人生のお楽しみ
欧州組は、普段から集まる機会が多い。 EUという巨大な連邦体制に移行したため、何かにつけて会議になるのだから当然だ。 「別に、仲が良くなったわけではない」とアーサーは力説するが、それでも昔に比べると、顔を合わせた時に会話が弾むようになった。 「昨日の敵は今日の友とまでは言わなくても、昨日の中立は今日も中立……くらいにはなったよね」と、フランが笑う。 いつの間にか、会議後に主催国が幹事を務める飲み会が習慣になり、今日はロンドンにあるアーサーのゲストハウスに多数の客が集っている。 お互いかなり馴染んだ……とはいえ、そこはやはり相手によって温度差がある。幸いアーサー宅のサロンは広いので、気の合わない人同士はさりげなく距離を置いて座っていた。 「さあ、好きな飲み物を注文してくれ。どんなカクテルでも作ってやるぞ」 サロンの一角にあるバーカウンターから、アーサーが声をかける。メシマズと評判の高い彼だが、飲み物に関しては歴史があり、種類も豊富で味わう価値がある。 オーダーメイドのベストに細いネクタイを締めたアーサーは、数えきれないほどの酒瓶からリキュールを選び、客に応じたカクテルを作っている。レシピはすべて暗記しているらしく、滞ることのない手つきは、水中を舞う魚のように鮮やかだ。 「アーサーはそういうの、好きだよね」 フランにこう言われ、アーサーがむっとした。酒好きと揶揄されたと思ったからだが、カウンター席に座った男は優雅に指を振った。 「呑む方じゃなくて、作る方ね。レシピを考案して、名前をつけて、改良して……そういう作業が好きってこと」 「あーホンマ、そんな細かい事よぉ覚えてるわぁ。俺、感心してまうで」 フランの隣に陣取ったトーニョが、珍しく真顔で言った。 「新しい知識を得るのは、楽しいじゃないか。それを発展させようと色々考えるのが、人生の楽しみなんだ。悪いか?」 素直にほめ言葉と受け取ればいいのに、アーサーの返事はちょっとへそ曲がりだ。 「あー知ってる。そーゆの、雑学っていうンしょ?」 口をはさんだのは、一見美少女のような愛らしい顔の少年。 「せめて博学と言えフェリクス!」 アーサーに叱られても、ヘラっと笑うだけで気にする様子もない。むしろ背後に立つトーリスの方が、落ち着かない様子で友人をたしなめている。 「研究熱心やね〜。それやのになんで料理はへぼ……」 トーニョの無礼極まりないないが真実をついた発言は、フランの掌でブロックされた。 「人生の楽しみか」 少し離れた席に座っていたルートが呟く。 「ルッツの楽しみって、何さ? まさか仕事じゃないよね〜」 隣に座ったフェリが問う。ルートはしばらく考え込んでいたが、「一つ選べと言われたら、旅行かな」と答えた。 「休暇の南国バカンスのことですか?」 そう尋ねたのは、訪欧中の菊だ。今はふたりの正面に座っている。 「それもあるが。観光旅行もハイキングも好きだし、目的もなくぶらつくのも楽しいぞ」 へー。という、声にならない返事がそこここから返ってくる。彼と親しくない人間にとっては、意外な答えだったようだ。 「お前こそ、ビールだと思ったよ」とは、フランの言葉。思っても言わないようにしていた菊が、そっと溜息をつく。 「俺は迷うな〜。食べることも好きだし、女の子と遊ぶのもいいし。音楽は聴くのも演奏するのもいいよね〜」 フェリは歌うように自分の好きなものを列挙していく。 「そうだ! 気持ちよく眠れる瞬間が、一番いいと思う!」 立ちあがって大声で宣言したフェリ。それを聞いてアーサーが「なんて非建設的な奴なんだ」と笑った。 しかし、彼が今でも悪夢に泣く夜があることを知っているルートと菊は、おもわず頷いてしまう。 「まあ、お前らしいと思うぞ」 そこで、拍手が送られた。 「いいよね、君。僕は君のそういうところがうらやましいよ」 フェリに手を振り、イヴァンは笑顔でそう告げる。居合わせた面々のうち半数が「皮肉か?」と思ったが、当のフェリが気にしてない様子なので何も言えなかった。 「それなら、私は風呂でくつろぐ時でしょうか」 「風呂ぉ? ンなのウチの弟と大して変わんねーじゃん。ってーかお前こそ、仕事じゃねぇのかよ」 菊の回答に突っ込んだのはロヴィだが、実はほとんど全員が同じことを考えていた。 「菊の家の人は皆…お風呂、大好き」と、数少ない例外のヘラが呟いた。彼は菊の隣に座っている。 日本へ行ったことのある幾人かは、確かに思い当たる節がある。風呂の広さ美しさがホテルの宣伝文句になる国など、他にはない。 「仕事は、生きがいかもしれませんが……楽しみとは少し違うかと」 そう答えた菊は、このニュアンスの違いをうまく伝えられたか心配になっている。 「いやぁ、その気持ちわかるな。俺にとっての楽しみは……」 言いかけたフランの台詞をさえぎるように、複数の発言が重なった。
