最終兵器おねえちゃん
ウクライナは、農業国だ。ギルはそう認識している。
過去に色々あったつらさが忘れられないのか。ライナは「食べ物がないと不安なの〜」と呟きながら、畑仕事に精を出している。
都市型に移行したギルの国が食料を買い上げているが、それくらいでは彼女の国の経済状況の助けにならないようだ。 良くなってねえはずだよな。とギルはライナの顔を見る。彼女はいつ会ってもぽやぽやと笑っているので、今一つ深刻さが伝わってこない。 「せっかく来てくれたのに、いい物があまりなくてごめんね」 その言葉と共に出てきたのは、温かいミルクティーとアプリコットケーキ。手作りなのは今さら聞くまでもない。 彼女の国は今年も天候不良にみまわれ、麦の収穫が激減した。返す当てもなく借金をするしか生活のめどがたたないほど、切羽詰まった状態だと聞いてきたのだが……。 (っとに緊張感がねえよな、この女) 呆れつつ、出されたケーキに手をつける。いつもながら、美味い。 ライナが普通の娘なら、パン屋なりケーキ屋なりを開業して暮らしていけるのだろうが。 国の経済復興には、何の役にも立たない特技だとギルはため息をつく。 「どーしたの? ギルの家も何かつらいことがあるの?」 自分がつらい時は、他人のため息にも敏感になる。普通なら苛立ちの視線を向けるところだろうに、彼女は本気で心配しているように見える。 おっとりとギルの反応を待っていたライナが、軽くせき込む。「ごめん」と言いつつ横を向いて、こらえようとするがなかなか咳はおさまらない。 こんこんと喉を鳴らすのに合わせて揺れる胸を見ながら、(こいつの最強武器は、『これ』だよな)とギルは思う。 「何だよお前、風邪か? やっぱ経済傾いてるんじゃねーか」 ミルクティで喉を潤したライナが、涙目で悲しそうに頷いた。よく見ると鼻も赤い。いや、顔全体が赤い。 あの巨乳を有効利用する手はないものか。などと考えていたのが良くなかったのかもしれない。ギルは余計な事を言ってしまった。 「風邪か。人間なら、うつしたら治るとか言うよな」 それを聞いたライナが「いいの?」と、手を打って喜んだ。予想外の反応に驚くギル。「いいのか?」と、彼のほうが聞き返しそうになった。 ライナは「ギル、たよりになる〜」と目をキラキラさせ、彼の手を取って、ぐっと引きよせる。 「おい、お前手が熱いぞ。マジで熱があるじゃねえか」 こら、あんまり引っ張るな。これ以上引き寄せられると……。 「そーなの。だから、ギルが借金引き取ってくれたらとても助かる!」 「そっちか!」 色っぽい話にかすりもせず、一気に殺伐とした現実問題になった。 「そんなにひどい状態なら、先に言え先に!」 「殿方に弱みを見せるなって、イヴァンちゃんが。つけ込まれるだけだから、気をつけてね。だって」 言うじゃねえかあの野郎。と歯ぎしりするギル。 ライナがいつもへらへらしているのは「誰かが何とかしてくれないかな」という他力本願ではなく、彼女なりに戦っているという事か。あまりに迂遠で、そうは見えなかったが。 「つけこむのはいいのかよ!」 「姉さんならできるわ。って、ナターシャちゃんが」 「怖ぇよお前んちの兄妹! てか、手を引っ張るな! デカいのに触れる!」 あ、ごめんね。と恥ずかしそうに身を引くライナ。安心ついでに、ギルはさりげなく手を振りほどこうと苦心する。 「えっと。次は『あなただけが頼りなの。見捨てないで』って泣くと完璧らしいんだけど。ギル、困るよね?」 「ったり前だ! 誰だそんな悪知恵つけたのは!」 「フェリクスちゃん。『ギルは単純だからイチコロでしょ』って」 あのガキ。次に会ったら泣かす。トーリスがとりなしても許さん。 「ギル? 怒っちゃだめよ。 あの子口は悪いけど、いい子だからわかってあげてね」 過去、フェリクスの国に散々攻め込まれているはずのライナが、大真面目にこんな事を言う。信じられないお人よしだ。 色々と怒りをためつつ、それでもライナの借金清算についてあれこれ考えてしまうギル。 「っくしょん!」 「あれ? ギルも風邪なの?」 「……お前のがうつったんだチクショウ」 突然のくしゃみの意味など考えないギルだったが。
それは「彼もお人よしだよね」と、北の大国で誰かが呟いていたせいかもしれない。
終
*巨乳天然姉属性は好きですか? はじめて書いてみましたが、結構楽しかったです。 ライナお姉ちゃん、最強かもしれませんね。 あちらの人たち、緊張感は常にあるけどその上で仲良し。 そんな感じが出ていたらいいな、と思います。
ギルの「壁向こうでの話」。彼はどこにいても彼だろうと思うのです。 そんな風に考えると、当然のように不憫な結果に。ごめんギル。
Write:2009/11/11 (Wed)
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