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    とっぷてきすとぺーじ神ロとちびたりあ 本文へジャンプ


見えない宝物




 神聖ローマには「本拠地」と呼べる場所がない。
 
 強いて言うと、彼が東奔西走するのに合わせて「暫定ホーム」と言うべき場所が常にあるのだが。
(イタリアやハンガリーが懐かしそうに口にする、郷里という場所を俺は持っていない)と、神ロはひそかに思っている。
 だから。ウィーンにたどり着いて、次の進軍の準備に忙殺されて、やっと自由時間ができても。 する事がないと、居場所もない。そんな心許なさが胸を刺す。
 オーストリアの居宅は広い。数えきれないほど部屋があるのはもちろんだが、台所まで大小3か所ある。
 神ロの足は、一番小さな台所へ向かっていた。彼がここにいる事を心から喜んでくれる「あの子」は、ここにいる確率が高い。
 館の主人専用の台所からは、笑い声がこぼれている。イタリアとハンガリーが何か作業中らしい。
 戸口からそっと覗くと、調理台で作業中のイタリアと眼が合った。
「神聖ローマぁ! おかえりなさい~」
 まっすぐに駆け寄って来たイタリアに、思わず手を伸ばしてしまう。その手をしっかり握りしめたイタリアは、「君の方から握手してくれるの、初めてじゃないかな」と嬉しそうに笑った。
「よかったわね、イタちゃん」
 ハンガリーが声をかけてくれたおかげで、神ロは我に返る。
「あ、ありがとう」
 重なった手に視線を落とし、神ロはもにょもにょ呟いた。
(危なかった)
 握手と思われてよかった。実は孤独感のあまり抱擁しそうになったなんて、気付かれたくない。
 最近やっとイタリアから「おびえた目」で見られる事がなくなったんだ。また怖がらせて避けられるのは絶対嫌だった。今の神ロは、ほほ笑んで話しかけてくれるだけで結構胸がいっぱいだった。
 神ロがそんな葛藤を抱えているとは思いもよらないイタリアは、「こっちに来て」と彼の手を引く。
「今ね。ハンガリーさんとオーストリアさんと、イースターエッグ作ってたの。神聖ローマも一緒に作ろうよ」
 ぎょっとして見回すと、食器棚の前に所在なさげに佇む黒髪の男。珍しく困惑の表情をあらわに、眼鏡を押さえている。
「さっき、偶然通りかかったんだよね。だからハンガリーさんが誘ったの」
「偶然?」
 神ロが視線を向けると、オーストリアは「丁度、喉が渇いたので」などとぶつぶつ呟いている。
(指を鳴らしてメイドを呼べる生活をしている男が、自分から足を運ぶなんて……どこが偶然?)と、神ロはちょっと笑ってしまう。
 男たちの、声に出さないやり取りに全く気付かないイタリアは、嬉しそうにイースターエッグの作り方を説明中だ。
「卵はね、中身を抜いてあるの。後はこれに絵を描いたり、綺麗な紙や布を張ったりして飾るんだよ」
 調理台の上の卵は、一見普通の形をしている。手に取ってみると、殻の両端に穴が開いているが。
 神ロが手にとって不思議そうに見ていると、イタリアが「見ててね」と言って新しい卵を手に取る。鉄串でつついて穴を開け、中身をよくかきまぜる。
 続いて、その穴に口をあてて思いっきり息を吹き込む。ふくらんだ頬や耳が、真っ赤に染まる勢いだ。
 卵に唇を寄せ、両手に持って二度三度繰り返す。やがて、下に添えた小皿に卵汁が流れ出た。
「こうやるんだぁ。……あれ? 神聖ローマどうしたの?」
 神ロが恐ろしく真剣な目つきで見ていることに気付いたイタリアが、無邪気に問う。すると、神ロの背後から手が伸びて彼の頭をがっちり押さえた。
「女性の顔を凝視するなんて、はしたない」
「え? いや、そんなつもりはっ!」
 言い訳しようとしたが、オーストリアの手は容赦なく彼の首を反対側に捻じ曲げた。
「そうよ、変な顔になっちゃうから見ないで欲しいわ」
「え~。ボク、変な顔してたの? 酷いや神聖ローマ」
 二人に責められて、神ロは神妙に謝った。今日の自分は変だ。イタリアの唇から目が離せなかったなんて気付かれたくない。
「これ、作るの大変なんだよ! 神聖ローマもやってみてよ!」
「私も一ダースくらい作ったから、最後には唇が痛くなって」
「ボクは頭が痛くなったの。耳の上あたりがキンキン~って感じ」
「……貴女も、作ったんですか」
 ハンガリーの言葉を聞いて、オーストリアの表情が動いた。妙な反応に気付いた神ロが顔を見あげると、眼鏡を押さえるふりをしてさりげなく表情を隠す。
 だが、顔を覆った掌の陰で、オーストリアは確かに嬉しそうに笑った。
「あ! あ~~っお前!」
 叫ぶ神ロの頭を再びがっちり押さえ、オーストリアは彼にしか聞こえない小声でささやく。
「貴方の考えている事など、お見通しです。イタリアにばらされたくなかったら、おとなしくしてらっしゃい」
 抑え込まれた神ロは、悔しくて足踏みしてしまう。
(判るってことは、お前も同じ事考えたんじゃないか!)
 イタリアの唇が触れた卵が欲しい。誰にも言わず、宝物にしようと思っていたのに。
 ここはオーストリアに従うしかないと判っていても、黒く溜まった感情を何と表現したらいいのか判らず。
 神ロは首を振って、思い切り吠えた。
「大人のくせに、ズルい!!」



