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トーニョとサディク




 キリスト教国家に造船および航海術で後れを取っていたオスマン帝国。 だが、東ローマ帝国を倒してその文化を手中にした事によって、情勢は一転した。
 大型ガレー船を次々建造し、キリスト教徒たちを奴隷にして船を漕がせる。その船でまたキリスト教国を襲い、新たに財宝や奴隷を仕入れて以下エンドレス。
 商船を見つけたら襲いかかり、乗り移って強奪。その剽悍さに太刀打ちできず、海軍でさえ集団で逃げるのが精いっぱいのあり様。
 オスマントルコが地中海の覇者となるのに、さほど時間はかからなかった。
 北アフリカ一帯を押さえ、そこから欧州へ攻め入る彼らは「向かうところ敵なし」状態に見えた。
 しかし。
 欧州勢も、だまってされるがままになっていたわけではない。宿敵を倒すべく、着々と同盟を結び、準備を重ねていた。

 その日サディクは自分の船を操り、イタリアへ向かう武装商船団を追いかけていた。
 護衛艦は彼らの行く手を阻もうと、必死で船を操り商船との間に割りこみ大砲を撃とうと試みている。
 その操舵術は見るべきものがあったが、サディックはお構いなしに船を進めた。大砲を使う船は、脇腹を敵にさらしている。お互い「的が広い」というわけだ。
「あんな船、さっさとつぶすぜぃ! そうすりゃ、あとは本命の尻に食らいつくだけだっ!」 
 サディクが味方を鼓舞すると、威勢のいい胴間声が返ってくる。さらに鉦や太鼓を打ち鳴らし、自分たちが突撃体制に入った事を相手にアピール。
 これで降伏してくれたら死人を出さずに済むが、「それじゃ、つまんねえねぁ」とサディクが呟いたその時。
 彼らの邪魔をしていた護衛艦たちが、大砲一斉正射を最後に左右に分かれて逃げ始めた。
 まさしく全速力というべき逃げっぷりで、あとに残されたのは大型商船ただ一艘。
「あいつら、お宝身捨てて逃げやがったぜ」
 快哉をあげる部下たち。その興奮は下へも伝わったのか、船の進むピッチが上がる。下層で漕ぎ手に鞭でもふるったのだろう。
「ちっ」
 あまりの歯ごたえなさに腹を立て、サディクは舌打ちする。とはいえ、獲物を逃がしてやる理由はない。そう思って、彼は次の指示を出した。
「よし、獲物を逃がすんじゃねぇ! 丸ごと手に入れるぜ! 突っ込んだら即乗りこみだ。早い者勝ちを許可するが、婦女子には手を出すなんじゃねぇぞ」
 ガレー船の船首水面下には、衝角と呼ばれる剣呑な武器が隠されている。突撃し、敵の船の脇腹をえぐって沈めるのが、彼らの戦法だ。
 もっとも、商船を沈めるわけにはいかない。沈めるのは盗る物盗ってからだ。
 サディクの船は左右から商船を挟むように近づく。船上には数人の船乗りがうろうろしているのが見えるだけだ。
(ったく。腰ぬけどもが)
 不機嫌なサディクに構わず、部下はかぎ付きロープを投げて船を固定しようとしている。
 ところが。その時甲板に、背の高い黒髪の男が悠々と現れた。
 手には銀のハルバート。褐色に見えるほど日に焼けた男の顔が、白い歯を見せて笑ったのがサディクには見えた。
「! しまった、罠だ!」
 叫んだときにはすでにロープが展開され、商船はガレー船に左右からロープで固定されていた。あとは綱渡りで乗り込むだけで……。
 気の早い手下がロープに手をかけた時、商船の船腹にある飾窓が一斉に割れた。
「な、なんだ?!」
 その答えはすぐに返ってきた。窓から突き出した、黒々と光る砲身という形で。あらかじめ計算しつくしてたらしく、角度まで正確にサディクの船を仰ぐ位置だ。
 かすかに火薬の匂いもする。いつでも撃てるように準備できているのだろう。
 同時に、甲板が持ち上がったかと思うと完全武装の兵士が次々現れた。
