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たこ  うま




「タコを、料理してください」
 という電話が突然かかって来たのは、ワールドカップ2010がまさに佳境を迎え、ベスト4に残った国々の熱狂がいや増す……そんな時期だった。
「ローデリヒさんが、アレをお召し上がりになられるとは。意外です」
 電話を受けた菊がそう答えると、受話器の向こうからは「私が食べたいんじゃありません」とそっけない返事が返ってくる。
「例の予言者の話は、貴方もご存じでしょう」
 問われて菊は、とりあえず「はい」と返事した。決勝リーグの勝敗をことごとく当てるタコのパウル君は、日本でも人気モノだ。
「予言なんかに惑わされるのはおろか者です。ところが、困った事に私の縁故はまさにそのお馬鹿さんで」
「はあ」
「普段食べもしないタコ料理のレシピを検索したり、料理本を購入したりしてるらしいんです。何を考えているんだか」
 初めは、タコ占いなんてただの冗談だったはず。それが次々勝利国を的中させるに及び、シャレで済まない気持ちがわいて来たのかもしれないと菊は思った。
 今回、パウル君に敗北を予想されたドイツ。合理的でロジカルな人種として有名だが、困った事に結構迷信深い一面を隠し持っている。
「あの方たち流の冗談、とかじゃないんですか?」
 空気を読む男が、一応フォローしてみる。すると、受話器越しのため息が菊の元に届いた。
「パソコンに向かいながら『いや待て落ち着け』とか『人道的に駄目だろう』とか、『でも俺は人じゃないし』とか呟いてるんですが」
「絶賛葛藤中じゃないですか!」
「ですから。貴方に、腕を振ってもらいたいのですよ。彼らの精神安定のために」
 とにかく、タコを食べれば気がすむでしょう。と呟くローデリヒの口調には、疲れが滲んでいる。菊は「判りました、お引き受けします」と答えるしかなかった。
 Vielen Dank fur Ihre Hilfe.(=助力感謝いたします)と美しい発音で告げられた菊は、思い切って質問をぶつけてみた。
「タコを料理できる方は、他にもいらっしゃいますでしょう。何故私なんですか?」
 ドイツではあまり食卓に上らないが、地中海に面した地域では普通の食材だ。イタリアでもロマーノなら調理できるだろうし、トルコやギリシャでもサラダやフライとして食卓に上る。
 当の対戦国であるスペインには頼めないだろうが、ローデリヒの人脈を持ってすれば一流の料理人を呼ぶことは簡単なはずだ。
 菊がそう告げると、ローデリヒはくつくつと低い声で笑った。
「こんなお馬鹿な話をもちかけられて、怒りもせず嘲笑いもしない貴方だからお願いするんです。
 アメリカやイギリスと同じくベスト16に残った国でありながら、勝ち残った国に対する敵愾心がかけらもない人が存在することを、あのお馬鹿さんに思い知らせてやってください」
「そんな大げさなモノでは……」
 もちろん、悔しいと思う。残念だと思う。だが、それだけだ。明確な違反行為があったのならともかく、フェアに戦った結果に異を唱えるなら、ルールは何のためにあるのだ。
 そう思っても、うまく説明できない。菊はただ、ベルリンでの再会を約して通話を切った。


