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心を添えてあなたに贈る




 オーストリア王家は、庭園に凝るのが好きだ。シェーンブルン宮殿の周囲には、各国の様式を持ちこんだ様々な個性の庭園群が作られている。
 国のシンボルたるオーストリア本人に言わせれば、「美しいものを作ることこそ、文化の粋でしょう」ということになる。
 当然庭に植える植物にも造詣が深く、彼も自宅に専属庭師を置いて品種改良に取り組ませている。小型ながら温室もあるので、花の無いこの季節でも彼の館では生花が絶えた事がない。
 今もオーストリアは自宅の温室にいる。「この日」のために精魂込めて仕事をした男の作品を見つめていた。
「色は……申し分ないですよ。この季節に開花させるだけで大変だったでしょうに。
 私の希望をくんでくれて、嬉しく思います」
 気難しい主人が口元をほころばせるのを見て、年配の庭師は「おそれいりやす」と頭を下げた。
「あとは、形ですね。つぼみの時は背筋を伸ばした乗馬姿のようにすっきりと。開花につれて華やかさがこぼれてくるようなそんな感じが出ると良いです。
 でも、花弁がカールしすぎると下品ですね。こう、両手を広げたようにふわりと開くのが理想です」
 主人には、あるべき花の姿が脳裏に浮かんでいるらしい。そして、それは彼の意中の女性のイメージなのだろうと老庭師は見抜いている。
 とはいえ、そんなことは庭師の分際には過ぎる事実。彼はただ、主人の求めるモノを作る努力をするだけだ。
「では、今年用の花はそちらのパールピンクで。清楚で薫り高いところが、彼女の好みにあいそうです」
 目を細めてバラを選ぶ主人を見ながら、「お任せ下され」と言葉少なに答える庭師。
(今年も求婚はナシか)と思いながら。彼の主人は、イメージ通りの花をささげて求婚したいらしいが、ロマンチストにも程がある。
(女ってのは、もっと実用的なもんですよ御主人)
 もたもたしているうちに逃げられたりさらわれたりしたらどうする気だと、庭師はひそかに心配しているのだが。
 そんなことを口にできるわけもなく、彼は仕事をこなすことで忠誠をしめす。
 ロマンチストだが時として実益を選ぶことをためらわず、自分の事には頑固なのに他人の事には融通が効く。
 そんなご主人を、庭師はこよなく尊敬していた。
 

 一方、隣国では実用的な男が特注してあった花束を受け取っていた。
「やっぱバラだよな。色は純白。俺様にふさわしいと思わねえ?」 などと軽口をたたき、店の主から「ご成功をお祈りいたします」などと声援を送られている。
 花束をつぶさないように抱きかかえ、プロイセンは軽くため息をつく。
「買うのは簡単なんだよな」
 何しろ相手は、彼が花束を持っているのを見ただけで「何の冗談」と指さして笑いかねない、情け容赦ない女性だ。そこを乗り越えて花を贈っても、受け取ってもらえるのか。
「第一、見るからに『花なんて食べられないでしょ、馬鹿』とか言いそうなタイプだし。男が花を贈るんだから、もう少し照れるとか恥じらうとかしたらどうなんだよチクショウ」
 実際に告白する前に、脳内のハンガリーに打ちのめされるプロイセン。
 どうやら今年も、バラの花は彼の居室に飾られて終わりそうだ。