「そういうのはなぁ、むっつりスケベって言うんだよ」
 首尾よく卵を手に入れたのはいいが、胸に残った不満はおいそれと消えてくれない。
 そこで神ロはプロイセン相手に愚痴ってみたのだったが。
「あの野郎」と呟くプーが、静かに怒りのオーラを身にまとっているのを見て腰が退ける。神の名を背負う聖騎士の性質を今も持っている(はず)の男がここまで怒るのなら、自分の抱いた気持ちは悪いモノなのかと慄く少年。
 うつむいてしまった神ロの頭をぽんぽん叩いて、プーは「ンなおびえるなよ。悪ィ」と声を和らげた。
「で? 卵は?」
「は?」
 聞き返すと、男はいらだたしげに顔を寄せて囁いた。
「ハンガリーの作った卵! まさかオーストリアがひとり占めか? お前は持ってねえのかよ」
 問われた神ロの顎ががっくんと、落ちた。プーは「そうかそんなものがあったのか」などと、さっきまでの怖い表情のままで呟いている。
 全く。なんてことだ。
(真面目な顔して、何考えてるんだよっ!)
 どいつもこいつも! と呟いた神ロは、たった今覚えた単語を正確に叩きつけた。
「お前もむっつりスケベじゃないか!」
 怒りのシャウトと同時に蹴りをくり出し、油断しきったプーに会心の一撃を与えてようやく気が晴れる神聖ローマ。

 見えないキスマークのついたイースターエッグは、その後少年の宝物になったという。

 終


 
*没になりかけ作品リサイクル企画、その2です。

 元々は、バレンタインに甘めの話を……と考えていたものです。
 とあるものに口づけするエリザと、それを見てドキドキするローデという話。
 しかし、考えながら「ローデってこんなに純情かな?」と疑問がわいてストップしてました。

 今回ちびちゃんずとプーも登場し、小物も変更になりましたが基本は同じ。
 ……同じはずだったのに、なぜ「男はみんなむっつりスケベ」な結論なのか。
 なんだかごめんなさい。
 ちびちゃんは「性別:ちびたりあ」なので、ここでは男にカウントしてません。

 神ロはローデ達を大人と思っていますが、実は全然そんなことありません
 ちびちゃんずの年齢が小学生だとすると、せいぜい高校生くらい。そんなイメージで書いてます。

 
Write:2010/04/22

  とっぷてきすとぺーじ神ロとちびたりあ