「わ〜。色々料理法があるんだね。すごいや」
 日本からゆでタコ(=生食材)を持ち込むには、色々面倒な手続きが必要となる。菊としては不本意だったが、現地調達するしかなかった。
 それでも、話を聞いたフェリとロヴィが頑張って良い素材を見つけてくれた。
 冷凍じゃないだけでも全然違う。
「これがタコ酢。こちらはカルパッチョにしてみました。ライスももちろんタコ飯。ジンジャーで匂い消しましたから、まずは味見してください」
 他にもガーリック炒めや天ぷら。ほんのりタコ色に染まった蕪との煮つけは、見た目もきれいに仕上がっている。
 テーブルいっぱいに並んだタコ料理を見て、ルートもギルも複雑な表情だ。
「これだけ並ぶと壮観だな」
「頑張りました」
 実は一番手間がかかったのは「タコ足の吸盤取り」。元の形が判らないよう薄切りやぶつ切りにしても、あの吸盤と眼が合うだけで食欲が失せることを、菊はよく理解していた。
 テーブルに向かったドイツ&イタリア兄弟、そして約束通り顔を出したローデリヒとエリザ。これだけの人数に楽しんでもらおうと思うと大変だったが、みなそれぞれ楽しんでいる様子なので菊もひそかに満足だった。
「この赤色は、染めたのか?」
「いえ、茹でるとこんな色になるんです。我が国では、タコといえば赤色を連想しますね」
 珍しい食材を話のネタに、和やかな会食が進んでいる。
「タコの身体は、白いものだと思ってたぜ」
「そうだな。昔兄さんが読んでくれた『海底二万里』にもでてきただろう。
 ノーチラス号が襲われる話は、怖かったからよく覚えている」
「お前、あの話好きだったよな」
 会話が弾むのは結構だが、ドイツ兄弟はイカとタコの区別がついていない。
「……まあ、どれを喰っても美味いな」
「おそれいります」
 笑顔の菊はいかにも楽しそうで、無理やり今回の話をもちかけたローデはこっそり安堵していた。
「そうそう、こんな料理もあるんです」
 そう言いながら菊が出して来たのは、円形のくぼみが並ぶ奇妙なデザインの鉄板。
「あ! タコボールも作るんだね! まかせて、俺も上手に焼けるんだよ!
 すでにかなり日本通なフェリが、嬉しそうに手を挙げる。みんな大好き関西名物「たこやき」だ。
 鉄板に生地を流し、具を投入してくるくる回し始めるイタリア兄弟。半円形だったはずのモノがあっという間に丸くなる不思議さは、その場にいる全員におおウケだった。
「さて、ソースはこちらです。お好みでマヨネーズもどうぞ。すごく熱いですから、くれぐれもご注意を」
 珍しい料理に好奇心をかきたてられた一同は、そろってタコ焼きを口に放り込む。
「はふはふ」「あひ〜」などと声が上がるのは、どの国の方でも一緒ですね。と、菊は和んだ目つきで皆を見守っていたが……。
「ローデさんも、どうぞ? 熱いのは苦手ですか?」
 ただひとり手を出しかねているローデに、そっと声をかけてみる。ローデは皿に盛ったタコ焼きを渡され、困惑してる。
「美味しそう……だとは思うのですが……少々口にするのが困難かと」
「貴族様はよぉ、適温に冷ましたモノしか召し上がらねえんだよ!」
 ギルに嘲られたローデは、むっとしたように眉を寄せた。実はその通りで、彼は猫舌だった。だが、ギルに指摘されると負けん気が起動する。
「大丈夫です。もちろんいただきますとも」
 そもそも、一口サイズというには大きすぎる物体を食べるには、口を大きく開ける必要がある。それ自体抵抗があるなどと言ったら、またギルが馬鹿にするだろうと思ったローデは潔くタコ焼きを口にした、が。

「はふはふはふh!」
「! 無理はしないでください、早く水を! エリザさん何を見惚れてるんですか!
 ルッツ、ビールは駄目です……氷を!」

 爆笑するギルを踏みつけるエリザ。冷たいおしぼりでローデの顔を拭こうとするルート。
 バケツに汲んだ水をぶっかけそうになったフェリを全力で止めている菊。
 冷凍庫からアイスクリームを出してくるロヴィ。

