だからミステリー
耀の国とアルの国は、最近盛んに交流するようになった。 彼らが同盟を結んでいたのも、その後太平洋をはさんで睨み合っていたのも、「ほんのちょっと前の事のような気がするのですが」と、菊は思う。 元々、仲が良いとは言えない間柄ではあった。だがふたりともその気になれば、懐に銃を隠したまま互いの手を取り合うくらい平然とやってのける。 菊の見たところ、彼らは「現実主義者」という点でこの上なく似ているのだと思う。ただ、頭で割り切るのに気持ちがついて行くかというと、さすがにそれは難しいらしい。 菊が米中会談ならぬ耀アル会談に呼び出されたのは、「空気を呼んで緩衝役を務めろ」という意味なのだろう。こんなことまで察してしまうから便利に使われるのだと自覚して、菊はついため息が出てしまう。
「どうした菊。さっきから一言も喋ってないぞ」 「お前が黙らないと、菊が口をはさめないアルよ」 元より、菊に口をはさむ気などない。彼らが活発に議論している間は、自分の出番はないと思って黙っていただけだ。 (そろそろ、真面目な話に飽きてきたのでしょうか) これまでプライベートな交流が無く、共通の趣味があるわけでもないふたりは、実は雑談になるととたんに間が持てなくなる。そこで適当にボケたり突っ込んだりするのが菊の役目、というのが暗黙の了解だ。 (はっきり言って、荷が重いです) しかし。実は彼の上司からも「両国の様子を見てきてくれよ! 君なら、いや君にしかできないんだ、判るだろう?」と泣きつかれたのでどうしようもない。 「ええと。すいません、別の事を考えていました」 菊の体調不良には目を瞑り、両国の顔色をうかがう上司の事を脳裏から追い出す。せめてこの場での役割を果たそうと、菊はわざとらしく声をひそめて耀に囁いた。 「ほら。先日公表された例の墳墓」 「ああ! やっぱり菊、興味持ってたアルね!」 「もちろんですとも。アレに関心を持たない人類など存在しません!」 物凄い勢いで断言する菊を見て、「そうかなぁ」とアルが首をかしげる。しかし、その知らせが世界中で大きく取り上げられたのは事実だ。 「裏付け調査に、思ったより時間がかかったアルよ」 「ひとこと言ってくだされば、我が国の研究者が手弁当で駆けつけますのに」 「それは駄目アル。我らの楽しみをよその奴には任せられないヨ」 楽しそうに語る兄弟に、アルがつまらなそうに声をかけた。 「それってさぁ。有名な武将の墓なんだろ?」 いかにも「どうでもいい」と言わんばかりの口調だったが、ふたりは気にもかけずに頷いた。 「へぇ。歴史上の著名人ならさ、耀は知ってるんじゃないの? そんな大騒ぎになるほど大切なら、お前が本当の事を教えてやればいいじゃないか」 耀なら、墓の真実どころか、例の武将に直接面識があるのだから。 アルの言葉を聞いて、ふたりは同時に吹き出した。 「それは、駄目です。ミステリーは、自分で解くところにロマンがあるんです」 「そうアル! 皆がずっと探していた謎を、バラしたら面白くないアルよ」 アジア人種という点を除けば、似ているところが無い兄弟と思っていたが。今アルの目の前でにこにこする、余裕ある表情は妙に似通っている。 「いいなぁ、君たちは」 不機嫌な面持ちで、アルが呟いた。 「俺なんて、そんなミステリーちっくな歴史が、どこにもないんだ。アーサーとフランの馬鹿が、俺が生まれる前の事から事細かく記録してるんだぜ? 『お前の事は、お前自身より知っている』とか言うんだからさ」 まったく、つまらないよ。と天井を仰ぐアルの嘆きは、まさしく本音だろう。 (わが国でよく言う『おしめを替えた事がある』って状態ですね) 言う方に悪気が無くても、言われる方は全く楽しくないものだ。 少し前にアルが菊の家に滞在した時の事を、思い出す。その事、「古墳から多量の鏡発掘、古代王国の証明か?!」というニュースを見たアルが、「あれ、本当?」と菊に聞いた。 「秘するが花ですよ」と微笑むと、アルはそれっきり話題を打ち切った。 あまり興味がなかったのだろうと思っていたが、もしかしたら気を悪くしたのかもしれないと、遅まきながら菊は気づいた。 「我が国の全領土を調べたけどさ。謎の古代王国の痕跡も、宇宙人の基地も見つからなかったんだぜ」 不公平だよ。耀ならともかく、菊んちなんてあんなにちっぽけなのに。と、アルは本格的に拗ねはじめている。 「え。でもたしかロズウェルという場所では……」 菊が水を向けると、アルが身を乗り出してきた。 「そう! あの事件については、誰にも言ってない事実があってね!」 君たちだから、特別に教えちゃうんだぞ! と、語り始めたアルは子供のように生き生きしている。 「こいつが、宇宙人大好きなわけが判ったアル」 菊の脇腹を肘でつつきながら、耀が囁いた。 「謎(ミステリー)に飢えているんですね」 「自分で作ったら捏造アルからな。気持ちは判らないでもないヨ」 何となく逆らえない気分になった二人は、おとなしく彼の話を聞くことになってしまった。 身振り手振りを交えたアルの独演は、小一時間続いたという。 「我はもう、つきあいきれないアル! 次は菊が一人で面倒見るヨロシ!」 耀に言い渡され、「アメリカのミステリーと言えば……大統領暗殺と、後何がありましたっけ?」と、真面目に勉強してしまう菊は、どこまでも損な役回りだった。
終
「つきあいきれない? それはこっちの台詞です!」と言えない菊。 祖国頑張れ。超頑張れ。
耀さんのイメージ、まだ固まっていません。 でも、どうしてものこのネタで書きたかったので見切り発車です。 曹操の墓と、茶臼山古墳。舞台はもちろん現代です。 菊に泣きつく上司の正体については、詮索しないでくださいお願いします。
書いていて、すねるアメリカが可愛いなと素で思えました。
秘するが花、は優美で便利な表現です。
ただ、菊は空気読み過ぎる人だから、比喩表現についていけない人の気持ちに少し鈍い気がします。
ちなみに、アルは「お前には教えない」って言われたと思い、かなり拗ねてます。
菊は、「覚えてません」を巨大八つ橋にくるんだだけなのです。
彼らの、ちょっとかみ合わない会話は、想像して楽しいです。
Write:2010/02/10
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