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それは高根の花と


 会議の後というのは、とかく気が抜けるものだ。正確には気を抜きたいのかもしれないが。
 とにかく、ホテルのバーにはそんな気分の男たちがいつの間にか集まっていた。会議の場ではできなかったプライベートな近況報告など交えつつ、それぞれ好みの酒を注文する。
 自国の銘酒自慢で盛り上がっているうちに、話がどんどんずれていくのもこんな場での楽しみの一つで。
「今年も、我が国の『奥様運び競争』の勝者はエドァルドの国の人でしたよ」
 ティノがそう言いだしたときには、すでにアルコールはイイ感じに回っていた。
「君んちの祭りは、ユニークだよね〜」と皆で笑っていると、「似た祭りなら、うちにもあるぞ」とルートが言いだした。
「そら、ルートんちの人なら嫁さん二人でも三人でも担げるやろけどな」
 嫁は普通一人だろう。と、真面目に答えたルートの次の一言は、ちょっとした爆弾だった。
「第一、担ぐのは嫁のほうだ」
「え?」
 一同、酒のせいで耳がおかしくなったのかと思った。そんな空気を察したのか、ルートが馬鹿丁寧に説明する。
「嫁が夫を背負って歩く祭りがあるんだ。とある小さな町に伝説があってだな」
 
 昔、小国家が乱立していた時代。ある都市国家が隣国に攻められ、敗北した。王は捕えられ、勝者は国を占拠した。
 将軍は敗者の王女を呼びだし、こう告げた。
「男は全員処刑する。女と子供は、身につけられる財産だけを持って退去せよ」
 すると王女はためらわず地下牢に行き、父親を背負って国境に向かって歩き始めた。
 それを見た他の女性も、各々家族を背負って後に続く。妻は夫を。母は我が子を。娘は父を。姉妹は兄弟を。娘たちは恋人や幼馴染を。
 身寄りのない者もそれぞれ助けあい、すべての民が国境を越えたという。


