ戻ってくると思うぞ」と答える。
すると。 まるでその一言を待っていたかのように、「ヴェ〜」というおなじみの声が聞こえてきた。
見ると、プールサイドを泣きながら疾走してくるフェリの姿が。しかもその後ろから追いかけてくる人影が複数。 「何か、トラブルでしょうか」
「またやったのかあいつは」 舌打ちしたルートが立ち上がるのと、「助けてルッツ!」とフェリが飛び込んでくるのが同時だった。
「違うんだよ! 俺、連れがいるって気がつかなかっただけなんだよ!」
胸の前で手を組んで、菊たちと、背後に迫る青年たちの両方に言い訳するフェリ。 「三人組なら大丈夫と思ったのに、集団デートだなんて予想外だよ! わざとじゃないんだってば〜」
お願い菊、通訳して〜。と泣きつかれた菊は、「まあ、とにかく落ち着いてください」と声をかける。
とにかくこの場を納めないと。と思った菊が口を開くより早く、ルートが身を乗り出した。 「な、なんだよヤル気か?」
いかにも気の短そうな青年が、三人を睨んでいる。だがルートが手を出したのは……フェリの後頭部。
茶色の頭をぐっと押し、片言の日本語で『ゴメンナサイ』と言った。フェリも慌ててそれに続く。オウムのように『ゴメンナサイ』を連呼された青年たちの顔に、戸惑いが浮かんだ。
そこで菊が事情説明のため声をかける。場が収まったとみて、周囲で固唾を呑んでいた一般客に安堵が広がった。
「ルッツごめん〜。今度は大丈夫と思ったんだよ〜」
「その台詞自体何度目だ! 恋人を横取りされそうになったら、怒るのは当然だ。
お前が悪い! もっと心をこめてあの人たちに謝ってこいっ」 ルートに怒鳴られて、フェリは小さくなっている。近くで見ていた子供たちが、「おとななのにおこられてる〜」と面白そうに見物中だ。
見物に回った客の中には、忙しく携帯のキーをたたく姿が多数見られ……そして。
「某市営プールに、マッチョな用心棒を連れたどこかの国の御曹司がナンパに来てたぜ。
あれがいわゆる『お忍び』ってやつ?(笑」 などという噂がツイッターで出回り、ちょっとした話題になった。 それを知った菊は、目立ちまくるふたりに「外出禁止令」を出す。
「これ上のトラブルは、ごめんです」と真剣な表情で告げる菊に恐れをなしたフェリは、罰としてルートの筋トレ特訓メニューに文句も言わずに付き合ったという。
暑い日本の夏を、さらに暑苦しく過ごす羽目になった三人だった。
終
*リクエストは「現代で、プールに行く枢軸」でした。
荒川アンダーザブリッジという作品が、好きです。
最新刊の「男にとって海ってのは、『水着の女の子のいる所』……それだけで十分なんだよ」というアツい台詞に心奪われました。 この台詞に感銘を受け、フェリに言わせたくて書いてしまいました。幸い、リクと合致するネタでしたし。
かふぇいん様、「プールならなんでも」ということだったので、書かせてもらいました。ビニールプールは、また後日。 笑ってもらえたら、幸いです。
こんな感じでよかったのでしょうか。お馬鹿な話ですいません。
Write:2010/04/30
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