夜会話
日本と欧州は、遠い。 夏期休暇を日本で過ごすのが恒例になりつつあるフェリは、その年もいそいそと友人宅を訪れていた。 例年なら一緒に移動するはずのルートは、仕事で別行動。数日遅れの来日となった。 「大変だよね〜アメリカ経由なんて」 「しかもニューヨークからバンクーバーに寄って、太平洋越えてきたわけですから」 「アルんちは広いからね〜」 「……バンクーバーはカナダですよ?」 要するに、大西洋を越え、アメリカ大陸をまたぎ、太平洋を飛んでたどり着いたわけで。 地球を三段跳びしたルートヴィヒは、さすがにくたびれたのかあるいは気が抜けたのか。夕食後、「ちょっとだけ休憩」と呟いたかと思うと、客間で寝入ってしまった。 二人が後片づけや風呂をすませてもどっても、起きる気配がない。 「時差ボケてしまいませんか」 「う〜ん。ちょっと早いけど、一応夜だし。ちょうど良かったんじゃないかな」 ルートの隣で喋っても、彼の寝息は安定したまま。珍しいほど熟睡中だ。フェリは掌をそっとルートの顔にかざし、「うん、よく寝てる」と確かめた。 かつて、フェリがルートの不眠をひどく心配していた事を知っている菊は、その子供めいた動作の意味をよく判っている。 「いい夢見ていると、いいですね」 菊が言うと、フェリはうんうんと頷いた。 「ルッツって、どんな夢見てるんだろう」 その返事が意外だったので、菊はつい、彼の顔を見つめてしまう。長い付き合いの彼らなら、そんな話題はとっくに出尽くしていると思っていた。 「あ。聞いてない? ルッツってさ、夢の内容を覚えてないんだって」 「見てない」ではなく「覚えてない」という表現になるのが、気になるところだ。夢を見たという自覚だけが記憶に残っているのは珍しいと菊は思う。 「夢の中でまで仕事してなきゃ、いいんだけど」 「もしそうなら、ろくな内容じゃないですよ。すっぱり忘れて正解では?」 本当だね〜。と、顔を見合わせて笑うふたり。その時ルートが寝返りを打ち、彼らに背を向ける態勢になった。 起こしては大変と息を詰め、ふたりはルートから少し離れる。それぞれの布団に身を横たえ、フェリは声をひそめて菊に問いかけた。 「聞いてもいいかなぁ。菊は、どんな夢を見るのさ」 しばらく考えて、「昔馴染みが来てくれる事が多いですね」と、菊が呟く。 「もう会えない、懐かしい人たちが交互に訪ねてくれますよ」 まるで本当に友人と出会ったような口ぶりなのが、フェリには不思議で、少しうらやましかった。 「ふーん。菊に会いに来てくれるんだ。そういう考え方、いいね」 「もう会えない方ばかりなので、目が覚めると少し寂しいです」 そう言って目を伏せる菊。すると、フェリが身を乗り出して囁いた。 「俺の夢はね、みんなと遊んでる事が多いよ。菊んちで喋ってたり、ルッツんちで酒飲んでたり、ローデさんちでピアノ聞いてたり、俺の兄ちゃんに怒られてたりとか」 最後のは遊びに含めていいのか。と、菊はそっと突っ込む。 「でね。目が覚めたとき一人だと、何が本当なのか判らなくなって寂しいよ」 菊が隣に目を向けると、珍しいくらい真面目な表情のフェリがいた。 「楽しかったのは全部、俺の夢で。誰もいないんじゃないかって、そんな気になるんだ」 そういう時、ルートに添い寝をせがむのだろう。納得はいかないが、菊はそう理解した。 「菊は、俺たちの夢は見てないの?」 「……そういえば、あまり覚えがありません」 昔馴染みが多すぎる菊は、夢枕に立つ順番待ちでいっぱいなのかもしれない。 そっか〜、見てくれないんだ。と拗ねた声で呟くフェリ。菊はなんだかとても悪いことをした気分になってしまった。 「我が国では、夢に出て欲しい人の名前を書いて、枕に忍ばせるという話があります。絵姿を枕に敷く場合もありますね」
「へー」
「その出会いのことを『夢枕』と言うんです」 フェリの表情がパッと明るくなった。気持ちが切り替わったと見た菊は、ほっと安堵する。 「ですから、後でこの枕にサインをいただきましょうか」 笑顔でそう言うと、フェリは何故か考え込んでしまった。 「ねえ。菊ってさ、狭いところ苦手だっけ?」 次に発せられた言葉は、一見何の脈絡もないものだった。菊は忍者のたしなみもあるので、狭いところも暗いところも平気ではあるが……。 菊の返事を聞いたフェリは、「よし」とばかりに立ち上がった。「菊、ちょっと動かないでね」と言うなり、彼の布団をルートの隣に引きずって移動させた。 驚いて跳ね起きそうになった菊の身体をそっと押さえ、フェリは自分も並んで横になる。 「静かに。ルッツが目をさましちゃう」 この状況で聞くとかなりあやしい台詞を、フェリは真顔で口にした。ルートの背中とフェリに挟まれた菊は(狭いって、こういうことですか)とようやく気がつく。 「これで、絶対俺たちの夢を見るよね? だって本物だよ」 無邪気にこんな事を告げられ、菊は自分の発言が導いた結論に唖然とするしかない。 「俺も、目が覚めた時寂しくないし。いいアイディアでしょ〜」 「……今夜だけですよ」 仕方ない。と思いつつ、菊はそう答えるのに結構覚悟が必要だった。 「おやすみなさい。いい夢を」 「おやすみ。俺の夢見てね」 挨拶を交わし、明かりを消す。眠れるか心配していた菊の意識が途切れるまで、さほど時間はかからなかった。
二人の寝息を、ルートはずっと背中で聞いていた。途中で目が覚めたが、ぼんやり話を聞いているうちに声をかけるタイミングを逸した。 「おやすみ」 背中を向けたまま、ルートはひそかに祈る。 「おやすみ。夢の中でも幸せであるように」 久しぶりに穏やかな気持ちで、ルートも再び眠りにつく。
おやすみなさい。
PS. 「ところでさ。菊んちで流行ってる、女の子の絵がついた枕やシーツ。 あれも、ユメマクラ見るためのモノなの?」 「……ノーコメントでお願いします」
*拍手お礼第12弾でした。
枢軸で添い寝、菊が真ん中バージョンです。連作になりました。 「ルートが腕枕」「菊の膝枕」に続いて「フェリで夢枕」とテーマを決めたまでは良かったのですが。 なぜかフェリが「らてーん☆」モードになってびっくり。 いやぁ、やっぱ君あのじいちゃんの孫だ……て、感心している場合じゃない! 素で口説き台詞を連発できる彼は、実は最強ではないかと思いました。 文章に起こす前に、封印。このネタは、スタッフが調理して、美味しく頂きました♪ リサイクルに成功したら、書きたいと思います。
それにしても、布団って便利ですね。動かせるって素晴らしい! おかげで、問答無用で添い寝が成立しました。ビバFUTON。
Write:2010/05/19
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