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誰が、同類?!



 そのリサイクル関連企業による国際見本市は、ドイツ南部最大の都市ミュンヘンで開催された。同時に、公人による意見交換会が実施される。そこに、『国の人たち』が参加している事は、一般には知られていない。
 普通、その手の会議には各国代表者がひとりいればいいのだが。今回の主催者はドイツ。本会議とは別にいくつもの分科会を立てて参加を求めてきた。もちろんすべてに出席する必要はないのだが。
「え〜。俺、メインの会議だけで十分だよ。兄ちゃん助けて」
 そんなヘタレた事を堂々と言ってのけたのは、弟のフェリシアーノ。「他国は皆、ひとりで仕事をこなしてるんだぞ」と兄らしく一応説教した。
 しかしロヴィにしても、基本的な性格はフェリと変わらない。頼れる相手がいたら頼るよな、と思ってしまう。だから結局、「分科会なら出てやってもいい」と弟のおねだりを聞いてしまう事になった。


 そんなわけで、弟と昼食を共にしたら時間が空いてしまったロヴィ。彼の参加する分科会までは、まだ時間がある。
(シエスタでもするかな)と、ぶらぶら宿舎方面に足を向けていたロヴィは、ロビーの一角で顔見知りを見つけてしまった。
 背筋を伸ばして椅子に腰かけた菊と、彼に話しかけているギル。基本的に他人(特に男)の動向に興味がないロヴィは、普通ならそのまま通り過ぎるところだった。
 だが、心にひっかかりを感じて足が止まる。
(あれ? あいつは会議に出席するんじゃなかったか?)と、疑問に思ったのがひとつ。そして何より、いつもなら謎の愛想笑いを浮かべている菊が、浮かない表情を隠そうともしないのが珍しすぎる。
「……仕方ねえな」
 ギルと何があろうと、彼には関係ない。だが、知らんふりして通り過ぎたとばれたら、後で弟から責められる。
 軽く肩をすくめて、ロヴィは足早に二人に近づいた。「よ」と声をかけると、菊がますます難しい表情になった。
「んだよその顔、挨拶に来てやったのに」
 ロヴィが唇を尖らせると、菊は「申し訳ありません」と詫びる。こいつは何でもすぐに謝るので、面白くないとロヴィは思う。
 菊の背後に立って、彼に話しかけていたギルが「お前も分科会組か」と話しかけてきた。
「まあな」と答えると、ギルはやたら嬉しそうにケセセと笑う。そして「ほれ、見ろ。やっぱお前が甘いんだよ」と菊をつついている。何がそんなに楽しいんだと、ロヴィでさえ突っ込みそうになる笑顔だ。
「お前、会議に行かなくていいのか? そろそろ時間だぞ……多分」
 とりあえず菊に問うと、本人より先にギルが口を開いた。
「それがよぉ。こいつ、足くじいてやんの」
 思わず顔を見ると、菊は恥ずかしそうにうつむく。どうやら、事実らしい。
「なら、さっさと医務室に行けよ。ここの会場には契約医師が待機してるはずだぜ」
 ロヴィが言うと、ギルがニヤニヤ笑って手を振る。
「それがだな。このじじい、皆が会議室に入るまでここを動かないって頑張ってるんだ」
「……だって、足を引きずって歩くところを見られたら恥ずかしいじゃないですか」
 ぼそぼそ呟いた菊は、両手で椅子にしっかり掴まっている。会議が始まって、顔見知りがロビーに来なくなったらこっそり移動しようと思っていた、のに。
「そこに俺様が通りかかったんだよな」
「なら、さっさと医者に見せろ」
「だから。こいつが目立ちたくないって言い張るから、こうやって時間つぶししてたんだ。俺様、親切だろ?」
「私に構わないで下さいと、お願いしたんですが……」
 情けなさそうに呟く菊。イラついたロヴィは、つい声を荒げる。
「普段どうでもいい事まで空気読むくせに、自分の事だとどうしてそんなに鈍感なんだ!
 お前もだ芋兄! こいつに忘れられてたのが寂しいからって、苛めてるんじゃねえよ!」
「え? そうだったんですか?」
 菊が問うと、ギルはニヤニヤ顔はそのままで視線だけそらすという器用な事をやらかした。確かに菊は、本会議に参加しない面子の事を忘れていたのだが。
 いつになく絡んでくるとは思ったが、まさか拗ねていたとは思いもしなかった。
「そうだったんですか、よく判りました。貴方の世話にはなりませんから、どこにでも行ってください」
「! ちょ、お前酷くねえ?」
 何の痴話げんかだこれは。元々気が短いロヴィは、ついにキレた。
「いい加減にしろ! お前も、こいつのわがままに付き合ってるんじゃねえっ!」
 叫んだロヴィは、いきなり菊の身体を突きとばした。足先に体重をかけないように座ってた菊は、たやすく椅子ごと後ろに倒れ、ギルに支えられる。
「お前はそっちを担げ、芋兄。面倒だからこのまま医務室に運ぶぞ」
 不安定に持ち上がった椅子の前足をつかむと、両手で持ち上げる。彼が何をしようとしているか気付いたギルも、背もたれごと椅子を担ぎ上げた。
「……え。ちょっと待ってくださいよ」
「誰が待つか、馬〜鹿」
「動くなよ菊。騒ぎにしたくないんだろ?」
 必死の抗議も空しく、菊は二人に運ばれてしまった。