「「「エロだろう」」」 そのタイミングの良さに、爆笑する一同。 「ちょっとみんな、最近お兄さんにひどくない?!」 大げさにハンカチを噛んで悔しさを表現するフランを、トーニョがなだめている。 「楽しみなんて、そんなん毎日変わるしー。今日はトーリスいじるのが楽しー」 トーリスのほっぺを両手で押しつぶしながら、フェリクスが言う。 「ぐにぐにー。ほら変な顔ー」 「やだよ恥ずかしいからやめて〜」 皆の注目を浴びるだけで顔を真っ赤に染めているトーリスが、本気でフェリクスの手を振り払おうとした。 「……飽きた」 とたんに手を離し、トーリスから離れるフェリクス。「気ぃ変るん、早っ」とトーニョが呟く。彼の気まぐれに慣れていないと、とてもついていけない。 「次はフェリシアーノと遊ぶしー」 フェリの背後にまわり、彼のほっぺをびよんと引っ張って遊び始めた。「ヴぇ〜〜」と鳴きながらも嫌がる様子を見せないので、傍目には仲良くじゃれているようにしか見えない。 部屋の隅では、疲れた様子のトーリスをエドァルドとライヴィスが慰めている。 「人生の楽しみってぇのは」 その声と共に、たくましい腕が菊の肩に回った。 「やはり、気の合う友人との語らい、でしょうかね」 「サディクさん……」 名を呼ぶ菊に、サディクは笑顔を向ける。長年彼と敵対関係にあった欧州組は、珍しいものを見て一様に驚いた。 「こればかりは、ひとりじゃできねぇってところがミソでさぁ。だから値打ちがある」 背後から菊の頬にキスしようとしたサディクを、ヘラが押し返した。 「だめ……菊はそれ、嫌い……」 「俺は大丈夫なんでぃ! ねえ菊さん」 「それはない……菊が嫌いなのは……お前」 「何言ってやがんでぇ! 俺と菊さんの仲良さを知らねえな」 「知らない……だってありえない」 「てめぇなぁ!」 肉体派ふたりにサンドイッチされた揚句、左右から怒鳴られている菊は、顔が完全にひきつっている。 その前ではフェリがヴぇ〜ヴぇ〜鳴いているし、カウンターではフランが「愛が足りない」と叫んでいる。 そろそろ止めないとやばいかな。と、ホストなのでまだ酒を飲んでいないアーサーが冷静に考えたその、時。 「友達と仲がいいって、素敵だよね」 部屋の隅にいた大柄な男が、立ち上がって告げた。彼の手は巻き毛金髪少年の頭上に乗せられている。 「僕もぜひ、みんなと仲良くしたいな。ね、ライヴィス」 言いながら少年の頭を撫でている……つもりなのかもしれないが、明らかにぎゅぎゅっと押している。 この男の仲良しってのは、どんな概念なんだ? と、ルートは悩んでしまう。なにしろ「趣味はポーランドの分割です」などと言い切る男だから、油断できないと思う。 「仲良しがいるって、幸せだろうな。ライヴィスも、そう思うよね?」 笑顔で少年に語りかける様はとてもフレンドリーなのだが、手がぎゅぎゅっと少年の頭を押さえているのはなぜだろう。 「し、幸せですか」 震える声で少年が答えるのを聞いて、トーリスとエドァルドの顔色が変った。 「幸せって……幸せって、何ですかぁ〜〜〜」 いきなりの絶叫。ぱっと手を離したイヴァンに代わって、バルト仲間の二人が少年を抑え込む。 「僕だって、友達欲しいです〜〜。幸せに、なりたいです〜〜」 どうやら少年は、いきなりブチ切れるタイプらしい。エドとトーリスはイヴァンの様子をうかがいながら、少年を連れて皆の眼の届かない所に消えた。 呆れて言葉もないルート。彼の服の裾をフェリが引っ張るので、少しだけ顔を寄せる。 「ねえルッツ。こんな時に悪いんだけど」 「何だ」 「俺、もしかしたら今……とても幸せなのかな?」 「言いたいことは判るが、他の奴に言うなよ」 こそこそと囁く二人の間に、フェリクスが割り込んできた。 「フェリは良ーく判ってるし。小さな幸せを知る奴が、最強なんよ」 (あのフェリクスが、まともなことを言った?!) 驚いたルートが振り返るが、その時にはもう少年はトーリスを探して部屋からいなくなっていた。
それぞれがありふれた夢や、ささやかな幸せを持っている。よく考えれば当たり前のことに、改めて気づいてしまう「国の人たち」だった。
終
*すいません。勢いよく書いてみたけど、これ面白いのかな? オールキャラネタで書きたい+バルトの人たちを出したい。というのが書き始めたきっかけです。 それだけだと物足りないので、地中海の二人にも出てもらいました。 サディクの台詞、前作よりはましかと思います。ヘラの台詞は結構悩みました。
ライヴィスの「幸せって〜」の台詞は、キッ□ーマンしょうゆのCMよりお借りしました。 バルトトリオがアレを歌っているところを想像しながら読んでいただけると幸いです。 CMネタはすぐ風化するぞ〜。
Write:2009/11/26 (Thu)
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