その人をたとえるなら
フェリシアーノには兄がいる。兄弟なので当然顔はそっくりなのだが、性格の違いが見た目に影響を与えているらしく、あまり似た感じがしない。家庭の事情でそれぞれ別の人に引き取られていたこともあって、ろくに顔を合わせることもなく成長した。 再び一緒に暮らせるようになった時には、無条件で仲良くくっついていられる年齢ではなくなっていて、今でもお互い微妙に隔意がある。 別に仲が悪いわけではないのだが、小さな衝突があきるほど繰り返される毎日だ。
「またあのじゃがいも野郎が来るのかよ! ウゼー」 「来るんじゃなくて俺が呼んだの。だからいきなり殴りかかっちゃ駄目だよ」 「殴ったぐらいじゃびくともしやがらねーからいいんだよ! なんならあいつの嫌がりそうなイヤミをエンドレスで披露してもいいんだぜ」 「ん〜。たしかにそっちの方ダメージ大きそうだから、やめてお願い兄ちゃん」 フェリの友人が訪ねてくるというネタで、朝からやりあう兄弟。兄が弟に文句をつけるパターンが多いが、それで破滅的なことにならないのだからむしろ仲はいいのだろう。 「兄ちゃん、どうしてそんなにルッツが嫌いなのさ」 「いるだけで、かさ張るって言うか邪魔なんだよっ!」 即断で言い切られ、弟はちょっと肩を落とす。どうやらフォローを思いつかなかったらしい。 「でも優しいし、頼りになるし、すっごくいい奴なんだから!」 「その台詞は聞き飽きた」 俺のことは褒めねーくせに。と言い捨てると、ロヴィはベッドにごろりと横になった。 少なくとも家にいて、一緒に客を迎えてくれる気はあるらしい。そう判断して、フェリは安心して兄の隣にすり寄った。 「ねえ、そういえば兄ちゃんの理想のタイプって、どんな人?」 突然の話題転換。 フェリの話が飛ぶのはいつものことなので、ロヴィはゆっくりと思考を巡らせて返事を考える。 「タイプっていうか……雰囲気だな、大事なのは」 「うんうん」 「そばにいて安心できるって言うのかな。温かい感じがいいよ。クールなのがいいって奴もいるけど、何考えてるのか分からなくて『勝手にしろ』って気分になる奴もいるだろうし」 ベッドの上を匍匐前進して、フェリは兄のすぐ隣に移動している。 「でも、熱すぎるのも面倒だよな。言うべきことだけ言う、それくらいが丁度いいんじゃねえ? でも、目立たないって意味じゃないぞ。なんとなくいつも目に入る、みたいな存在感が……」 そこでロヴィは言葉を切り、隣で目を輝かせている弟を見る。 「何故こんな話をしているんだ俺は」 「いいでしょ、聞かせてよ。俺たち兄弟なのに、こんな話するコトなかったんだし」 全身から『知りたいんだオーラ』を漂わせる弟を見て、まあいいかと兄はため息をつく。 「普段はぼけ〜っとしていていいんだ。何かあった時に心に浮かぶ、みたいな……頼りになるって言うか、心の支えみたいな存在がいいよな」 「色で表現すると? どんな感じ? 暖色系だよね」 黄色かな〜オレンジかな〜。と、妙にご機嫌で歌うフェリ。 「いや、赤だな。太陽に映える赤」 彼の脳裏に閃いた赤色は、風を切って舞うマントの形をしていた。 (あれ? いや違うぞ。俺はあんな奴のことなんて考えてないっ) そう己の深層心理に言い聞かせるのと、弟がのんびりと告げるのが同時だった。 「兄ちゃんの好きな人って、お日様みたいな感じなんだね。いいなぁ」 ロヴィは驚いて跳ね起きた。 「何のことだっ!」 「ん〜? だって、誰か具体的に思い描いている人がいるでしょ? どんな人かな。芯が強くて温かいって、理想的な女性だね!」 「…………そういう話か」 話の流れから、理想のタイプ=こうありたい男性像のつもりで喋っていた。よく話がかみ合ったな、と冷や汗が出る。自分が何を言ったか覚えていないが、フェリが言うところの「具体的な思い人」は存在しないのだから、問題はないだろうと思えた。 再びベッドに倒れたロヴィのそばに寄り、フェリは兄の腹を枕に寝転がる。 