 タコ焼きは「エキサイティングな食べ物』として、彼らに認識された……らしい。




 その日のディナーは、好評だった。自己評価が控えめな菊がそう感じたくらいだから、招かれた客の満足度はかなり高かったと見ていい。
 邪魔になるタコ焼きプレートをキッチンに下げてきた菊は、ついでにデザートの準備を始めた。日本から持参した緑茶を入れようと湯を沸かす。
「なんでお前が茶の準備をしてるんだよ」
 キッチンの入り口から声がかかった。振り返ると、ロヴィが通りすがった風情で菊を見ている。
「やはり、最後までわが国のものをおだししたくて。お茶とデザートまでセットで供するのが、こちらの習慣ですし」
 ふーん。と呟いて、ロヴィは菊の隣に立つ。
「ずいぶん、この家に馴染んでるみたいだな。他人のキッチンって、使いにくいだろ普通」
「そう言えば、そうですね。ルッツが居なくても、どこに何があるのか大体わかりますし」
「あの神経質な野郎が、客をキッチンに放置できるってことが信じられねえ。お前、相当信頼されてるぞ」
「ありがとうございます」
「……別に誉めてねえから!」
 菊は目をぱちくりさせて、ロヴィを見つめた。通りすがった、もしくはキッチンに何かとりに来たのだと思っていたロヴィの目的が、自分だったのかもしれないとやっと気付いた。
「……ひょっとして、私が居づらくなって逃げ出したと思った……とか?」
 居間では、場の流れが思い出話になっていた。ドイツ兄弟とローデは親戚だし、エリザも彼らと古い付き合い。その上フェリも、子供の時ローデの家にいた。
 古い縁をもつ彼らが集まれば、そんな話が出てくるもの自然なことで。菊が(自分がいなくなっても支障ない)と感じたのは事実だった。
「だって退屈だろ? あんな、古臭せー話。あいつらもちょっとは空気読めっての」
 判んねぇ話聞かせるなよ。とぶつぶつこぼしているロヴィに、菊は淹れたての緑茶をすすめる。
 向こうがそんな状況なら、ここで一服するのも悪くない。そんな気持ちが通じたのか、ロヴィは黙って茶に手をつけた。
「うん、美味い。この前ローマの日本料理店で出た茶は、色が強烈だし変に苦いし香りはないし、後で舌に粉っぽいものが残るし最低だったぞ。
 やっぱ、あれは茶葉が安物だったのか?」
「そっちが安物だったわけではなく、これが高級品なんです」
 その店の名誉を守りつつ、なおかつちょっと自己主張もしてみる菊だった。
「ところで、ロヴィさんもタコ焼きが作れるんですね」
「弟が一時期ハマってたんだよ。セット一式揃えて、毎週のように作ってたぞ。オリーブやチーズ入れたのは、評判も良かったな」
 イタリア人が集まってタコ焼きパーティするところを想像して、菊は自然と微笑んでしまう。
「それは興味深いです」
「見たら驚くぞ。トマトソースとパルメザンまみれのタコボールだぜ」
 ふたり同時に、くすくすと笑う。
「貴方たちは、熱いのも平気なんですね」
「当り前だ! ピッツァは焼きたてに限る! 石窯なめンな、火傷上等!
 ピッツァを冷まして喰うような奴は、俺が許さん!」
「……御もっともです」
 真顔で菊が頷くと、ロヴィも「判ればいい」と偉そうに胸を張った。

