とっぷてきすとぺーじ短編 本文へジャンプ


Wo bist du? 〜どこにいるの?


 ☆ ドイツ捏造兄弟多数出演してます。苦手な方にはお勧めできません。



「ルッツ、どこだ?」
 ギルはそう声をかけながら、自宅を歩きまわっていた。

 広い邸内は多数の気配でざわついている。毎年のようにどこかの国で何かが起こるこのご時世。彼の家は執務室の延長となり果てて、常に人が出入りしている。
 イースター週間とは名ばかり。国の人たるギルにとって「休暇? そんな言葉もあったよなぁ」な状態だ。
 当然弟とも、日々の挨拶を交わすのが精いっぱいな状態になっていたのだが。
 執務中に訪ねてきたローデリヒに「ルートヴィヒと、ここしばらくろくに話もしていないそうですね」と責められたときには、「お前には関係ない」と、とりあえず反発した。だが、「今日も図書室で一人ぼっちでしたよ」とまで言われると言葉に詰まる。
 確かに、悪いお兄ちゃんだった。そう反省したギルは、残りの仕事を部下に押し付けて執務室を脱走。それからずっと、弟の姿を求めて自宅をうろついているというわけだ。

(ルッツの奴。寂しいとか、かまって欲しいとか、自分からは言わねぇもんな)
 呟きながら図書室の扉を開けると、テオドールが居た。
「ああ、今日は勉強の日か」
 彼はルートの教師役として、一般教養の面倒を見てくれている。
「ルートヴィヒなら、今日の課題を済ませてでていったぞ。急いでいる様子だったから、何か約束でもあるんだと思ったんだが」
 相手がお前なら、遠慮することは無かった。と、テオの言には容赦がない。
「どこに行くか、聞いてないか?」
「そんな野暮なことを、俺がするとでも? 第一、聞いたら聞いたで『ルッツに干渉するな』と文句を言うだろうお前は」
 無いと言いきれないギルは、礼の言葉を口の中で呟いてその場を逃げ出した。
 テオが背後から「ま、頑張れ」と声をかけてきたので、振り返らず手を振ることで挨拶に変える。そのせいで、テオが満面の笑みを浮かべて見送っていた事に、ギルは気づけなかった。

 サンルームでは、応接セットで向かい合う男が二人。
 なぜか、南ドイツのヴィルヘルムとエリクソンがチェスに興じていた。
「お前たち、ルッツを見なかったか?」
 ギルが問うと、二人はそろって顔をあげて「さっきまで、おった(=居た」と答える。
「俺と一局打って、勝ち逃げよった」
「勝てなんだら、まだ粘っとったかもしれんのぉ。アレも負けず嫌いじゃきに」
「わかった、他当たってみる。邪魔して悪かったな」
 二人の言葉を打ち切って、ギルはくるりと背を向ける。
 どこにいるんだ。と声を上げるギルの姿を、ヴィルとエリクは親指を立てて見送った。

 ホールにいたハンナは、「ちょっこ前に、庭へ行ったっちゃ」と笑顔で告げた。その庭にある小礼拝堂にいたロベルトは、「こっちには来なかったと思いますよ」と答える。
 ギルとルートが住んでいるこの館は、彼らの上司から与えられたものだ。広大な敷地には常に公人が出入りし、護衛が張り付いているという点で、大使館に性質が近い。
 そのため、忙しいギルがほとんど足を踏み入れない場所が多数ある。ありすぎる。
 今さらそのことを再認識したギルは、(なんてぇ無駄な広さだ!)と心中悪態をつく。するとその心の声を聞き取ったようなタイミングで、マクシミリアンが顔を出した。
「あれ? 珍しいね、こんな場所で何してるのさ。ルーを放置状態にするくらい忙しいんじゃなかったの?」
 しかも、目が合った途端ギルの聞きたくない事実をズバッと口にした。
「お前、ルッツと会ったのか? いつ? どこで?」
 ムカついたギルは、その場でマックスをつるしあげる。元々彼に遠慮する気など欠片もない。口は災いのもとだってことを、身をもって判らせてやるこの野郎。
 声をかけた相手が猛獣状態だったことに気付いたマックスは、今さら自分の口を押さえるが手遅れだ。
「ああ、そうだよ俺様とっても忙しい。だから余計な手間取らせるんじゃねえ! 知ってる事は全部吐け」
 そう言ってから、(こいつら、何でここにいるんだ? 俺ほどじゃなくても仕事があるはずなんだが)という認識がちらっと脳裏をかすめた。
「たしか、ジークに剣を教えてもらうって……」
「そうか!」
 それさえ判れば用はない。かすかな疑問と不幸な弟分をまとめて放り出し、ギルは庭の奥へ向かった。