「後はえっと、花とか歌にたとえるとどんな感じの人かな」 どこの誰だと問い詰めないあたりに、フェリの遠慮が感じられる。こんな所がかなわないなと思いつつ、ロヴィは適当に答えた。 「あ〜あれだ。黄色くて目立たない、小さな花だよ。ひとつひとつは地味だし、香りもハーブ系? でも、星のようにいっぱい咲いたところは良いな、と思う」 「うわぁ、兄ちゃんらしくない表現だ。愛されてるんだね、その人」 「馬〜鹿」 身をよじって弟の頭を振り落とすと、フェリはおとなしくベッドの端に沈む。 兄ちゃんの好きな人、会ってみたいな。と、フェリは囁いた。気が向いたらな、と答えたロヴィは、それ以上の追及をかわすために弟を逆尋問することにした。 「そういうお前はどうなんだよ? 好きな娘、いたりするのか」 たくさんいるよぉ。というのが答えだった。 「最近知り合った娘はねぇ」と指折り名前を数え始めたのを止めて、ロヴィは言う。 「そっちじゃねえ。心に決めた人がいるのかって聞いたんだよ」 一瞬(あのじゃがいもクラウツだったらどうしよう)と思ってしまった。しかし、弟は一言「今は、いないよ」とだけ答えた。今は、と言われたら当然「過去にはいた」ということになるが。そこまで深く突っ込むのは面倒だと思ってしまうのが、ロヴィの性分だ。 「……よし」 しばし悩んだが、フェリを見習ってみることにした。 「じゃ、お前は歌で表現してみろ」 起き上がってきょとんとする弟に、兄は精いっぱいの威厳をもって告げる。 「イメージソングっていうか、なにかあるだろう? お前のほうが歌も上手いんだから」 言ってるそばから、(なんとなく拙いことを聞いてしまった)感がする。しかし取り消すとさらに気まずくなりそうだったので、ロヴィはベッドにふんぞり返ってフェリを見おろしてみた。 フェリはぼんやりと考え込んでいるようにも、何も考えていないようにも見えた。 「うん。じゃ、歌ってみるね。兄ちゃんも知ってる曲だけど」 そう言って口ずさみ始めたのは、古いアメリカンフォークだった。 言ってしまえば失恋の歌で、ふられた恋人を思い出すという内容のはずなのだが。 彼が歌うと、違う内容にも聞こえる。失った人を懐かしむような。
あなたは俺のおてんとさん たったひとつの陽だまりだよ どんなに空が暗くても ふたりでいれば いつも幸せ あなたはきっと 気がつかない 俺がこんなに 愛してるってこと だからお願い このぬくもりを消さないで
「私の太陽」という歌ならイタリア民謡にもあるのだが。「愛してるぜ」と朗々と歌い上げるあの曲ではなくこちらを選ぶ辺りに、フェリの思いの複雑さを感じる。
あなたは俺のおてんとさん あなただけが俺の太陽 どれだけ世界が暗くても あなたがいれば 幸せなんだ あなたは今も 知らないね 俺がこんなに 愛してるってこと だからお願い あのほほえみを消さないで
いったいどんな恋だったのか。普段のフェリシアーノからは予想もつかない。 今はちょっと無理だけど、いつかこいつの話を聞いてやらなきゃな、と思うロヴィだった。
終
* キャラ書き練習シリーズ、ロヴィの話です。とはいえ、オチはフェリが持っていきました。二人の会話がかみ合わないようでちゃんと続くところが、うまく書けていればいいのですが(祈 今回の歌は、You
Are My
Sunshineです。私はこっちのほうがフェリにふさわしいと思ったので。サビの部分だけをかなり意訳しています。うちのフェリシアーノは、今でも初恋を忘れてないっぽいです。どこまで引っ張るこの設定(汗 フェリは英語で歌ってるので、「こんなイメージでロヴィに伝わった」という雰囲気で読んでいただけたら嬉しいです。
ロヴィがイメージしたのは、トマトの花でした。本人無意識なので、後で多分あわててます。
Write:
2009/08/18 (Tue) 12:23
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