 そして。今年初めて花を買う「バレンタインデビュー」の少年が、花市場でカチカチに固まっていた。
「坊や、誰に贈るの?」
「おかあさん?」
「君みたいな可愛い子から花をもらえる人は幸せよね〜」
 花屋のお姉さんたちに取り囲まれた神聖ローマは、それでも必死に自分の目的を完遂しようとしている。
「は、母親ではない! たまにしか会えないので、俺の事を忘れないで欲しいと伝えたくて……」
 キャ〜可愛い〜! という歓声が、彼の言葉を打ち消す。神聖ローマは(店を間違えた)と悔むがすでに手遅れ。店を変えても、女店員たちがぞろぞろついてきそうな勢いだ。
「あら。告白…………じゃ、ないみたいね」
 コクハクという単語を聞いただけでぱぁ〜っと赤面した少年を見て、女性たちはくすくす笑う。あまりからかうとかわいそうと思ったのか、ひとりが「花束作ってあげるわ」と手を動かしはじめた。
 早咲きのミニバラの中から、色目の濃い黄色を選ぶ。その束を結ぶリボンの色は、深い青。
「これをね、『あなたに捧げます』って渡すの」
 少年の髪の色と同じ花と、瞳の色を写すリボン。その意味を理解して、少年は照れくさそうに頷いた。
「わかってもらえるだろうか。彼女はその……幼いというか、俺の事を意識してないみたいで」
「大丈夫!」
 期せずしてハモる声援の声。居並ぶ女店員の心が一つになった瞬間だった。
「今年判らなくても、毎年渡せば通じるわ! だって、女の子の方がおませだから!」
 すぐ、あなたの気持ちに追いついてくれるわよ。と、力強く応援された神聖ローマ。
 花束を抱えて、おぼつかない足取りで少年は帰路についた。彼が店員たちによって「今年一番応援したい客」に選ばれたのは言うまでもない。


「えっと。今日は好きな女性に花を贈る日なんだって」
 そう言って、一輪の薔薇をさしだしたのはちびたりあ。シルクの端切れで作られた造花の、色は鮮やか過ぎる真紅だ。
「ボクが知ってる女の人の中で、一番きれいで一番やさしくて一番格好いいのはハンガリーお姉さんなんだ」
 だから、この花受け取ってください。と、メイド姿の少年は真面目な顔でハンガリーに告げた。
「あ、ありがとう」
 自分の性別を正しく認識してからまだ年月が浅いハンガリーは、ここまで真っ当な褒め言葉をもらったのは初めてだった。
「一本しか買えなかったから、誰に贈ろうか考えたんだけど。ここで一番はハンガリーさんだな〜って思って」
 ちびたりあが『一番』の意味を取り違えている事に気付いて、微笑ましい気分になるハンガリー。
(身の回りで一番イイ女と思ってもらえたのね。光栄だわ)
 真剣でなおかつ負担にならない告白を、素直に嬉しいと思った。ハンガリーは、笑顔でちびたりあが差し出したバラに手を伸ばす。
「いつかはあなたも、花を捧げる人が現れるんでしょうね」
「え?」
 あとで教えてあげる、もう少し大きくなったらね。そう言ってハンガリーは少年を抱きしめた。
「ありがとう。あなたにも幸せが訪れる事を祈ります」
「ボク、ハンガリーさん大好きだよ」
「私もよ」
 親子か姉弟のような微笑ましい会話を、うっかり聞いてしまったオーストリア。
 自分の口下手さを痛感し、この後色々改善を試みるようになったのは誰も知らないことだが。
 ちびたりあがハンガリーの幸せに貢献したのは、間違いないようだ。
 
 終


* 糖度高めはどこに行ったの? ちびちゃんと姐さんでオチって、どうなのよ(涙
   ……精進します。

  庭師が訛っているのは彼がトルコ系の移民だからです。どうでもいい設定です。
  
  プロイセンとハンガリーは、幼馴染の気安さで、お互いの言いそうなことの予想がつきます。
  そのためかえって妙な気を回したりします。
  実は、成長の過程で想像と実情が食い違う瞬間があったはずなのですが。
  そのころには微妙に遠慮するようになって、はっきりものをいうタイミングを外したのかもしれません。
  やっぱりプロイセンは白の方がいいかな、と思って訂正しました。(2/20)

  神聖ローマは、いいですね! 毎回書きながら「可愛い(ぽ」と思います。
  彼の生涯を考えると泣けてきますので、彼が幸せになる小話ばかり考えてしまいます。
  シリアスな話は、多分書きません。

  ちびたりあは「性別ちびたりあ」です。でもラテンの血が流れてるので、口説き文句はナチュラルにでてきます。
  そんなイメージで書きました。





Write:2010/02/14

  とっぷてきすとぺーじ神ロとちびたりあ