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遠い約束
☆兄弟に10のお題!企画作品。「兄弟喧嘩は盛大に」
下欄に「設定」があります。名前だけの捏造登場人物が多数いるので、気になる方はご覧ください。
1989年、11月。世界が一心に注目する都市があった。
ドイツ、ベルリン。東と呼ばれた国にぽつんと存在した地は、突然解放される。
本来、もう少し重ねられるはずだった折衝は、故意か偶然かわからぬ状況に飲み込まれてしまった。
そして今。国境が開かれてからわずか数日しかたっていないのにもかかわらず、分断の象徴だった壁はどんどん削られていく。
ブランデンブルグ門を挟んで、東側の街並みはほぼ、闇に沈んでいる。今ここに居るのは、これから西に向かう人々。
さまざまな理由で留まっている人たちは、すでに自宅で休んでいる時刻だ。
そんな、奇妙な静けさに包まれた広場に佇む背の高い男の姿があった。厚い軍用コートに身を包んだ男を目にした通行人は、怯えたように視線をそらす。
すでに、西へ向かう彼らを咎める法はないのだが。一度身にしみた恐怖はそう簡単に忘れられないのだろう。
男は、自分を避ける旅人には目もくれず、静かにブランデンブルク門を見守っている。
その姿が余りに目立つため、人々の目はついそちらに向かいがちだが。男のそばにはもう一つ、人影がある。
古いトラバントのボンネットに腰を下ろす、アッシュブロンドの男。車があるならさっさと西に向かえばいいのに、こんなところに座りこんでいるとは。彼に目を止めた者も、その酔狂さにあきれてすぐに彼のことは忘れた。
「……来た」
ふと、背の高い男が視線を揺らす。もう一人の男に声をかけようと振り返るが、その時にはもう、男の姿は車上にはなかった。
「兄さんっ」
その叫びにこたえるように、銀髪の男は両手を広げる。飛びついて来た男を受け止めかねてトラバントに尻もちをついてしまうが、その手はしっかりと弟の背中に回っている。
「よぉ。元気そうでよかったな」
「やっと……兄さん……」
何を言いたいのか自分でもわからなくなっている青年の肩を叩いて、軍用コートの男が囁いた。
「それくらいにしないと、ギルがつぶれるぞ」
静かな声には、青年を落ち着かせる要素があったらしい。兄を自分とボンネットの間でスクラップにするところだったことに気づき、青年はあわてて身を引く。
「ジーク、連絡をありがとう」
名を呼ばれた男は、ゆるく首を振る。なおも何か言おうとする青年に手を振り、ジークは二人から距離をとった。
壁の崩壊は、彼らにとっても計算外だった。もう少し準備をして、万全とは言わなくても相互の体制を整えてから国境を開くはずだった。
全く。世の中は予想の通りには動かない。動かないからこそ面白い。ジークは二人から目を離さずにそんなことを考える。
「あぁ、よかった。ルーが嬉しそうだ」
兄弟から身を引いて立つジークの背後から、こんな声が聞こえた。
「あの子がどれだけ心配していたか、後でギルにこってり言い聞かせてやらなきゃね」
ジークが振り返ると、そこにはオフロードバイクにまたがった男がいる。脱いだヘルメットから出てきたその顔は、久しぶりに見る懐かしいもので。
「ジークが連絡くれたから、待ち合わせ場所を間違えずにすんだよ。ありがとう」
バイクの男は笑顔でジークを見つめている。それにこたえるように、ジークは言葉を発した。
「……髭」
「久しぶりの第一声がそれ? そうか、君は知らないよね。俺が髭伸ばしたのは戦後だから」
くくっ、と笑った男はバイクから降り、ジークに手を差し伸べた。
「お帰りジーク。兄弟を代表して、君たちに会いに来た」
「マックス、変わらないなお前」
「ほめ言葉と受け取っておくよ。ギルが言ったら100%嫌味だけどね!」