 
 居間の人たち用にお茶を淹れながら、菊とロヴィはぽつぽつ会話を続けていた。ところが、菊が何気なく呟いた一言で、気心の知れた雰囲気は寸断されてしまった。
「なにが『お兄さん』だ! 俺がした事の評価に、弟は関係ねえだろ」
 かなり強い調子で言い切られ、菊は戸惑ってしまう。彼はいつものように「さすが、フェリのお兄さんですね」と誉めただけなのだが。
 判ってない菊を見て、ロヴィはますます苛立つ。きつい視線で菊を見おろし、繰りだず舌鋒は厳しい。
「お前が誉めようとしたのは、判る。でもそれなら、クレバーとかクールとか良い判断だとか、いくらでも他に言いようがあるだろ? お前にとっての『兄』がどんな存在か知らねえけど……。
 俺はそんなんじゃ、ねえ」
 窓際の丸椅子に腰を落としたロヴィは、深くため息をつく。
「俺は、俺だ」
 自分の何気ない発言が、ロヴィを傷つけた。そう感じた菊はしょんぼりとうつむいてしまう。確かに自分は、兄という存在に過大な期待をもっているかもしれないと、今さら気付いた。
 そこに、ルートとフェリが顔を出す。
「大きな声が聞こえたけど、兄ちゃん、菊に何の話だったの」
「お前まさか、ウチの客に難癖つけてたんじゃないだろうな」
 弟とその友人の視線がロヴィに刺さる。
 菊は慌てて、「すいません。私が彼を怒らせてしまいました」と弁明した。
 きょとんとする、ルートとフェリ。
「え? 菊『が』兄ちゃん『を』……怒らせた?」
「何かの勘違いだろう。お前がロヴィを怒るより、さらに考えられない」
 きっぱりと酷い事を言っている弟たち。菊はますますうろたえて、「違うんです本当なんです!」と、一見矛盾した言葉で訴えている。
 ロヴィは肩をすくめ、「な? 俺への評価なんてこんなものさ」と菊に言った。
 少なくともルーフェリにとって、トラブルメーカーはロヴィという認識なのだろう。
 だからと言って、彼がそこまで自己卑下するのは許せない。菊はロヴィの目前に立つと、きっぱりと断言する。
「今日の貴方は、冷静でクールでクレバーでした。私もぜひ見習いたいです。それに……」
「うわっ、それ以上言うな頼むから! 俺はたいしたことしてねえだろ、余計なこと言うんじゃねえ!」
 ぼっぼっと頬を染めたロヴィは、ばたばたと手を振っている。フェリと比べると意外だが、かなり照れ屋のようだ。
 逃げるようにキッチンから飛び出したロヴィは、戸口で振り返って菊に告げる。
「とにかく。お前の言う出来のイイ兄ちゃんは、ここにはいねえってことで。了解しろ」
 言うだけ言うと、ロヴィはその場から居なくなった。居たたまれなくて逃げたともいえる。
 それを見送って、フェリが首をかしげている。
「菊って、兄ちゃんと仲良かったんだ」
「実はそうなんですよ。さ、お茶が入りましたから、居間に運びましょう」
 それ以上の事は言わなかったので、菊とロヴィが何で口論になったのかは……しばらく謎のままだった。

 終
 


PS.
「あれは結局何だったの?」
「あの日、タコボールで眼鏡野郎が火傷しただろう? 俺がアイスをもって来たのが賢明だったとか言われただけだ」
「……褒められたんじゃないか。どうしてお前が怒るんだ」
「そーだよ。それに兄ちゃんって、突発事態に巻き込まれるとフリーズしちゃうタイプじゃん。人より出遅れる分、行動にそつがないんだよね〜」
「こら弟。それをあの野郎に言うんじゃねえぞ! なんだか勘違いされて、尊敬されてるんだからな!」
「兄ちゃん、ずるい〜」




*う〜ん、ぐだぐだ。
 書きたかったのは前半の日墺会話でした。リクにこの組み合わせが二つあるので、練習。
 ローデさんに「はふhふ」してもらいたかったなんてことは、ないんだからねっ。
 途中、イカとタコを混同しているドイツ兄弟という話がありますが、これは実体験です。
 「日本で食べたあれが忘れられないので、作って欲しい。材料は自分で用意する」
 そう言ってドイツ人が買って来たのが……イカだったという話でした。

 ウチの菊さんとロヴィは、割と仲良しです。あまり一緒にいないんですが。
 一方、ギル菊もいいコンビ。なのに三人そろうとカオスになるのは、主にギルに責任があります。

 文中でロヴィが冷静な行動をとってますが、理由はPS.の通りでした。
 菊は明らかに、過大評価しています。
 なんでそうなるの? と思ったのが、この話を書くきっかけでした。
 菊は普段の言動がじじいなので目立たないけど、やはり弟属性なんだな〜。
 改めてそう思いました。

 オチ? オチは誰かがはふはふしてしまったんです(逃走

Write:2010/07/28

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