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銀の龍と赤の龍



 龍族は、生涯を単独で暮らす。
 時が来ると卵に還り、転生する。生まれながらに記憶を継いでいるので、他の生き物のような「物心がついてない」時期がない。
 だから。卵の殻を破って生まれ出た赤の龍にとっては、「しばらく閉じていた目を開いた」程度の感覚しかなかった。
 卵で眠っていた期間がどれ程でも、彼の時には影響がない、そのはずだった。

 赤の龍がその手紙に気付いたのは、生後間もなくのことだった。
 龍は本来寝食を必要としない生き物だ。だが、生まれてすぐの時は身体が小さいので、成長のため地に伏して眠る。地脈の力を吸収して成長する過程で、人型になる術を身体が思い出す。
 彼が休んでいる間に、地脈の動きは活発になっていた。その活力は彼の成長にも影響を与え、いつになく短い時間で、人の姿に変身できた。
 そうなって久しぶりに、書でも読もうか楽でも奏でようかと思い立ち、書斎を調べていて手紙を発見したというわけだ。
「銀の龍……」
 それは、前世の彼が弟と呼んでいた龍が残したものだった。「そういえば、一度も挨拶にこねえよな」と不満に思いつつ封を切ると、懐かしい字が目に飛び込んできた。

「この手紙を君が読む頃には、俺も卵に還っているだろう。
 本当なら君を出迎えたかったが、こんな状態になってしまった。
 今度は君に兄と呼んでもらえる順番だったから、実に残念だ。
 俺の事を薄情者と怒ってるだろう、申し訳ない。
 もし俺を許してくれるなら、君の方から会いに来てくれると嬉しい。
 俺の方は、君に会えるのを心から待ちわびている。
 では、その時を楽しみに。会えても会えなくても、君の事をいつも想っている」

 そんな内容が淡々と綴られていた。
 意識してなかった時間の経過を思い知り、赤の龍は――吠えた。
「こんな判りにくい場所に置きやがって。俺が気づかなかったらどうするつもりだったんだよチクショウ」
 手紙を握り締めた赤の龍は、室外へ走り出す。服を脱ぐのももどかしく龍型に戻ると、記憶をたどって銀の龍のすみかへ向かった。

 手紙に残されていた通り、銀の龍の庵には卵が静かに鎮座していた。
 赤の龍が触れた卵殻は分厚くざらついている。それでも、この中で兄弟が眠っていると思うだけで、掌にぬくもりを感じた。
 考えてみれば、龍の卵を見たのは初めてかもしれない。
(こんな状態で俺を想ってるって? 心から待ってるって?)
 手紙の一文を思い出し、赤の龍は卵に指をつきつける。
「馬〜鹿」
 記憶に残る銀の龍は、のんきでよく笑う、万年脳みそ花畑状態の男だった。今もきっと、殻の中で惰眠をむさぼっている。そうに違いない。
「いつもいつも、思いつきで適当な事言いやがって」
 卵に寝具をかけてやりながら、赤の龍はこう告げた。
「言いたいことはたくさんあるから、覚悟しておけ」
 用事は済んだとばかりに、赤の龍は卵に背を向けて足を進める。
「さっさとそこから、出てこい」
 去り際に残した小さな囁きは、銀の龍に届いただろうか。

 次に赤の龍が庵を訪れた時、銀の龍は孵化していた。狭い室内をうろうろ飛びまわる姿は、彼の記憶する銀鱗ではなく白い産毛に覆われていた。
 小龍は彼を見つけると、嬉しそうに空を掻いて近寄って来た。まだ細い身体を彼の身に回し、まとわりついて甘える。
 抑えようとする彼の手をすり抜け、銀の龍は彼の眼を正面から見つめた。妙につぶらな目は愛嬌たっぷりで、(こいつ本当に龍か?)と、赤の龍は呆れてしまった。
 そんな思いも知らず、小龍はしばらくもごもごと口を動かしていた。それが、言葉を発しようとしているのだと気づいたのは、最初の一言が耳に入った時。
「……にい、ちゃん?」
 首をかしげて問われたその一瞬は、その後ずっと彼の胸から消える事はなかった。
 
