とっぷてきすとぺーじ短編 本文へジャンプ


朋、遠方より来る


 アーサーが菊の元を訪れたのは、小雨降る梅雨の午後だった。
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
 玄関にきちりと座し、挨拶をした菊は客人に視線を向けた。
 家主に座られていると、次の行動に迷うらしい。客は靴を脱ぐことも忘れて、玄関で佇んでいる。
 自国の人間以外が、この季節にきっちりスーツを着込んでいるのを見るのは初めてかもしれないと菊は思った。
「いい、雨だな」
 菊が立ち上がるのと、アーサーが呟くのが同時だった。
「雨、お好きですか」
 客を招き、奥の部屋へ導きながらぽつぽつと言葉を交わす。
「いや、正直うんざりだと思っていた」
 でも、お前の家の雨はいいな。と、アーサーは庭に視線を向けて言う。
 小さな坪庭は今、濃淡がグラデーションを描く苔で覆われている。
 板塀の向こうに影を落とすのは、竹林。雨に洗われ、隅々までみずみずしい。
「家の中なのに、森にいるみたいだ」
 座布団に足を投げ出して座るアーサーは、リラックスした表情を見せていた。
「湿っぽいでしょう」
 微笑みながら菊が言うと、アーサーも頷く。そして答えた。
「だが、そこがいい」と。
 茶菓の用意をしながら、「なんなら寝転がってもかまいませんよ」と菊がさそう。
 本来は仕事での来日だ。疲れているだろうというささやかな配慮だ。
 いや、それはさすがに……と笑うアーサーが、「忘れるところだった」と古ぼけたバックを引き寄せ、蓋を開ける。
 中からなぜか、バラの花束が出てきた。
「みやげだ」と言ってから、菊の引きつった表情に気付いたらしい。
「馬鹿、勘違いするな。これは先日会った娘にだ」
 アーサーは、少し前にはじめて泊まっていったとき、深夜に屋敷内を走り回る少女に出会ったのだった。
 翌朝菊に聞いても首を傾げられたので、例によって彼にしか見えないタイプの住人だったらしいが、それならそれで良いと開き直っている。
 彼は間違いなく会った。だから今度は手土産を持ってきた。それだけのことだ。
「渡しといてくれ」と言われて、行きがかり上受け取った菊は、案の定困惑している。
(私、一人暮らしなんですが)表情がそう、告げている。
 菊は、彼があの時菊以外の誰かと出会ったと言ったのを思いだしていた。
(うーん)
 以前アルフレッドが「アーサーは時々妙なことを言い出すが、そんなときは黙って聞いてやってくれ」と言っていた。理解はできないが、何かがあるのだとは思える。
 小ぶりなピンクの蕾ばかりで作られた花束には、確かに贈る相手に対する配慮が感じられる。
 渡せといわれた以上、花瓶に生けるわけにもいかないし…と困っていると、アーサーが縁側を指差し、「そこに置いておいてくれ」と言う。
 まあ、今日の天気ならすぐには枯れないでしょうと思い、客の言葉に従う菊だった。
 