その手をとるジーク。あまりにも久しぶりになる、握手をかわす。どちらもしばらく声もなく、相手の顔を見ていた。
「……あれ? もしかして髪切った?」
「今頃気づいたか」
ささやかに言い返され、マックスはくすくすと笑った。
「ねえ、テオは? 彼には連絡つかなかったのかな」
マックスが問うと、ジークは静かに答えた。
「奴は今ポツダムに居る」
「ああ、忙しいんだね。無理もないや。君も大変だと思うけど、俺にできることがあったら何でも相談して欲しいよ」
そうか、君だけか。と、マックスはイヤに嬉しそうに呟いている。ジークが首をかしげると、彼は笑顔でこう答えた。
「実はね。兄弟たちで前から約束していたんだ」
いつか、壁が崩壊する日が来たら。その時は東の兄弟に会いに行こう。もし事情があって皆で行けそうになかったらその時は……。
「その時は、一番乗りした兄弟が皆のメッセージを伝えようって。そう決めていたんだ」
東西再統一は、彼らの望みだった。しかし、いつどんな状況でそれがかなうか、誰も予想できなかった。
「皆でのんびり仲良く再開パーティができる状況だとは、とても思えなかったんだよね」
そのための約束。そして、真っ先に駆けつけることができたのはマックスだったというわけだ。
現に今、国境を接している州では皆、対策に大わらわだ。バイエルンだってそうなのだが、「隣接面が少ないから、まだましなんだ」と、平気そうな顔でマックスは告げる。
「それでも、ここへ来るのは大変だったよ。アウトバーンが当てにならない時が来るなんてね」
自分のバイクを指さして、マックスが言った。道のないところを強引に抜けてここまで来たのだろうと、その愛車を見たら想像できる。
「というわけで俺が一番だからね。皆の言葉を伝えるよ」
言うなり拳が、ジークの顎にヒットした。不意を突かれたジークが軽くのけぞった。
「いつでも殴り返しに来い。待っている。……エリクからだよ」
何やら表情が剣呑になるジークを見て、マックスは手をぱたぱたと振る。
「返事はエリクにたのむよ。あ、ヴィルからはこれ」
背からおろしたナップザックからは、缶ビールが出てきた。プルタブに指をかけて、マックスが叫んだ。
「君に祝福を! だって」
ぷしゅ。という音とともにビールが噴出する。ビールシャワーで二人の顔が泡まみれになるが、「乾杯は、また改めて!」と、マックスは陽気に笑っている。
「それから、ロブからは祈りの聖句をって言われてるんだけど。長いから後でいいよね?」
あっけにとられていたジークが、ようやく我に返る。彼が威圧感もあらわにマックスの胸ぐらをつかむと、逆に手が伸びてジークを抱擁してきた。
「……これがハンナから。何も言わずに抱きしめてあげて、だってさ」
お互い防寒具に身を包んでいるから、体温も感触も伝わらない。それを補おうとするかのように、マックスの腕には力が込められる。
「本人から受け取りたかったんだが」
ジークが呟くと、マックスは「いいんだよ、約束なんだから」と笑い、彼の背中をばしばし叩く。静かな夜に場違いなほどのハイテンションだ。
マックスのこういう状態は、過去に何度か見た。バイエルンでビール祭りが開催されると、彼はこんな感じになる。
フェスティバル・ハイという「国の人」に見られる現象なのだが、実は個人差がある。感受性の豊かな者ほど影響を受けやすいからな。と、ジークは冷静に友人を観察して思う。
「どうも浮ついちゃって、困ったな。俺んちの人たちが皆、興奮してるからさ」
おかげで俺、ここ数日ろくに眠れないんだ。と、マックスはジークの肩にもたれてくすくす笑っている。一応自覚はあるらしい。「大変だな」と、ジークが少しだけ笑った。
「うん、大変。ところで……」
ジークに巻きつけていた腕をほどき、マックスが問う。
「そろそろ俺、振り向いても大丈夫かな?」
「……もう少し、待ってやれ」