さらに、どこに身を伏せていたのか弓兵が立ちあがり、サディク達に狙いを定めている。
 つまり、護衛艦のほうが……囮。
「いやぁ。思わん大物が釣れたなぁ」
 指揮官らしい男が、陽気な口調で告げた。サディク側は手が出せない。彼を射殺したとしても、次の瞬間彼らの船が海の藻屑となる。
 船底一枚下が地獄だとよく判っている彼らには、そんな無謀な手段はとれない。
「ほぉ。おめえさん自らお出ましとは、こりや大した力の入れようだぁね」
 サディクが笑うと、敵の司令官であるアントーニョも負けずに笑い返す。
「いつまでも、お前らに勝手はさせへんでぇ」
 すっ、とハルバートを持ちあげてサディクの胸先を指す。
「地中海は元々俺らのモンや。お前らはおとなしーに、黒海の向こうに引っ込んどったらエエんや」
「世界の勢力図は、すでに書きかえられたんでさぁ! お前らの時代は、終わってる事に、さっさと気付きやがれっ」
 ふたりとも、伊達に海上で軍の指揮をとっていない。この状況でもよく通る、いい声をしている。
 腰のシミターを抜き、サディクは叫ぶ。
「こうなったら、あの船ぶん捕って凱旋するぜ! いくぞ野郎どもっ!」
 うぉぉ。という歓声と共に、左右のガレー船が商船に近づいてくる。力の限りロープを引き、一気に乗り移るつもりだ。それに、船腹同士がくっついてしまえば大砲も使えない。
「まだ勝負はついてねえ!」
「あきらめの悪いお人やなぁ」
 槍を肩に担いだトーニョは、軽くサディクを手招きする。
「あんたの相手は、俺や。さっさとかかって来(きぃ)や」
 言いながらその槍は、先陣を切って突っ込んだオスマン兵をたたきのめし、血反吐まみれにしている。
「この俺に勝負を挑むたぁ、身の程知らず。遺書の用意がいるってことを思い知らせてやるぜ」
 船に乗り込んできたサディクに槍を構え、トーニョはにやりと笑った。
「やかましわ、吠えるだけなら犬でもできるわ! お前はここで魚の餌や!」
 切りかかってきたシミターを、穂先で裁いたトーニョ。次の瞬間槍を回し、脇腹に詰め寄った「もうひとつの刃」を柄で払った。
「二刀流なぁ……知らんかったわ。いつの間にか、芸が増えたんや」
「なめんな、ってことでさぁ!」
 思い切り振りおろした穂先は、サディクの肩に食い込むはずだった。だが、左足をひいて体をほとんど半回転させたサディクの右手が、逆にトーニョに迫る。
「!」 
 頬をかすめた刃先が、トーニョの顔に浅い傷を負わせた。流れる血を舐めとって、トーニョは再び槍を構えなおす。
「これ以上は絶対手出させへん! この海にも、ロヴィにもな!」
 船上はまさに乱戦の真っただ中。誰にも邪魔されることなく、ふたりの武器が打ち合わされた。


 時は、1570年。
 これは後にレパントの海戦と呼ばれる戦いの、前哨戦だった。

 終
 



 *背景は史実ネタと書きましたが、この戦い自体は架空です。
 というか嫌にビジュアルがはっきり脳裏に浮かんだから、映画のシーンぱくってる可能性大です。
 私が見ている海賊映画って、カリブの海賊シリーズくらいなんだけどな(首かしげ
 お気づきの方、ぜひご一報ください。

 サディクさん初書きです。江戸っ子弁キャラは勝海舟しか思い浮かびません。なので、台詞滅茶苦茶です。
 ワイルドに、格好よく。ひたすらそう念じながら書きました。
 トーニョの武器も違います。彼の得物は斧だったと思います。
 でも、私は斧で戦う映像を観た事がないので、イメージできずやむなく槍にしました。
 以上。力が足りなくて申し訳ありません。でも書きたかったんです。



Write:2009/10/24 (Sat)

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