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アーサーとヨンス




 アーサーがヨンスの国を訪ねたのは、とある経済機構立ち上げのアドバイザーとしてだった。
 日本が立ち上げ、中国がそれに注文をつけ、韓国がさらに文句を言う。 そんな流れになったせいで、アーサーは三国を回ってそれぞれの言い分を聴取することになってしまった。
 今回は、「国」としてではなく一介の経済アナリストとして参加した。そのせいで、「実りがない」としか言いようがない暴走会議に延々と付き合わされ、さすがのアーサーも消耗してしまう。

「アーサー兄(けい)! 挨拶に来たぜ」
 そんな時、講師控室に顔を見せたのがヨンスだった。彼はにこにこ笑いながら「こんな所抜けだして、遊びに行こう」とアーサーを誘う。
 その夜も何かの晩餐会があったのだが、疲れていた彼はヨンスの誘いに乗ってしまった。礼儀や社交を重んじる彼にしては珍しい出来事だった。

「ところで、どこにいくんだ?」
「まーまー。ここは俺の地元だぜ! まかせろってコトさ」
 最近、彼の国の経済状態は天井しらずと言われている。表面良くても内情は火の車、というのはよくある話だが、少なくとも彼を見ていると「噂は事実」と思えてくる。
 パジ・チョゴリに身を包み、大手を振って歩いているヨンスからは一種の熱量が放出されている。人間で言うと「若さのエネルギー」とでも言うべきか。
 彼の特徴であるくせ毛さえ、ぴかぴか輝いてるように見えるのだから相当なものだ。
「その服は、あまり街中では見かけないな」
 アーサーが問うと、彼は「俺んちの人は、最新ファッションに敏感なんだぜ」と、けろりと答える。
「じゃ。なぜお前は会議に民族衣装なんだ」
「会議だからに決まってるさ。これは俺の誇りなんだぜ」
 アジア諸国の集まる場だから、自己主張は大事。と胸を張るヨンスに、アーサーは一抹の不安を感じる。
(もしかして、俺になにか裏取引でも持ちかける気なのか)
 一度気にすると、落ち着けないアーサー。しかも、ヨンスはどんどん繁華街を離れて旧市街に向かっている。
「ここさぁ。ほら、入った入った」
 ヨンスが彼を招いたのは、間口の小さい食堂だった。中には地元の人しかいないような、普段着の風情のする店。テーブルの奥へアーサーを押しこむと、ヨンスは大声で何かを注文した。
 韓国といえば焼き肉。と思っていたアーサーだが、この店では皿やどんぶりに盛られたおかずがメインのようだ。意外と野菜が多い。どことなく、日本で見た家庭料理を思い出す。
「さあ、これ食べて元気出せアーサー兄」
 しばらくして届いたのは、土鍋でぐつぐつ煮えているオートミール状の物体だった。チキンベースのスープからは、複雑な香りが立ち上っている。
「なんだこれは。病人食か?」
「ヘルシーフードと言ってほしいんだぜ。アーサー兄、連日のパーティと会議で疲れてるみたいだったから、特別注文したのさ」
 そんな事を言いながら、ヨンスは小鉢に粥をよそって彼に差し出す。
 熱い粥は独特の味がする。「漢方薬か」とアーサーが呟くと、ヨンスは嬉しそうに頷いた。
「漢方の起源は俺なんだぜ!」といういつもの台詞に、アーサーが「ああ、そうだったな」と答えた。
 するとヨンスが「あれっ?」という顔をした。東洋人にしては珍しいくらい、気持ちが顔に出る男だ。
「朝鮮人参をはじめとする各種漢方は、わが国でも珍重されているからな。それくらいの事は知っているよ」
 そうかぁ。と呟きながら、ヨンスはせっせと粥をよそう。他愛ないくらいにこにこしている。
「アーサー兄。これもトッピングするといいんだぜ」
 口調は尊大げだが、ヨンスの表情は子供のように明るい。彼は金鉢にナッツや木の実のようなものを盛って差しだす。
「これも全部漢方なのさ」
 アーサーがそれぞれの薬効を聞くと、ヨンスが答える。さらに隣のテーブルの料理の解説まで始める。双方にとって意外なくらい、その時間は落ち着いたものだった。
 土鍋の粥を二人で空にすると、アーサーの疲れた胃袋はすっかり温まった。
「さすがに暑いな」
「そんな窮屈そうな服、脱げばいいさ」
 扇子で彼をあおぎながら、ヨンスが笑う。
「窮屈言うな。お前と同じで、俺も服装には自覚と誇りがある」
 アーサーが言うと、ヨンスは真顔になって彼を見つめた。
「俺と、同じ?」
「……なんだよ」
 ヨンスは彼に、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「アーサー兄、聞いていたよりずっといい奴なんだぜ」
「ん? 聞いたって、誰に」
 問い返した瞬間、すでに後悔している。ヨンスがアーサーの噂を聞きそうな相手と言えば……。
「兄貴さ」
 ああ、やっぱり。耀が彼を誉めるわけがない。
 ガクッとテーブルに伏すアーサーの手に、ヨンスはジョッキを握らせる。
「弟たちからも、色々聞いたんだぜ」
 香のことか。と、アーサーは沈む気持ちの中で認識する。どちらにしてもけなされる予感しかしない彼は、自分の過去に誠実と言えなくもない。
 まーまー。と言いながら彼のジョッキにビールを注ぐヨンス。菊から「あまり飲ませない方がいいですよ」と忠告されていた事は、すでにすっぱり忘れ去っている。
 ほとんど無意識にジョッキをあおるアーサーを見て、ヨンスは「ちょっと言葉が足りなかったかな」と思ったらしい。
「そんなに落ち込まなくてもいいんだぜ。菊はアーサー兄の事褒めてたさ」
 ちょっと待て。と、アーサーはヨンスの言葉をさえぎる。
「なぜ菊が出てくるんだ」
「菊も俺の弟だぜ」
 アジア家系の起源は俺なんだぜ! と元気に叫ぶヨンスの声を聞きつつ、アーサーは再びジョッキをあける。
 菊の兄と主張するなら、ヨンスは彼よりずっと年上ということになる。だが彼に『兄』と尊称をつけ、気配りを見せるという事は。
 ヨンス的に「俺の兄貴と同格なら、アーサーも俺の兄貴分だぜ」という事になっているらしい。
 なんだか無秩序だが、彼なりの筋が通っていると思えば理解はできる。
「まあいいや。お前が亜州の兄貴って主張するなら、経済会議でも他国の面倒見てやれよな」
「仕事の話は持ち込まないでほしいんだぜ!」
 それは明日の話さ! 明日なら、容赦なく聞いてやるぜ! とヨンスに笑われ、少しとはいえ彼を疑ったアーサーはますます落ち込む。
 ヨンスに注がれるままにビールを鯨飲したアーサーがどうなったか。

