川の字。
フェリが目覚めたのは、そろそろ夜明けと呼んでいい時刻だった。 「ここは……えっと、菊の家」
客間と縁側を隔てるのは、紙を張った建具。闇が緩んだうす明りを受けて、白い紙がぼんやり光っている。 「朝、なのかな?」 普段こんな時間には起きられないフェリは、珍しそうに周囲を見回す。 「あれ?」 いつもと、配置が違う。布団を三枚横並べにして、フェリが真ん中にいた。そして、彼の左に菊。首を回すと右側にはルートがいる。 ふたりに挟まれて寝ていることに驚き、記憶を探ってみた。 昨夜は、怪我のこともあってふたりに早く休むよう勧められた。実際ひどく疲れていたので、食後倒れこむように寝てしまったことを思い出す。 フェリは指を伸ばし、菊の手にそっと触れてみた。すると、彼の手が探るように動いてフェリの指をつかむ。 (ずっと、そばにいてくれたのかな?) 菊が安堵したように、長くゆっくりと息を吐いた。 冷たい掌に包まれた指が、心地いい。 「……心配かけて、ごめんね」 起こさないようにそっとつぶやくと、「全くだ」と答える声がする。 「ルッツ?」 フェリが首を左に向けると、もう一人の友人と目が合う。肘枕をついて、彼を静かに見ていた。 「お……おはよう」 「怪我の具合はどうだ。まだ、痛むのか」 「ん〜。少し、かな?」 「そうか」 小声で会話を交わすが、菊が起きる気配はない。変らずフェリの指を握ったままで、安らかな寝息をたてている。フェリは自分の左手を指差し、ルートに「いいでしょ♪」と自慢した。 「なにを嬉しそうに」 「嬉しいよ。だって菊が、俺の手を、握ってくれてるんだから」 確かに、こんな事情とはいえ菊から手をつなぐなんて珍しい。 「あのさ、知ってる?」 「何だ」 「寝ている時はね、嘘をつけないんだよ」 えへへ。と、笑み崩れるフェリ。表情が不謹慎なほどとろけそうだ。(油断につけ込んだだけじゃないか)とルートは思う。だが、そもそも菊が気を抜くこと自体珍しいのだから、彼の主張も間違いとは言い切れない気もする。 「良かったな。機嫌のよくなったところで、もう少し寝ておけ」 もう大丈夫だよ。と答えたフェリが、持ち上げた右手を見ながらポツンと呟く。 「俺、ローマじいちゃんみたいに大きくも、お前みたいに強くもなれなかったけど。今まで居ることができてよかったと思う。本当に」 そうだな。と言うルートの短い答えには、さまざまな感慨が含まれている。 小さな国、弱い国が苦労しているのは、いつの時代も変わらない。しかし。 だからと言って今、彼が幸せを感じていけないという法はないと思う。 「ねえ、ルッツ」 フェリの右手が、彼に差し出された。 「こっちの手は、空いてるであります!」 「何の冗談だ」 ルートがそっけなく言い捨てると、フェリは右手をひらひらさせながら「ヴぇー」と鳴いている。 「怪我人は全力で治療にいそしむべきだろう。余計なことせず、今日は安静に努めるんだ」 「え〜」 第一、フェリは『手足を押さえたら死んでしまう』とまで言われるイタリア人だ。両手をつないでどうする気だ。 「でもさぁ。ルッツだけ一人じゃ寂しいよね? だから手、つなごうよ」 「何故俺が寂しいんだ! お前の尺度で測るな!」 と(小声で)叫んでから。つまり裏を返せばフェリが寂しいという意味では? などと気をまわしてしまうルート。 ああ、もう。と呟いたルートが、フェリに「頭を上げろ」と声をかける。 言われたとおりに頭を少し浮かせると、首の下あたりにルートの腕が伸びてきた。 「腕枕?」 「これで文句はないよな」 「はいであります!」 ふふふ。とフェリが笑ったのを最後に、ふたりは静かになったのだが。
途中で目が覚めてしまった菊が、あまりのいたたまれなさに(出来るなら穏行の術で消えたい)と思い詰めて胃を痛めていたことに……最後まで気がつかなかったふたりだった。
終
*M様のコメントよりネタを頂戴しました。「フェリをはさんで寝る枢軸」です。 サービスで腕枕もつけておきました。ちょっとやりすぎたかな(汗
拙作「フェリは海の子」の早朝が舞台です。右肩打撲中。
フェリはふたりがずっと付き添ってくれたと思っていますが。 実は深夜まで呑んでました。ルートが先に潰れたので、先に目が覚めたというわけです。 やっぱりこの人たちを書くのが一番楽しいです。フェリは私の癒し成分です。 すいません、趣味に走ってしまいました。
Write:2006/01/15 (Fri)
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