 手入れの行き届いた庭園を抜けると、空地に出る。人目につかないよう工夫された、訓練場だ。
 銃器が主流の時代になっても、かつて身につけた剣技や格闘を忘れない程度に修錬してしまうのは、彼らに共通した性質かもしれない。
 今も、剣を手にした長身の男が、黙々と素振りに励んでいる。ギルが声をかけると、額の汗をぬぐいながら男が振り返った。
「何だギル。ルーがお前を探してたぞ」
「俺も探してるんだよ!」
 ギルが吠えると、ジークフリートは薄く笑みを浮かべて答える。
「練習を終えてすぐ館に戻ったはずだが。お前、間が悪いな」
 じっとしてろよ全く。などと呟きながら、ギルは身をひるがえした。そのまま走りだそうとしたギルを、ふたりの声が引きとめる。
「あれ? でも俺、ずっと花壇のところにいたんだけど。ルーは通らなかったよ?」
「館まで、走れば5分だ。とっくに戻ってるはずだろう」
「どこかに寄り道でもしてるのかな? こっそり外に出たとか?」
「……ギルを待つのに飽きた、か」
 足を止めたギルが、振りかえって「ちょっと、待て」と呟いた。ルートが裏口に向かったのなら、誰ともすれ違ってない事に説明がつく。だが。
「いつの間にか、兄の目を盗んでお出かけする年頃になっていたのか!」
「いいのそんな結論で?! って言うか、何ニヤニヤしてるんだよ気持ち悪い!」
 マックスが呆れて突っ込むが、ギルはむしろ感慨深げに「そうか、あいつも成長したな。兄は嬉しいぞ」などと呟いている。
 しかし。
「誘拐されたらどうする気だ」
 ジークが呟いた一言で、ギルの雰囲気が一変した。
「奴は賢いからそんなヘマはしねえと思うが……俺の弟に手を出すような奴は、生まれてきた事を神に謝罪したくなるような目にあわせてやるぜ」
 身についた殺意を滲ませ、ギルはおごそかに宣誓する。
「仮定の話なのに、何その目つき! 落ちつけよギルベルト。ああ、ちょっとからかいすぎたよゴメン!」
 マックスがギルを羽交い絞めにするのを見たジークが、小さく笑う。それから視線をそらして「もう、いいのか」と誰かに声をかけた。
 すると木陰から、ルートがあらわれた。腕に小さな籠を提げ、頭にはなぜか、ひらひらリボンが巻かれている。
「なにそれ可愛い」
 思わずギルがうなると、少年は照れたように頬を染めた。しかもそのまま表情に決意を込め、一直線に彼の元へ歩み寄ってくる。
 今にも「あなたを愛してます」と告白しそうなシチュエーションだなぁ。と、妙な事を考えるギルに投げかけられた一言は。
「卵だ」
 兄の手をとると、ルートは胸を張ってそう告げた。
「捕まったから、兄さんの勝ちだ」
「そうなのか?」
 籠の中には、カラフルに染められた卵が並んでいる。(そう言や、イースターだったな)とギルは思うが、なんのことやらさっぱり事情が読めない。
「兄さん、今日は遊んでくれてありがとう」
 うっかり「何の話だ」と問い返しそうになったギル。だがその時、彼の背後からマックスが「後で説明するから、話を合わせて」と囁きかける。
 自分だけ状況が判らないのは不満だが、嬉しそうなルートを困らせたくはない。仕方なくギルは鷹揚に頷いてみせる。
「イースターだから変った遊びをしようって聞いたときは、何をするのかと思ったけど。卵役の俺を兄さんが探すっていうルールは、楽しかった」
「そうか、それは良かった」
 棒読み気味に答えながら、思考を巡らせるギル。
 イースターの祭りには、隠した卵を探すというゲームがある。普通はまず大人が卵を隠して、それを子供が探すのがルールだ。
(なるほど。ルッツは俺が探してるのをゲームの一環だと思っていたのか)
 ルートが楽しかったと言うなら、それが一番だ。たとえ彼自身が何も聞かされてなかったとしても、だ。
「兄さんが俺を探してくれるのを後から見てるのは、嬉しかった。でも、本気で心配しているように見えて、ゲームと判っていても申し訳なくなって」
 心底すまなそうな目で見つめられて、ギルの不満など炎天下の水たまりより素早く消滅する。
「……それで、自分から出てきたのかよ。可愛いなぁ俺の弟は」
 ルートの髪の毛をくしゃくしゃ混ぜつつ、(実際本気だったからな)と呟くギル。
「こんなことならいつでも、と言ってやりてぇが。そうもいかないんだよな」
「うん、忙しい兄さんが時間を割いてくれて嬉しい。本当に感謝している」
 少年は精一杯腕をまわして、兄を抱きしめた。
「Ich bin deiner ei.(私はあなたの卵です)」
「……お前が、卵?」
 ギルが問い返すと、少年ははにかんだようにほほ笑んだ。
「そう。今の俺は兄さんの仕事を手伝いたくても手も足も出ない。卵みたいなものだから。
 でも。幸せを運ぶイースター卵なら、少しは兄さんの役に立つ……」
 ルートの告白は、暑苦しい兄の腕の中に吸い込まれてしまった。
 ああ、俺たった今世界一幸せだ。そんな思いを込めて、抱擁を返すギル。
「馬鹿兄」
「ブラコン」
 成り行きで目撃者になった二人の呟きに、「後で覚えてろ」という視線での威嚇を飛ばすのも忘れないギルだった。