彼の背後では、ギルとルートが未だ抱き合ったままで動かない。お互いの耳に睦まじく囁きあっている。
すっかり子供返りしているルートがあとで気まずい思いをしないよう、気を使っている兄貴分たちだったが。
本気で身体が冷え込んできたし、何より「ギル、いい加減にしろ」という堪忍袋の緒がキレそうなふたりだった。
「まあ、元気そうでよかったね」
「ンだよ、その投げやりな挨拶。ご長男様へのねぎらいが感じられねえぞ」
その後、ようやく兄を離したルートが、照れくさそうにジークと握手を交わして語り合っている。そうなると当然、残りのふたりが向きあうことになるのだが。
「長い間、御苦労さま。ルーも喜んでるし、めでたしめでたしなんじゃない?」
「さっきから何だよ、その棒読み口調は! 俺様の帰国に何か不満でもあるのかよ」
さっきのテンションが嘘のような態度で、マックスはギルに祝いの言葉を告げている。
「不満なんか、無いよ。むしろ心の底からホッとしているさ」
言うなり、マックスの拳がためらいなくギルを狙う。……が、石畳に飛ばされたのはマックスの方だった。
「いきなり何しやがる」
マックスのパンチを鮮やかなカウンターでいなしたギルは、あきれた様子で倒れた弟分に声をかける。(ハイテンションが好戦的な方向に向いたのか?)と首をかしげてしまう。
そういうこともあるのかな、と自分を基準に納得するギル。
マックスは仰向けになって、「ちぇ、やっぱり勝てないんだ。俺もずっと鍛えてきたつもりなのに」と呟いた。
「何があろうと、お兄ちゃんは負けねえよ。それが世界の絶対節理だ、覚えておけ」
威張るギルを見上げながら、マックスはようやく笑顔を見せた。
「あ〜あ。先に一応口上を述べておくべきだったかな。実は……」
さっきジークに告げた『兄弟の約束』をぽつぽつとギルに告げるマックス。
「というわけで、エリクからのお祝いなんだから。受けてくれなきゃ困るよ」
憮然と告げるマックスの顔の、右頬は早くも少し腫れてきている。髭のおかげでさほど目立たないが。
「呪いの間違いだろ?」
「ひどいな。皆真剣に君たちのことを案じていたのに」
「頼んでねえよそんなこと」
「あいかわらず、口が悪いね」
マックスが笑いながら「変わってなくて、安心した」と、呟いた。それを受けたギルは、口をグッと結んで視線をそらす。困ったような表情のままでマックスの隣りにしゃがむと、彼の髭を引っ張って「似合わねえよ」と笑って見せた。
身を起こしたマックスが、右手を差し出す。
「ほら。ヨナからだよ。ちゃんと受けてよね」
ギルが手を差し伸べた手をとり、握手が成立。落ち着かない様子で視線を泳がせるギルが照れていることを確認してから、マックスはヨナからの伝言を伝える。
「長兄の長年の努力に敬意を。お前を誇りに思う。……自分では言いにくいから、俺に伝えてくれってさ」
ギルはうつむいて、「ちぇ」と呟いた。昔から「兄を敬え!」と偉そうに強制するくせに、真剣なほめ言葉には弱い。
自分でも照れ屋の自覚があるのか、感謝や敬意を示す言葉を弟たちに言わせないようふるまうのが上手かったのを思い出す。
そのギルが、不意打ちを食らって今、視線を完全にマックスから外している。
「次は俺からだよ。受け取ってもらおうか!」
その隙を逃さず、マックスはギルの胴体に腕を回して力いっぱい締め上げた。
「ぎぇぇぇぇぇ」
夜空に、男の情けない悲鳴が響く。確かにマックスは格闘ではギルに勝てないが、単純な力比べなら負けない自信がある。彼が仕掛けたのは鯖折りという絞め技。好きでもない男を力いっぱい抱きしめるという、仕掛けた側にも精神的ダメージが残る技だ。
「何をしているんだ!」
ふたりの異様な雰囲気にようやく気付いたルートが叫んだ。振り返るとちょうど、悲鳴を上げていた兄がマックスにヘッドロックし、石畳に転がしたところだった。