「お前の家は、茶も旨い」
 出された茶器を吟味するアーサーは、実に楽しそうだ。
 食器のチョイス、茶の選定、湯の温度や出すタイミングまで心がいきとどいている。
 耀も茶にはうるさいし、彼の家の茶会も楽しいものだったが。大陸的もてなしの典型で、とにかく手持ちの中で一番いいものを惜しみなく、際限なく出すのが最上にして正当だと思っている。
 それが悪いとは言わない。だが、やんちゃと評判の外面のほかに、意外と細かい配慮を好むアーサーにとって、菊の気配りは心に響く。
「ありがとうございます。頑張った甲斐があります」
 何しろ貴方は、お茶の国の人ですから。菊が言うと、アーサーはおおらかに笑う。
「俺のは嗜好というか、まあ確かに好きなんだが」
 何を思ったのか、アーサーの笑いは止まらない。
「そういえば昔、お前を乙女と思っていたんだった。今思い出したよ」
「は?!」
 聞き返してから、(聞こえなかったことして流すべきだった)と菊は思ったが……もう遅い。
 アーサーは行儀悪く茶器をもてあそびつつ、呟く。
「だってさ。お前んちから輸入した陶器も絵もキモノも、驚くほど繊細だったし。こんな文化を育んだ国はさぞかし可憐な乙女だろうと……期待したんだよ、悪いか?」
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
 その返答に含まれた若干の棘を感じ取り、アーサーは軽くウインクして見せた。
「をー。まったくだぞ。無茶なアプローチして嫌われたらどうしようって迷っているうちに、アルフレッドに先を越されるし」
「貴方がストーカーだったとは、知りませんでしたよ」
 つんと澄ましかえって返事するが、アーサーは座卓に肘をついて笑顔で菊を見ている。
 はじめて会ったときの事を思い出す。彼らから見て問題にもならない、極東の島国。倭の装束を身にまとった菊は、本来の年齢からは信じられないくらい幼く見えた。
 その少年が、七つの海を制したアーサーを前に臆することなく、むしろ値踏みするような冷ややかな目で彼を凝視した。虚勢を張るのでも、媚びるのでもなく。アーサーが付き合うに値する相手なのか、真摯に見定めようとしてきた。
 少なからず感動した。それまで彼が植民地化してきた地域とは違う、存在感のある「国家」との出会いだった。
「うん、ほら。友達になれてよかったと言いたいんだ。判れ」
「命令形ですかっ?!」
 蹂躙しなくて良かった。おかげで、対等に話ができる友人ができた。
「俺の言いたいこと、判るか?」
「……今度は疑問形……」
 いつの間にか、とがっていた菊の表情が柔らかくなっていた。
「あー」
 菊がこほん、と空咳をするまで、アーサーは緊張を隠して返事を待っていた。
「了解しました」
 そっけなく、しかしはっきり呟くと、菊はすばやく立ち上がって台所に消えてしまった。
 残されたアーサーは「え?」などと今更呟き、返事が「Yes」だったことを確認した。
「そうか、友達か。友達と思っていいんだ」
 顔がにやけそうになるのを押さえていると、菊が茶器を変えて戻ってきた。
「よし。そうと決まれば呑もう」
 先程の鞄から、今度は重たげな瓶が出てきた。
 これはお前用だぞ。そう言いながら封を切ったのは、アーサー推薦のスコッチ。
「これに合う肴がありませんよ」
 ためらう菊に、かまわず湯飲みを持たせて酒を注ぐ。
「いいから呑め。日英同盟バンザイだ」
「……呑む前から酔ってませんか?」
「これから酔うんだから、些細な順番なんか気にするな」
 二人して湯飲みで乾杯し、薫り高いウィスキーに口をつける。
 外は今も雨。二人のささやかな酒盛りは、誰からも邪魔されることなく深夜まで続いた。

 縁側の花束は、いつの間にか消えていた。
 しかるべき相手に届いたのだと、アーサーは満足げに呟いていた。

 終



PS. 「今日は収穫がありましたよ。貴方が私を友達と思っていてくれてるとはね」 
  「え? おい」
  「ここは一筆入れてもらいましょうか。家宝として壁に飾らせてもらいますから」
  「……冗談だろ? てか、お前は俺のことどう思ってるんだよ!」
  「これさえあれば、いざという時色々使えそうですし」
  「おい菊、お前の冗談笑えないぞ」
  「ふふふ。さて、色紙はどこにしまってあるんでしたっけ」
  「…………き〜く〜」



※ 海賊にして紳士のアーサー。今回は紳士な一面を強調してみました。
  そのうち、ばりばり元ヤンなところも書きたいと思います。
  キャラ書きの練習でしたが、ちゃんと書けているのか不安です。

  一晩置いて読み返すと、最初の案より上品です。
  そーか、酒呑まさなきゃなんとでもなるのか。
  いや、酔って愚痴る彼も可愛いかなと思いますが。



  Write:2009/06/29 (Mon) 20:52

  とっぷてきすとぺーじ短編