 終


 PS.
「で? 説明してもらおうか」
 ルートを一足先に館へ帰した後、ギルは弟分に牙をむいた。
 ちなみに今は、逃げようとしたマックスの腕をとり、逆手にねじり上げた状態だ。
 マックスの手は、同じくフェイドアウトしようとしたジークの髪をしっかりつかんでいる。
「つまり、ルーのためにちょっとしたサプライズを企画したんだ」
「俺にとってもサプライズだったんだが?」
 ギルが不機嫌丸出しで答えると、マックスとジークは顔を見合わせて「気がついてない?」と呟いた。
「何の話だ」
「今日は4月1日だ」
 ジークの言葉が、理解の引き金になる。今日で月が変ったのは認識していたが、四月馬鹿の事はうっかり忘れていたギルだった。
「つまりお前らに騙されたのか」
「まさか気がついてないとはね。兄弟がわざとらしく待機してる時点で、ばればれだと思ったんだけどな」
「おかげでルーに気付かれずにすんだ」
 それなりに忙しいはずの彼らが、総出でギルを翻弄していたらしい。思わず、マックスを締め上げる手に力がこもるギル。
「あいつらも皆グルか!」
「人聞きが悪い」
 叫ぶギルに、ぼそっと突っ込んだのはジーク。
「そうそう。寂しがる弟の生活にユーモアと潤いを与えたい兄姉一同の愛情だよ!」
 ルーは俺たちの弟なんだからね。と主張する事を忘れないマックス。
「なら、最初から俺にも説明しろっ」
「俺たちにも笑いが欲しいかな、って……痛い痛い本気で痛いってばギル!」
「四月馬鹿に本気で怒る奴は、馬鹿だぞ」
「知るかっ!!」

 実は「ルートヴィヒ可愛い」くらいしか気持の共通点がない、結構ばらばらな兄弟たちだった。





*没になりかけ作品リサイクル企画(?)です。
 たまたま4月1日はイースターディだったという設定です。この時期にそんな偶然があるのかは不明。

 とにかく「馬鹿兄なギル」が書きたかった。そんな話です。
 ついでに捏造兄弟たちにも登場してもらおうと思った時点で大ごとに。
 初めは「ギルに会えなくてしょげているルートを応援する兄弟」という話をルート視点で書いてました。
 でも、何か違和感があって。
 たとえちびっこでも、ルートはこんなにめそめそいじいじしないよと思ったら手がストップ。
 今回、ギル視点にしたらルートが思いがけずイイ事を言ってくれて、いきなり話がまとまりました。
 やっぱり、詰まる作品には何か理由があるんですね。

 Ich bin deiner ei. 多分間違えてないと思うんですが、自信がない(滅
 eiが卵で、アイと発音します。なぜわざわざドイツ語にしたかと申しますと。
 ……ルートに「俺が貴方のアイだ」と言わせたかったんです。自己満足。

 ちなみに。
 冒頭にちらっと顔を出すローデも、グルです。ギルはしばらく気がつきません。



Write:2010/04/10

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