倒されたように見えたマックスがギルに足をからめ、体勢を入れ替え殴りかかろうとしたが再び組み敷かれ……。
ごろごろ転がりながら殴りあっているが、当たらない。まるで子供の喧嘩だ。
「放っておけ」
「いや、しかし……」
止めようとしたルートにジークが声をかけた。
「いいんだ。多分あれがマックスの『約束』なんだ」
兄弟たちの約束を、ルートは聞いていなかったらしい。ジークから聞かされてショックを受けていたが、「ギルへの一番はお前のものだと、了解済みだったんだろう」と言われては返す言葉がない。
取っ組み合いの時間は短かった。ふたりは身体を離すと、仰向けに寝転がる。石畳に容赦なく体温を奪われるのが気持ちいい。
「ギル」
「ああ?」
マックスはしばらく唸っていたが、小さな声で「おかえり」と呟いた。
「聞こえねえなぁ」
「え〜?」
ギルは顔をしかめながら身を起こし、やはり小さな声でこう言った。
「その言葉はな、俺があっちに帰ってから聞かせてもらうのが筋だろう」
「ああ、それもそうだね」
ふたりはようやく視線を合わせ、声を揃えて笑った。
ルートがギルを、ジークがマックスを支えて歩き出す。四人が向かうのは西ベルリンのアパート。
兄弟がそろってブランデンブルグ門をくぐる日が、ついに訪れたのだった。
終
*どうもすいません。お題は「兄弟喧嘩は盛大に」でしたが、あまり盛大じゃないですね。
これは『壁崩壊記念日』に考えていたネタの一つで、捏造兄弟の話なので没にしたものです。
幸い、ドイツ兄馬鹿連盟様の企画に合致させることができました。
思う存分書かせていただきました。
「捨てる神張れば拾う神あり」とはまさにこのことです。拾ってもらえて感謝です。
戦後、70年代くらいから東西融和政策がとられます。ルートとギルはだから、顔を合わす機会がありました。
ギルと一緒にいたジークやテオも同様です。
東兄弟が西を訪れた時は、やはりこっそり兄弟たちと会っています。
ただ、マックスだけは一度も顔を見せていませんでした。理由はあるのですが、それはまた別の話。
戦後ふたたびジークは髪を伸ばしますが、マックスの髭はそのままです。
このようなものですが、楽しんでいただけたら幸いです。
名前がたくさん出ているだけの不親切な内容で申し訳ありません。
以下に、当サイトでの設定を付け加えておきます。
お読みくださった方に、感謝を。ありがとうございました。
Write:2009/12/07
設定(ドイツ一家の人たち)
バイエルン(マクシミリアン) マックス。ロマンチストで兄弟思い。でもプロイセンはちょっと苦手。
体型はギルとルートの間。濃い色の髪の毛で髭面。趣味は山登りと筋トレ。
あだ名はビールの精霊?
ザクセン(ジークフリート) ジーク。ルートより背が高いが肩幅で負ける。寡黙。実直。
東洋文化、特に陶磁器に興味がある。 酒には強い。というか酔わない体質。
ブレーメン(ハンナ) ハンナ。銀髪眼鏡おねえさん。とにかく働き者。ハンザ同盟長女。
ハンブルク(ヨナタン) ヨナ。大柄な青年。ハンナから弟分認定されているが、こだわりを持たない音楽家。
ブランデンブルク(テオドール) テオ。金髪碧眼。荒い気性を世渡り方面に発揮して成功。都会的な青年
アウグスブルク(ロベルト) ロブ。暗色の髪で、他の兄弟より小柄。今でも神学の研究を続けている。僧服の青年
ヴュルテンベルク(エリクソン) エリク。陽気だが口下手。酒はワイン派。
バーデン(ヴィルヘルム) ヴィル。丸眼鏡の青年。趣味は土木工事。暇を見つけて古城の修復管理している。
? (リーザライン) リーザ。・金髪みつあみ少女。とても勉強熱心で真面目。目下エコに関心があります。
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