 それは。
 彼が生まれてから今まで、自分がずっとひとりぼっちだったことを思い知った瞬間だった。


 赤の龍は、地脈の変動や火山の鳴動を探知して「散らす」事が出来た。そのため群発地震が起こるが、大きな災害を回避することはできる。
 銀の龍も同様に、雨雲の量や流れを管理できる。それでも、自分で雲を作り出せるわけではない。何故こんなことができるのかは不明だ。
 彼らが最初に生まれた時には使命があったのかもしれないが、長い時の間に転生を繰り返し過ぎ、古い記憶は定かではない。
 人間、という種族が生まれたのはいつのことだったろう。
 龍である彼らにも把握できないほどの複雑な言語を操り、集団生活のレベルはどんどん高度になった。
 あげく。戦うにしても住まうにしても生きるにしても、どんな生物も見せたことのない多様な行動をみせるようになる。
 彼らは密かに人間に興味を持ち、人型に変じてヒトの社会を調べた。その興味は尽きる事がなく、転生して記憶を受け継ぐうちに、普段から人型をとることの方が多くなってしまった。
 一度習い覚えた技や習慣を使うには、その方が都合が良かったからだ。
 中には人の文化に馴染み、龍としての輪廻から外れてしまった兄弟もいる。
 そんなこんなで幾星霜。
 原始に近かった時代の人類は、本能で龍の役割を理解していたのだが。野生の勘を失った現代人にとって、龍は畏怖するべきものではなくなっていった。

 最近、人間どもに遠慮がなくなった。
 赤の龍はそんな風に感じていた。以前は、彼の姿を見た人間は姿を隠していた。それなのにこの頃は平気で、むしろ飛行する龍を見る為に集まってきたりする。なんてことだ。
 人間の変化に微妙な苛立ちを覚えていた赤の龍は、久しぶりに訪れた弟の庵に置手紙を発見する。
 壁一面に書きなぐられた手紙には、「友達ができたので、遊びに行ってきます。遅くなっても心配しないでね」などと記されていた。
(生まれ変わって、能天気度がアップしてやがる)と思った彼は、続きを読んで血の気が引いた。
 そこには、友人が北の国の王族である事、日照りに困って銀の龍を迎えに来た事が馬鹿正直に書きつづられていた。
(何が友達だ! お前を騙して利用するために連れていったに決まってるだろう!)
 迷わず赤の龍は、北を目指すことになった。


 ルートヴィヒは、気がついたら王になっていた。
 そんな変な話聞いた事がないよ〜。と、彼の友人であるフェリシアーノは言ったが。
 事実なのだから仕方がない。
 元々の王は彼の兄だった。尊敬する兄を助けて国を守っていくのが彼の希望で、それ以外の野心はかけらもなかったのに。
 ある日。
 兄が「俺様一生一度の頼みがある。兄が弟に頭を下げる、一回限りの願いだ。聞いてくれるか」と言った。たしかにそれまで、兄が自分に願い事を口にした事がなかった。
 だから「Ja,」と答えた。
 国のために人柱になってくれ。と言われても引き受けるつもりだった。そして、その認識はある意味間違ってなかったと後に思うことになる。
 兄はいつもの笑顔で彼の肩をたたき、こう言い放った。
「そうかよく言った。じゃ、今日からお前が王様だ。あとヨロシク」
 前言を翻すような男に育てた覚えはねえ。と反論を封じられ、あっという間に調印戴冠と話は進み。
「気がついたらこうなっていたんだ。他に言いようがあるか」
 憮然として話を締めくくるルート。それに対してフェリが答えようとした時、執務室の扉がノックされた。
「失礼します。客人が面会を求めています」
 約束もなしに突然来る客に心当たりがなかったので、ルートがわずかに眉をひそめる。すると執事が「フェリシアーノ殿の兄上を名乗っておられます」と告げる。
「え? 兄ちゃんが来てくれたの?」
 言うなり「どこ? どこにいるのにいちゃ〜ん」と走り出すフェリシアーノ。王の居城で我が物顔の振る舞いだが、王の威を笠に着るのではなく、どこまでも天然。
 最近では城の住人もすっかり慣れて、「人の形をした大型犬が走り回っている」程度にしか思っていない。赤の龍が聞いたら、情けなさのあまり憤死するかもしれない。


