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バッシュとギル

 会議をネットで行える、便利な時代。にもかかわらず、彼ら「国の人」たちは、今でも自らの身体を運んでひとつ所に集まる習慣を続けている。
 理由は様々。「衛星通信時のタイムラグが嫌だ」と言い張るのは米英のふたり。微妙に気が短い彼ららしい言い分だ。
「直接会う方が楽しいと思うよ〜」と主張するのはイタリア。これは意外と同調者が多い意見で、仏と西など「ライブに勝る感動は無い」みたいなたわごとを垂れ流している。会議に何を期待しているんだか。
 イヴァンにいたっては、「僕のいない所で、みんなが楽しんでるんじゃないかって心配だよ」とまで言う。
 要するに皆、退屈してるんじゃねえ? と、ギルは思っていた。が、いいかげんなようで根がまじめなゲルマン民族の彼にとっては、こんな考え自体が戯言だった。

「かくまってもらいたいのである」
 会議最終日の午前、そう言いながらバッシュがギルの部屋に飛び込んできた。その姿を一目見た時、脳裏に浮かんだのがこの「戯言」だった。
 なにしろ、バッシュの恰好ときたら。裾長のクラシックなワンピースにエプロン、ヘアピースをつけて髪を結いあげてリボンまで付けた……完全な女装だった。
 彼が自分からこんなモノを着用するわけがない。誰かにもて遊ばれたのは一目瞭然だ。
 そう思いつつ外の様子を窺うと、廊下を複数の足音が行き来する気配が伝わってくる。
(やれやれ)
 ため息をついたギルは、バッシュをレストルームへ押し込んだ。ギルにかくまわれる不本意さと、「彼ら」から逃れられた安堵という複雑な感情を抱いていたバッシュは、狭いレストルームにギルがついてきたことに驚いた。
「貴様、なにをしている!」
 ギルがいきなりシャツを脱ぎ始めたのに驚き、思わず声を上げるバッシュ。
「うるせぇ、黙ってろ脱走者」
 Yシャツをバッシュに投げつけると、ギルはシャワーで自分の髪をぬらす。ざっと頭を振って水分を飛ばし、バスローブをはおって部屋に戻った。
 ズボンも脱いで「今シャワーを浴びたところ」という体を装ったタイミングで、部屋の扉がノックされた。
 扉を開けると、そこにはフェリシアーノが立ってる。
「ギル〜。あれ、今起きたところなの?」
「今日の予定は午後からのはずだぜ。ところで何だいったい」
 フェリはギルの背後をのぞきこんで、「バッシュが来なかった?」と問うた。
「あのなあ、俺様朝食もまだなんだ。誰にも会ってねえよ」
 そっか〜。と首をかしげるフェリ。悪意のかけらも見えないが、彼が「何も考えずに何かをしでかす」男だという事は、ギルもよく知っている。
「バッシュが、どうした?」
「うん、リートが探してるんだぁ。もし見かけたら彼女に教えてあげてよね」
「了解」
 頼んだよ〜。と手を振って、フェリはパタパタと走り去った。
 ギルの背後で、小さなため息が聞こえる。振りかえると、バッシュが女装を脱ぎ捨ててギルのシャツを身にまとっているところだった。
「借りたぞ」
 この上ない仏頂面で、バッシュが呟く。ズボンは最初からはいていたらしい。
(ズボンはいたままで女の服が着られるって、こいつ骨格細いな)などとこっそり思うギル。
 部屋に備え付けのポットで湯を沸かしつつ、ギルは「何があったんだよ」と聞いてみた。彼が満面に浮かべたにやにや笑いを見て、バッシュはますます顔をしかめる。
「教会のチャリティイベントに出たい、とリートがいいだしたのである」
 ぼそっと吐き出されたひとことで、何が起こったのかギルには察しがついた。
「演目は若草物語。リートがベスの役だと聞いたから、衣装合わせにつきあう約束をしたのであるが」
「行ったら、お前の分の衣装もそろってたってわけだ」
 黙って頷くバッシュ。(妹見たさについて行ったってか。絵にかいたような一本釣りだぜ)と、ギルは笑いをかみ殺す。
「若草物語なら、主役は皆女性だと思うだろう! それなのになぜ、吾輩に……長女役っ」
 余程つらかったのか。バッシュは珍しく口数が多い。
「いつの間にかフランとトーニョか待ち構えていて、『国際協力は大事だよね』とか言いながらこんなモノを!」
 疎ましそうに、脱ぎ捨てたワンピースをにらんでいる。まあ、あの二人ならノリノリで手伝っただろうとギルは思い、ほんの少しだけ同情した。
「それで、俺のところに逃げてきたのか」
「貴様のところに居るとは、誰も思わんだろうからな」
 居心地悪そうに視線をそらしっぱなしのバッシュに、とりあえずコーヒーを渡す。
「まあ、ローデのところは一番に探される、か。でも、あいつはこんな悪ふざけ嫌いだから、理由を話せばかくまい通してくれるんじゃねえの?」
 穏やかな好青年のローデだが、中身は頑固でしたたかだ。一度守ると口にしたら、最後まで信頼できるはずなのだが。
「それは駄目だ。この話の発案者はエリザである」
「なるほど。そりゃ、駄目だな」
 今は一緒に暮らしていないが、エリザは今でもローデの嫁。彼女に隠し通すのは不可能だ。というかおそらく自白する。
「信頼度でいえば、まずお前の弟なのであるが」
 コーヒーで喉を湿らせつつ、バッシュはまたため息をついた。
「だが今回はイタリア兄弟が向こう側についた。ルートヴィヒはフェリシアーノが絡むととたんに信用できなくなる」
「……そりゃ、すまねえな」
 ルッツは情理をわきまえた、理性的で頼りになる男だとギルは思っている。これはまんざら身びいきではないだろう。バッシュの発言がそれを裏付けている。
 しかし、彼がフェリシアーノの事になると時々理性をどこかに置き忘れる事は、兄としても認めざるを得ない。
 フェリに泣きつかれたルートが、苦渋の表情で「何とか芝居に出てもらえないだろうか」とバッシュを説得するところが容易に想像できて、ギルはフォローを思いつかない。
「ああ、えっと。菊はどうよ? あいつも情に厚いから、かばってくれるんじゃねえ?」
 ギルがそう言うと、バッシュは表情をこわばらせてうつむいた。
「吾輩もそう思って、最初に声をかけたのであるが」
「? 駄目だったのかよ」
 あいつ意外と冷てぇなあ。とギルが呟くと、バッシュが「それどころではない」とうめいた。
「吾輩の姿を一目見るなり、どこからともなくデジタルカメラを取り出して許可もなく撮影しようとしたのである!
 何なのだあの男は! いつも自分の意見を言わない歯がゆい奴だと思ってたのに」
 がっくりと肩を落としたバッシュを見て、ギルは思わず頭を抱えた。何が起こったのか、ギルには予測がついた。つい先年のクリスマスに、菊の思わぬ一面を見せられたところだったから。
「しかも、どこまでも追いかけてきたのである! 吾輩が、追跡を振りきるのにあんなに苦労するとはっ」
 よほど悔しかったのか、身を震わせて話すバッシュ。
「いや、あのモードになった菊には逆らえないっつーか。係わらないのが身のためだぜ」
 重いため息をついたバッシュに、ギルは軽く「ま、あきらめろ」と告げる。
「面倒事にかかわるのが嫌なら、でていくが」
「そうじゃねえって。この話最初から、お前の負けだって言ってるんだ」
 怪訝な表情のバッシュに、ギルはイイ笑顔で最後通知をつきつけた。
「誰が何と言おうとさ、関係ねえっての。お前、リートに『お願いしますお兄様』って言われて拒否できるか?」
 できないだろ? とギルに笑われ、返す言葉もないバッシュだった。

