さて、どこのおうちに
お掃除に行きますか?
ピッ → ポーランド
「さて、次はあのクソガキのところへ行ってやるか。俺様顔が広いから大変だぜ」
などとうそぶく、懲りないプロイセン。
携帯のプライベートナンバー知らない家にも押しかけている事は、追及しないであげましょう。
ポーランドの私邸は、原生林を背後に控えた緑地帯にあります。今は黄金色に波打つ麦の収穫で、最も忙しい時期です。その重要さたるや、収穫のために戦争を中断した事があるくらいです。
「つまり忙しいんだろ、今でも。そこで俺様が活躍して、感謝されるわけだぜ」
基本的な状況把握は間違っていないはずです。プロイセンは胸を張って、ポーランド宅の呼び鈴を鳴らします。
しかし、返事はありません。
「あれ? 郊外で作業中なのか?」
困ったな。と思ったプロイセンですが、視界の片隅で何かが動く気配をとらえます。目線を巡らせ、カーテンの陰に隠れる人影を発見しました。
「てめぇこらポーランド! 俺様に居留守を使うとはいい度胸だなおい」
怒鳴りつけると、人影はさっと奥に引っ込みます。プロイセンは窓に飛びつき、押しあけて強引に踏み込みました。
窓枠をくぐって床に飛び降りるプロイセン。着地したとたんに足の裏がずるっと滑りました。
「?!」
ものの見事にひっくり返り、壁に頭をぶつけます。背中に何か当たるので調べたら、ガラス玉が大量に転がっていました。
革靴でこんなモノを踏んだら、転ばない方が奇跡です。腰を押さえて立ち上がったプロイセンは、扉の向こうから様子を窺っているポーランドと目が合いました。
「こら待て! 俺様の話を聞け!」
何も答えず、ポーランドは扉を閉めました。追いかけようとしたプロイセンはちょっと考え、手近にあったクッションで頭をカバーしてから扉を開けます。
足元に注意しつつ、廊下に身を乗り出しました。すると、突然金属バットが彼に向かって飛んできます!
「……んな事だろうと思ったぜ」
扉を開けたら、天井からつるしたバットが彼を狙うように仕掛けがしてあったのです。クッションでそれを受け止めたプロイセンは、思わず笑みが浮かびます。
その時。
「収穫時期を狙って攻め込んでくるとは言語道断! その愚かしさを悔い、我が前にひれ伏すがイイ!」
おもむろに古典的口調で叫んだポーランドが、右手に持っているのは盾です。よく見ると、左手には携帯を握りしめています。
(……戦う気、ねぇのかこのクソガキは)と、プロイセンは呆れてしまいました。
「それからえーっと。俺をいじめたらポーランドルール発動するし! いきなり占領とかマジありえんし!」
盾に身を隠しながら、口は元気に動きます。
「だから! 人の話を聞けっての! 俺は掃除に来てやっただけだ!」
盾の上辺から、丸い瞳とちょっと困ったように寄せられた細い眉がのぞきます。
「それ、マジで言ってるん? プロイセンが掃除って、絶対怪しいし」
じとー。と睨みつけるポーランドに、自分が来た理由を話して聞かせます。しばらくして納得できたのか、ポーランドはやっと盾を手放しました。
「わかった。とりあえず、出撃停止メール送る」
器用に左手でメールを打つポーランドに、「一々リトアニア呼ぶなよ。可哀そうだろ」とプロイセンが突っ込みます。
すると、ポーランドは手を止めずにニヨニヨ笑顔で彼に言いました。
「リトと違うし。呼んだのはハンガリーなんよ」
「呼ぶんじゃねぇぇ!」
つい先日フライパンでボコ殴りにされたばかりのプロイセンは、思わず悲鳴を上げてしまいました。
「まったく。ホームアローンじゃあるまいし、こんな小細工するなよ馬鹿馬鹿しい」
「違うし。日本に教えてもらった昔話が元ネタなんだけどー。プロイセン、そんな事も知らんの?」
「知るか!」