「で……それからどうなったんだ?」
「それを見た将軍は自らの行いを詫び、兵を撤収して国へ帰ったという話だ」
 将軍、ドイツ女性怖さに逃げたんじゃねえ? と、一同はこっそり思った。父親を担いで国境まで歩くお姫様って、ありえないだろう。
「その記念として、今でも妻が夫を背負ってパレードする祭りがおこなわれている」
 さすがドイツとしか言いようがない。
「あ〜わかるよ。ルッツんちは、女の子もゴツいもんね!」
 空気読まずにサラっと指摘したのは、フェリだった。
「我が国は男女平等だからな、当然女性も強い」
「……野郎よかおなごが強ぇのは、普通でねっが?」
 そう呟いたのは、それまで一言もしゃべらなかったベールヴァルドだった。
 な。と、同意を求められたルートが頷く。そして皆に視線を向けた。
「お前らのところでは、違うのか?」
 欧州が誇るやせマッチョとごりマッチョに言い切られると、他のメンバーはつい真剣に考え込んでしまう。
「はいっ! うちのマンマ(=お母さん)は世界一怖いです」
 真っ先に白旗あげたのがフェリなのは、いつものことだが。
「あ〜。ほら、綺麗なバラにはとげがあるって言うし」
 フランが言いにくそうにつぶやくと。
「ラテン女は火のように気が強いもんや」
 トーニョも頭をかきながら笑う。
「下手なカンツォーネ聞かせたら、水ぶっかけられるな」
 ロヴィの目線は果てしなく遠い。
「俺んちは別に怖くないぞ! 怒らせると平手打ちが飛んでくるだけだ」
「それならいいじゃないか。うちの女性ならぐーでパンチだよ?」
 アーサーとアルの会話も、ちょっと情けない。
 なんとなく意気消沈する一同。酒が入っているせいか、感情の親和度がやたら高い。
「……そういえば、菊んちの女の子はいいよね〜」
 フェリがポツンと呟くと、たちまち場の雰囲気が変わった。
「そうだ! 我々にはヤマトナデシコがいるじゃないか!」
「男性の影も踏まないほど奥ゆかしいって話だぞ」
「あの、照れ屋さんな所がめっちゃエエねん」
「……めごい(=可愛い」
「言葉遣いの優しいところが嬉しいです」
「アニメキャラみたいな子が、本当にいるんだよね!」
 いきなり全員に熱い視線を向けられ、大人しくワインを飲んでいた菊はむせかえりそうになった。
「いいよね、菊んちのひと。ヤマトナデシコと結婚できてさ」
「そんなことを言われましても」
 戸惑う菊の手を取って、トーニョが言った。
「譲ったってーな」
 え? 譲る? ってまさか、ヤマトナデシコを?
「お断りします」
 珍しく、即座に言いきる菊の周りに、一同がわらわらと寄ってきた。
「独占禁止!」
「そうだ! 世界の萌えを開放しろ!」
「KAWAIIは世界共通語だっ」
 絶対何か勘違いしている。そう思いつつ、菊は必死で反論を試みる。
「ヤマトナデシコは、わが国でもすでに絶滅危惧種ですから。 国外持ち出しなんてもっての外。無理言わないでください」
「そんなこと言わないでさ。俺んちの美女を代わりに送るから」
「うちの若い人は不甲斐な……じゃなくてシャイなんです! 貴方でももてあますフランス美女なんて、口説けるはずないでしょう」
 憤然と言い切ると、なぜか皆イイ笑顔になった。
「つまり、自由恋愛なら問題ないわけだ」
 フランとトーニョががっちり手を組むのを見て、菊はますます焦る。
「やめてくださいよっ。うちは最近少子化で悩んでるんですから」
 訴える菊の肩を、フェリが慰めるように叩いた。
「菊。恋愛は弱肉強食だよ?」
「あなたまでそういう事言うなんて……」
 こと恋愛がからむと、友情は一時棚上げになるらしい。
「俺ら、独身やし。文句言われる筋合いは、ないわなぁ」
「そういう問題ですか?! っていうか、もしかして結構本気?」
 なぜか一斉に盛り上がる男たちのテンションに、菊は戸惑うばかりだ。
「ルッツも行こうよ。日本人真面目な子が多いから、お前と話の合う子もいると思うんだぁ」
「ちょっとそこ、頬染めないで! 貴方はいつもなら止める側でしょう」
 真顔で考え込んでいるルートを見て、菊のパニックは最高潮に達した。
「そういえば僕、観光で日本に行ったことがないんです。一度行ってみようかな」
「……んだな」
 北欧コンビまでこんなことを言い出した。
「ナンパツアー断固拒否です。これ以上何か言ったら私、鎖国しますよっ」
 珍しく、肩で息するほど大声を張り上げる菊を見て皆が笑う。

 酒の席でからかわれたことに菊が気づくのは、なんと一ヶ月近く経ってからだった。
 普段物静かな菊の変化に、一同大いに癒されたわけだが。
 真剣に彼らがナンパ旅行に来るのを心配していた菊は、「こうなったら、本気で引きこもってやるっ」と叫んだとか。

 終



* 夢は現と〜を書いた後、終戦直後の話に取りかかりました。
 これがつらい話で。ルートと菊はお互いを無視するし、間に入ったフェリは陰で泣くし、ほかのメンツは遠巻きに様子を見ているだけだし。
 設定として重要だから押さえておきたかったけど、無理。何とか頑張ったけど、反動で口説き話に走るくらい、無理でした。
 今回のように、特に設定のないのんきな話はなごみます。やっぱりこういう話をメインに書いたほうがいいのかもしれない。
 今まで考えた話も、焦らずじっくり取り組むことにします。

 途中に挟んだドイツの話は、実話だと聞いてました。
 ☆追記
 正確な話はこちらにあります。歴史→中世の項をごらんください。
 私が昔読んだものは、すでにフィクションです(涙 そうならちゃんと書いておいてくれ(滂沱



 こういう話が多いのは本当です。
 町の子供が命乞いに行く話とか、老市長が一気飲み勝負に挑む話とか。

 あと、欧米の男性はいまだにヤマトナデシコに夢をお持ちのようです。


Write:2009/09/17 (Thu) 21:09

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