 ギルの予言(?)通り、慈善芝居は女性陣の思うままに進んだ。
 ちゃっかりと老ローレンス候の役をゲットして、ギルはリートから頬キスをもらう役得をうけたが。
 当然、後でバッシュから「ダショーン」されたのは言うまでもない。
 

 終





*中立兄妹登場です。リートというのがリヒテンシュタインの、当サイトでの名前です。

 バッシュごめん! 最初のシリアス路線で書けなくて本当〜に、ごめん!
 ギルが「お前に言われたくねえよこのシスコン」なんて台詞をはいたとたん、「シスコンで書きてええ」と暴発しちゃって、ごめんなさい(平伏
 悪いのはギルってことでひとつよろしく(逃走
 このふたりで「シスコンVSブラコン」な話にしたかったのですが、ギルに逃げられた感があります。
 どんな展開でも、ギルはルートに勝てるけど、バッシュは絶対リートに勝てないと思います。
 初めから、勝負にならないよ(汗

 さて、若草物語を女性たちに演じてもらうとしたら。
 長女=ライナ。二女=エリザ。三女=リート。四女=シエル。
 こんなキャストでいかがでしょう? ちなみに本編中では、二女をロヴィ、四女をフェリが演じていました。
 誰の趣味かは、ご想像にお任せします。




Write:2006/01/10 (Tue)

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