とっぷてきすとぺーじ短編 本文へジャンプ


エリザが風邪をひきました



 ユーロという単位で共同体となった欧州。ギリシャの赤字隠し発覚後、新たな修正を加えた財政赤字報告書に、EU諸国は顔色を失った。
 とばっちりをモロ被りする前に何とかしようと、ユーロの信用維持に奮起努力中だ。
 そんな中、とあるニュースが「国の人」の間を駆け巡った。

「エリザが、風邪を引いただって?」

 正確には、体調不良をずっと隠していた無理が表面化したようだ。いつも元気……を通り越してパワフル……なイメージを周囲に与えていたエリザの不調。誰もが、ありえない事態に困惑した。
 その一報をルートの家で聞いたフェリは、落ち着きなく立ったり座ったりを繰り返した揚句に呟いた。
「とにかく俺、姉さんのお見舞いに行かなくちゃ」
 当然一緒に来るだろうと思ったルートは、彼の誘いに首を振る。
「俺は、風邪の原因(=粉飾決算)を調べる。何か打つ手を考えると伝えてくれ。
 病院にかけつけても、俺は何の役にも立たないからな」
 彼らしい言い分を聞いて、フェリは大きく頷いた。
「うん、判ったよルッツ。姉さんちはユーロじゃないよね? でも影響あるんだ、大変だね〜」
「……フェリ、もう少し経済の勉強をしろ。お前こそ、他人事じゃないはずだ」
「経済とか会議とか、そーゆーのはルッツに任せた! 俺は、自分にできる事をするよ!」
 笑顔で立ち去ろうとしたフェリの背後から、ルートの腕が絡んできた。
お前はエリザの見舞いで、俺は経済危機担当かっ! 不公平にも程があるぞゴルァ!」
 調子に乗りすぎたフェリはルートに絞められ、彼の元で強制労働させられる事になってしまった。