 その赤の龍は、居城の前に広がる庭園にいた。弓矢などで自分を狙っている輩がいないか、慎重に辺りの気配を探ってみる。
 もし無事に銀の龍と再会出来たら、その場で龍型にもどって逃げるつもりだった。だがそれは、最もうまくいった場合だとも思っている。
(たぶん、アレこれ理由をつけて会わせないか、俺を引きとめようとするだろうな)
 それ位の駆け引きは必要だろうと、あえて人型で出向いてやったんだ。と龍は心を引き締めた。
 ところが。
「わ〜本当ににいちゃんだぁ〜。嬉しいや! 来てくれてありがとう!」
 彼の認識では監禁されいるはずの弟が、叫びながら裸足で駆けて来たかと思うと、元気いっぱいしがみついてきた。
「え?」
 彼の顔を見たら、弟は人間から逃げて抱きついてくるだろうと思っていたが。
 違う。何かが違う。
「ルッツルッツ紹介するよ。俺の兄ちゃん! いばりんぼで怒りんぼの赤の龍だよ〜」
「他に言う事はないのかっ!」
 予想外の事態に頭がついていかない赤の龍は、とりあえず弟を殴り飛ばした。


 客人を場内に案内し、ルートは男をこっそり観察した。
 顔のつくりが、まずよく似ている。双子でも通りそうだ。体型も髪色も同じ。それは彼らが兄弟だからなのか、龍族は皆似通った人型になるのかまでは判らない。
 今はフェリが、「ここに来ることになった理由」を兄に説明しているところだ。皮肉っぽい表情を浮かべた赤の龍は、外見はともかく雰囲気が全くフェリに似ていない。
 話を一通り聞いた赤の龍は、鼻で笑った。
「で? こいつを飛べるようにするためにお前が連れて行ったってことか。
 馬鹿馬鹿しい。人間に何ができる」
「うむ。そこで相談なんだが」
 笑われた事を意に介さず、ルートは真顔で赤の龍に相談を持ちかける。
「とりあえず、飛べない理由を考えた。まず、高山暮らしで筋力が衰えたのかもしれないと、基礎体力作りに励んだ。それからバランス感覚を鍛えるために乗馬。
 さらに、浮遊感覚を思い出させようと水泳も試してみた」
「それでも全然だめでさぁ。湖に放り込まれた時は溺れそうになったし。俺って本当に龍なのかなぁ」
 あはは。と笑うフェリに、ルートは頭を抱えている。立場が逆だろうと、龍は心の中で突っ込んだ。
「……けっこう、苦労してたんだなお前」
 うっかり(弟が迷惑かけてすまない)と謝罪しそうになったのを、口から出す前に呑みこんだ赤の龍。ふ〜ん。と呟き、龍はまじまじとルートの顔を見た。
「力及ばなくて申し訳ない。この際だから兄たる貴方に、ぜひ教えを問いたい」
 答えるルートはそんな事には気づかず、どこまでも真面目に対応している。
 「俺が連れて帰って教えりゃいいんだけどさ。いいのか? こいつ、もうここへ戻らないかもしれないぜ。
 どうせお前ら、こいつの力が欲しいだけなんだろ」
 赤の龍が吐き捨てると、フェリが立ち上がって身を乗り出す。何か言いたそうにするのをルートが押さえ、静かに答えた。
「貴方の言うとおりだ。否定はしない。
 だが、龍は龍型が本来の姿なのだろう? それならやはり、元に戻れた方がいいと思う」
 目の前の人間が本気なのを、赤の龍は感じ取ってしまった。同時に、何とも言えない苛立ちが胸を焼く。
(何だこいつ、生意気な。ヒトのくせに俺たちと同等のつもりか?)
「まず最初に言っておく。俺はお前が大嫌いだ!」
 尊大に言い放たれ、ルートは目を丸くした。それに構わず、赤の龍は弟に視線を向けた。
「銀の。お前、本当に龍に戻りたいのか? 今までそんな事、言ってなかったじゃねえか」
 久しぶりに龍名で呼ばれたフェリは、即座に「うん、戻りたい! 俺、飛べるようになりたいんだ」とはっきり答える。
 再びふ〜ん。と呟いた赤の龍は、「じゃ、仕方ねえな」と笑った。
「とりあえず連れて帰る。もし飛べるようになったとして……」
 今から言おうとする事が気に喰わないとばかりに、赤の龍は顔をしかめる。
「……ここに戻るのはこいつの勝手だ。俺の知ったことじゃねえ」
「ありがとうにいちゃん!」
 せっかく格好つけた赤の龍だが、弟に押し倒されて頭にコブができるというオチがついてしまった。