文句を垂れ流しながら掃除するプロイセン。ポーランドの家は室内もピンクの壁紙で統一されてます。
ぬいぐるみが本棚に隠れていたり、制作中のジオラマが机を占領していたり、床には作りかけのジグソーパズルが散らばっていたりとなかなか大変です。
雑然とモノが積みあがっている割に、埃っぽさや薄汚れた感じはしません。「マメに掃除しているみたいだな」とプロイセンが呟くと、「当然だしー。週に一度は必ずリトが来るんよ」とポーランドが答えます。
自分でやれ! とプロイセンが凄んでも、ポーランドは平気です。
「俺がやったら、なんでかリトの仕事がふえるんよ。だからするなって言われとるしー」
なんだか、彼の弟とその友人の会話を彷彿とさせる話です。
「まあ、お前らしいよな。家ピンクだしよ」
「ピンク、マジでイイと思わん? 明るいしー清潔だしー暖かいしー。ほら、いいトコばっかりだもんね」
携帯を片手でもて遊びつつ、ポーランドはご機嫌です。
「そういえば、何でリトアニアを呼ばなかったんだよ」
プロイセンが問うと、彼の手がピタリと止まりました。
「リトは今日、デートだし。邪魔したくないんよ」
「デートって……ベラルーシか?」
「そー」
ちょっと寂しそうなポーランドを見おろして、「振られっぱなしなのに、あいつも懲りねえな」とプロイセンが呟きます。すると少年が視線を上げ、はっきりした口調でこう言いました。
「判らんの? リトは振られたと思ってないんよ。だからまだ終わらんってーこと」
胸に何か突き刺さるものを感じて、プロイセンは押し黙りました。
「でも、そろそろリト帰ってくるし。俺、惚気聞いてやらんといかんから忙しくなるんよ」
ポーランドは首をかしげて「お前も一緒に、聞くん?」と問いかけてきました。
「いや。俺がいたら奴も喋りにくいだろうから……帰る」
あ、そ。とあっさり答えたポーランドが、プロイセンに携帯をつきつけました。
「なんだよ」
「番号交換するし。次からは、連絡よこさんと俺、許さん」
実は赤外線通信の経験がなかったプロイセンでした。ひとりさびすぎます。
「まあ、仕方ねえな。教えといてやるぜ」
それでも、俺様態度は崩さなかったのは天晴れと言えるでしょう。
じゃあ、またな。と背を向けるプロイセンは、ポーランドが「俺、何か忘れてる気がする。まじでまじで」と呟くのを耳にしました。
「思いだしたら、メールよこせよ」
ナチュラルにそう返せる事に、ちょっぴり達成感を感じるプロイセンでした。
HAPPY END
PS.
プロイセンが玄関扉を開けるのと、ポーランドが「思いだしたし!」と叫んだのはほぼ同時でした。
その声に驚いて振り返ったプロイセンの頭上に、ひっくり返った水入りバケツがベストのタイミングで落ちて来たのです。
頭から水浸しになったプロイセンに、「それよそれ。最後の仕掛け忘れてたし」とポーランドがニヨニヨ笑顔で告げました。遅すぎます。
そして、プロイセンもまた「思い出した」と呟きました。
日本の昔話って、あれか!「さるかに合戦」!!
たわいない茶飲み話が、巡り巡ってこんな事態になるとは。
最後にちょっぴり不幸になってしまったプロイセンでした。
* お掃除第三弾です。
最初は「オチでハンガリーが登場。プーがボコられて終わり」という話でした。
でも、何度読み返しても面白くないんですよね。
悩み過ぎて嫌になったころ、ふと「ハッピーエンドは可能かな?」と思いました。
そこでいろいろ考えて、できたのがこの話です。
ちょっとだけ幸せというか……こんなことが幸せでいいのかと思わず涙が。
しかも、オチまでつけないと気が済まない私。ごめんなさいプー兄ちゃん。
というわけで、没すれすれまでいった話です。
楽しんでいただけたら、心から嬉しいです。