 それは『本人に言ってはいけないお約束』として、こっそり情報が回されたという話だ。

 終

PS.
 「だから飲ませちゃいけないと、あれほど念を押したのに!」
 「まさかあんなにひどいとは、思わなかったんだぜ」
  菊に叱られて、ヨンスはちょっとしょげている。
 「でも俺、一番凄い悪口言ったのがアルフレッドだってことは、黙ってたぜ」
 「あなたにしては的確な判断です」

PS-2.
 「菊がアーサー兄に会いたがっていた事は、ちゃんと伝えたさ」
 「それを、余計なお世話というんです」
  よく判らないままに、ヨンスは再び菊に叱られた。



*アーサーとヨンス。
 この取り合わせが出た時には、企画自体が失敗だったかも……と思いました。
 接点、あるんですかこの人たち?!
 とりあえず、食事にでも行ってもらおうと書いてみたら、なんとかなった……かな?
 ヨンス君初書きです。性格がさっぱりわからなくて、困りました。
 こんな子でよかったのかな。「俺が起源」以外、とんと印象になくて。
 ちなみにあのセリフは「ツッコミ待ち」だと固く信じています。
 やんちゃな弟のイメージです。

 ふたりが食べているのは「サムゲタン(サンゲタン)」と呼ばれる薬膳鳥粥です。
 家庭料理ですが、手間暇時間のかかるレシピです。
 ヨンスは前日から、アーサーのために予約入れていた、という設定です。
 文章には出てきませんが、鳥を丸ごと一羽煮込んでます。
 メインは朝鮮人参ですが、人によって使う漢方が違うので、味は千差万別だそうです。
 私が昔食べたのは、すごくニンニクが効いていた……。


Write:2009/09/30 (Wed)

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