 兄と去ったフェリシアーノが無事龍になり、銀色の身体を傷だらけにしてルートのところに戻ったのは、それから一カ月後の事だった。
 この際の「銀の龍目撃情報」が後世混乱の元となり、「ルートヴィヒ王、銀の龍の背に乗って帰国」伝説が出来上がったわけだが。
 そんなことはルートにもフェリにもとりあえずどうでもいいことで。
 フェリはその後、年に1,2度北の王国を訪ねて幸せなひと時を過ごした。

 それが彼の長い生の、一瞬に満たない時間であっても。それはたしかに「幸せ」の一つの形だった。


 終




PS.
「わずか一カ月であのヘタレ……失礼、銀の龍を鍛え上げるとは。さすが兄だ」
 敬意のこもった眼で見つめられた赤の龍は、居心地悪そうに視線をそらす。ルートはそれを謙遜ととらえ、赤の龍に対する尊敬をさらに深めた。
「できれば、どのような手段とをとったのか教えて欲しい」
 問われた龍は、言いたくなさそうにしばらく口ごもっていたが。
「詳しくは教えられねぇ。あえて言うと『逆・獅子の試練』ってところだ」
(獅子の試練というと、有名な我が子を千尋の谷に落とすというあれのことだろうか。それの逆?)
 悩み始めた男を置いて、龍はその場を立ち去った。

 何の事はない。
 赤の龍は弟を元の高山に連れもどり、「俺は絶対迎えに来ないから。奴に会いたかったら自分で何とかしろ」と言い置いて放置した。
 スパルタにも程があるが、それで元に戻ったのだから結果オーライ。
 ただ、それだけの事だなんて誰にも言いたくない。もちろん弟にも「言うな」と命じた。
 それにしても。と、赤の龍は思う。
(一カ月で飛べるようになるとは思わなかったぜ。そんなにあの人間に会いたかったのかよ)
 俺にはそこまでの根性見せなかったくせに、と内心大いに不満な兄だった。

 
 



*没になりかけ作品リサイクル企画、その3です。
 
 イタリア誕生日にアップしようと思っていたパラレル「龍のイタリア兄弟」でした。
 後半をごっそり書き直してます。
 最初は、こんな流れでした。
 
 幼龍の時さらわれかけた銀の龍。追っ手から逃れようと人型になり、それ以来元に戻れなくなった。
 人間不信が募る赤の龍は、弟をより高山に移す。
 再び人間に連れ去られた(?)銀の龍を追って、赤の龍が北の国へ行く。
 人になじんで輪廻から外れた弟を感じ、ますます人嫌いになる兄。
 ルートの死後、殻に閉じこもってしまった銀の龍。再び独りぼっちになる赤の龍。

 
 とまあ、こんな話でした。ドシリアスの上に、ロヴィ良いこと無し。
 書いてて、重くて何度も手が止まったんですが、あるとき天啓が舞い降りました。
 「書きたくないなら、書かなきゃいいじゃん」
 その通りだ! そう思って、真ん中の北の国行きだけに絞って書き直しました。
 結果はご覧のとおりです。私は大いに満足していますが、いかがでしょうか。
 特に、ロヴィがルートと決裂しなかったのが嬉しいです。

 
 
Write:2010/04/26

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