「こんな時は、貴方もお兄さんなんだと実感しますね」
 治療が終わり、ティーラウンジに移動した菊の最初の言葉がこれだった。
「頼りになるだろ? 俺様をお兄様と呼んで慕ってもいいんだぜ」
「ロヴィさんの事に決まってるでしょう、何勘違いしてるんです。第一貴方、ちっとも役に立たなかったじゃないですか」
 菊に指摘されたギルは、苦笑をごまかすようにコーヒーを口に運んでいる。
「失礼ながら、普段はあまり意識していなかったんですが。いつもこんな風に、フェリの面倒を見てらしたんでしょうね」
「そうでもねょ」
 プイと横を向くロヴィを、優しげな眼で見つめる菊。
「なんだ。じじいお前、フェリシアーノと同レベルか」
「……それは、ちょっと失礼な言い方ですね」
「そう言うお前の認識こそ、失礼じゃねえ?」
 軽口叩く二人の会話を聞いていたロヴィが、椅子を蹴って立ち上がった。
「どちらも失礼だ! 俺と、俺の弟に謝れっ!
 その迫力に、菊とギルの両方が潔く謝罪する。菊がますます「お兄ちゃんを見る目つき」になったのを感じたロヴィは、それ以上何もいわなかった、が。

 幼いころ、「医者なんで嫌いだ! 絶対、行かねえ!」と駄々をこねて、椅子ごと病院に連れていかれたのが実は自分だったことは。
 とても口にできないロヴィだった。

 終


PS.
「菊が怪我したんだって?」
 そう叫びながら医務室に突撃してきたのは、髭面の男。
「聞いたよ。ギルにからまれてたんだって? 兄弟として恥ずかしいよ全く!」
「なぜお前がここにいるんだ、マックス」
 ギルが低い声で問う。不機嫌そうな口調を意に介さず、マックスは切り返した。
「そんなの、ここがミュンヘンで俺がバイエルンだからに決まってるだろう?!」
「主催者が会議抜けてきたのかよっ! ふざけた奴だな」
 ギルが叱責すると、マックスはむしろ呆れたように溜息をつく。
「忘れたの? メイン会議の議長はルーでしょ。俺は君たちの担当だよ」
 首に下げたスタッフカードには、マックスの顔写真と名前がプリントされているが……。
「何だこの『問題児係』ってのは!」
 ポジションの欄には、確かに手書きでそう記されてる。
「ルーに頼まれたんだよ! だから菊、何かあったのなら勇気をもって告発して! 俺が責任の所在を追求してあげるからね」
「やめてください! そんな事をされたら、私の心臓が持ちません」
 責任追及したほうが心理負担になるって、それはどんな発想なんだ。ありえない、と三人は思った。
「泣き寝入り、ヨクナイ!」
「俺は何もしてねえ!」
 ぎゃーぎゃー口論を始めた兄弟を見て、ロヴィが呟いた。
「問題児って……俺も、こいつと同類とみなされてるのか?」
「……黙秘して、いいですか?」





  ※リクエストは、『弟達の知らないところでプロイセンとロマーノが日本と仲良くするお話』でした。裏枢軸って言うんですね。
 ロヴィと菊の会話。
 はじめまして物語やくじ企画を書くつもりだったので、結構考えていました。
 でも、考えてみると発表したのは四月馬鹿企画の小ネタだけ。
 一度、書いてみたいなという気になりました。
 ギルと菊の会話も、普段からよく考えてましたが。
 そういえばこの三人という発想はなかったです。リク頂かないと登場しなかった三人です。
 仲良く……しているつもりなのですが、いかがでしょう?

 ウチのバイエルンを気にいっていただけたそうなので、PS.で参加してもらいました。
(だから舞台がミュンヘン。大きなメッセがあります)
 彼とギルがそろうと、喧嘩にしかなりません。形式上は「ドイツ兄弟」という事になっていますが、少なくともマックスは、ギルの事を尊敬してないみたいです。
 「問題児係」は、マックスが勝手に名乗ってます(だから手書き)。
 正式なポジションは「苦情処理係」です。

 ちょっとしたおまけです。ご笑納ください。



 Write:2010/05/31

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