 ちなみにその頃。東欧ではフェリクスとトーリスが、(言葉遣いこそソフトだが)ほぼ同様の会話を繰り広げていたという。

 そんなわけで、エリザの見舞いに真っ先に駆けつけたのはローデだった。
 ベッドでは、熱で顔を赤らめたエリザがうとうとしている。苦痛を少しでも和らげるために準備した氷嚢や氷枕に触れ、ローデはため息をついた。
 症状が似ているので「風邪」と言い習わされているが、ウイルス感染ではないので効く薬がない。熱さましなど投与しても、株価が暴落したら何の役にも立たない。それどころかむしろ悪影響になる。
 だから実は、入院してもできることなど無いに等しい。無駄な体力消耗を防ぐために、安静にしているしかないのだ。
「……あ。来てくれたの?」
 まどろみから目覚めたエリザが、ローデを見上げて微笑んだ。「気分は、どうですか?」と問いかけ、彼女の頬にキスを落とす。
 触れた唇が、彼女の高熱を直接感じ取る。こんな状態になるまで気づけなかった事実が、ローデの胸を刺す。
「心配した? でもこんなの、どうってことないのよ」
 微笑むエリザの声には、確かにまだ力が残っている。かつて経験した世界恐慌や大戦に比べれば、この程度は比べるまでもないと彼女は本気で思っている。
「何だか具合が悪いとは思っていたの。でも、今回の事実発覚で株式市場がボロボロになったのが響いたみたい」
 言いながら身を起こすエリザ。
「まだ熱が高いんですから、安静にしないと……」
 止めようとするローデに、「大丈夫」と答え、エリザはパジャマのボタンを外しにかかる。
「な、何をしてるんですか!」
「退院するの。こんな所で寝てても、何も良くならないでしょ。我が国も、私の体調もね」
 けろっと言い放たれ、ローデは思わず額を押さえて呻いた。
「いっそ大統領官邸に移ろうかな。私が寝込んだところを見たら、彼らも少しは真剣になるんじゃない?」
 自分の不調さえ、新内閣に発破をかける材料にする。そのたくましさはどこからわいてくるのだろうとローデは思った。
「だから、帰るの。……ところで、着替えはどこかしら」
「知りませんよ。私は貴女の入院時に、つき添いもさせてもらえなかったんですから」
 珍しく拗ねたような口調で呟くローデ。今回の不調は突然で、連絡する暇もなかった。
 エリザは夫の髪をそっと撫で「突然驚かせて、ごめんね。」と囁いた。
「なさけないけど、私も予想外だったわ。トラブルは、いつも外から来るものだと思っていたかも」
 視線を合わせ、くすくす笑うふたり。
「貴女が貴女の場所に戻るのは、当然です。首相官邸ではそばにいられないのが残念ですが。
 せめて、無理と無茶は慎んでください。でないと私が寝込みますよ」
「それは困るわ」
 どちらからともなく手を差し伸べ、抱きあおうとしたその時。病室のドアとノックする音が響いた。
「こんにちは。ライナです。お見舞いに来ました〜。入っても、いいかな?」
 どうぞ。と声をかけ、二人は惜しみつつ身を離す。扉を開いてライナが顔をのぞかせたのは、それとほぼ同時だった。
「起きても大丈夫なの? ああ、良かった」
 笑顔を向けるライナは、豊満すぎる胸に誰かの腕を抱えている。入り口でもたもたしているところを見ると、その人物は来るのを嫌がっているように感じられるが……。
 それに気付いたのはローデだけだったらしく、エリザは「今から退院するの。手伝ってくれると嬉しいわ」と、ライナを招き入れる。
「そうなんだ! 間にあって良かった〜。ねえ、ギル」
「え”」
 ライナに引きずられて入室してきたのは、エリザの腐れ縁男だった。往生際悪く逃げようと、もがいているギルに注目が集まる。
「何しに来たの!」
 エリザが問いただすと、ギルはあきらめたように動きを止めた。
「もちろんお見舞いだよね? でも、ギルってばナースステーションに見舞い品置いて帰ろうとしてたの〜。
 だから、私が連れてきちゃった!」
 トロそうな口調とは裏腹に、ライナは話の要点を押さえている。ローデには、状況が手に取るように理解できた。
(私がいたので、顔見せせずに帰ろうとしたんですね)
 やれやれ。とため息をつくローデと違い、エリザはギルに皮肉げな視線を向けている。
「見舞い? あんたが?」
「んなわけ、ねえだろ。寝込んだところを見物に来ただけだ」
 けせせ、と笑ったギルにムッとしたエリザ。ベッドから降りようと動いた瞬間、ボタンを外したままだったパジャマの上衣がぱかり。と全開になった。
「!!」
 反射的に、手元の枕をギルに投げつけるエリザ。ここで「キャー」などという女らしい悲鳴の出ないところが、姐さんクオリティだ。
 次に行動したのは、意外な事にライナだった。エリザの元に駆け寄ると、彼女の姿をかばうように立ちはだかる。
「みっみみみみ、見た?」
 顔を真っ赤に染め、まるで自分が見られたようにうろたえている。
「見たって何を!」
 目をそらして言い捨てるギル。ここでとぼける事が出来ない自爆っぷりが、『不憫』と呼ばれる所以だ。
「エリザちゃんのお……」
 何か口走りそうになったライナの口を、エリザが慌ててふさぐ。だが、その隙にローデがギルの前に立ちはだかっていた。
「表に出なさい、ギルベルト」
「ちょ、坊っちゃん顔が怖ぇよおい。 今のは事故だろ!」
 じりじりと追い詰められ、ギルは開きっぱなしのドアから押し出されてしまう。
「あの。ごめんなさい謝るから、怒らないでローデリヒ君!」
 おろおろとライナが声をかけると、ローデは振り返らずに「貴女が謝る必要はありません」と答えた。
「……悪いのは、彼です」
 ぴしゃり。とドアが閉まり、同時にギルの「俺は悪くねぇぇぇ」という悲鳴が響く。
「どうしようどうすればいいのエリザちゃん! ローデリヒ君が怪我するかも!」
「ギルは自分が悪いと思ったら手を出したりしないから、大丈夫」
 両者ナチュラルに「ギルが本気だしたらローデに勝ち目はない」前提なのが何とも言えない。
「それに、もしあの人に手を上げたりしたら私が許さないから!」
 爽やか笑顔で腕まくりするエリザの手には、いつのまにか愛用の武器が握られている。
「いつも思うんだけど、そのフライパンは何処から出てくるのかしら」
「愛と気合と根性!」
 その技をぜひ伝授して欲しいと思うライナだった。
 さくさくと着替えながら、「熱は下がらないけど、おかげで元気が出た。ありがとうライナ」とエリザは笑う。
「お見舞いが間にあって、本当に良かった」
「来てくれて嬉しかったわ。ついでに、荷造り手伝ってくれたらもっと嬉しいけど」
 ふふふ。と笑い合って、女同士気軽な会話を交わしながら、退院の準備をするふたり。
 気合スイッチが入ったエリザを見て、ライナは笑顔を浮かべる。

(エリザちゃんの気力回復には、ギルが効くかな〜とは思ってたけど。効果覿面だったね)
 お見舞いが間にあってよかった、というのはギルのこと。でも、エリザは気がついてないように見える。
 狙い違わず、エリザ限定最強のカンフル剤はバッチリ効いた。(でも、ギルも自分の値打ちに気がついてないみたいなんだよね。会わずに帰ろうとするなんて、信じられない)
 だからこそ、この奇跡のような片思いがずっと続いて来たのだろうとライナは推測する。
 
「手伝えることがあったら、いつでも言ってよね」
 ぽつんと呟くライナの微笑みの意味を、エリザが知ることはなかった。


 終

  


*ハンガリー危機のニュースを目にした時、とっさに「姐さんが風邪?!」と思いました。
 そんな私は、国際ニュースがとても楽しいです。……世界中の皆さま、ごめんなさい。

 最初は「ふらいぱんぐる」の三人で書く予定でした。
 でも、彼らだけだと微妙に深刻な雰囲気になるので、ライナさんを呼んでみたところ。
 思ったよりぐだぐだになりました。これはこれで楽しいですが。特にギルがふb(略
 うちのライナさん。言動は天然だけど、内面ではいろいろ考えているみたいです。

 ライナさんについて少し。
 元々、「ギルエリにつっこみいれる第三者的立場の視点が欲しいな」と目を付けたのが彼女でした。
 地理的歴史的に、近いところにいるし。
 リトポーも候補でしたが、彼らは恋愛ツッコミには向かないと断念。
 (リトは真面目すぎるし、ポーちゃんは他人のあれこれにあまり興味無さそう)
 そんなわけで、ぽつぽつ小ネタにライナを登場させて練習していたのですが。
 実際書いてみると、思ったより動かしやすい。色モノ扱いは惜しい、という気になってきました。
 
 ライナさんの話ってあまり見かけないので、こういうのもありかなと勝手に思っています。



Write:2010/06/12

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