とっぷてきすとぺーじ小ネタ 本文へジャンプ


タスケテ。



「助けてください。貴方だけが、頼りなんです」
 電話室から漏れたのは、間違いなく菊の声。偶然それを耳にしてしまったルートとフェリは、驚いて互いの顔を見合わせてしまった。



 欧州に端を発し、「世界大戦」と呼ばれていた戦いが終わって20年。東西陣営と呼ばれる二大勢力時代を迎え、世界が微妙な緊張を抱いてる時代。
 今回ボストンに集まった『国の人たち』も、お互いの距離感に慎重にならざるを得ない。特に敗戦国になった枢軸側は、未だ遠巻きに見られているのが現状だ。
 つまり。彼らのために親身になってくれる相手など、この場では限られている。そのはずだ。
(では、菊が助けを求めるのは……誰だ?)
 公衆電話を使う以上、相手は国内にいる。とルートは考えた。今回の会議は秘匿性が高いので、「訪米のついでに友達に会う」という事態は考え辛い。
 まして菊は、公私の区別に厳密な男だ。
 ルートがそこまで考えた時、彼の腕がぐっと引かれた。耳元で「ねえルッツ、聞いてる?」とフェリに叫ばれて我に帰る。
「ああ、すまない何だ?」
「だから! 菊が困ってるんだよ? 助けなきゃ!」
 菊の声を聞いたふたりは、とっさに物陰に隠れていた。そのせいで盗み聞きした感が増し、ルートは珍しく次の行動に迷っている。
「しかし……俺たちに救いを求めない以上、余計なお世話じゃないか?」
 珍しく消極的な友人を見上げ、フェリは驚いたように目を見張った。
「菊の事だから、変に気を使ってるだけかもしれないでしょ?」
 それはありうる。とルートも思う。
「余計なお世話だった時は、俺が菊に怒られるよ。だって俺、怒られるのは慣れっこだもんね。
 立ち聞きした俺がお前を呼んだって言えば、菊もお前の事怒らないと思うし」
 生真面目な友人の性格を考慮したか、フェリは気配りを見せる。
「菊、怒るかなぁ。俺が心配だから何かしたいってだけなんだけど……駄目、かなぁ」
 そこまで言われると、ルートは自分の方がつまらない事にこだわってる気がしてくる。
 了承の意をこめて頷いて見せると、フェリは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、菊を捕まえなくちゃ!」
 勇んで駆けだしそうになったフェリを取り押さえ、ルートは先ほどの推理を披露した。
「えー。つまり、菊の相談相手は……会議の出席者?」
 信じられない。と、フェリが呟く。
「可能性は高いと思う。そいつを探し出せば、菊に気付かれずに手を貸せる」
 フェリは「判ったよ」と元気に答え、拳にぐっと力を込めた。
「俺たちを差し置いて菊に頼られる奴って、誰だろうね。ちょっと悔しいや」
「……実は、俺もだ」
 再び視線を合わせ、ふたりは不穏な笑みを浮かべる。
「とにかくそいつを捕まえよう、話はそれからだ!」
「アイサー隊長殿!」
 足並みそろえて廊下を走り出したふたりは、なぜか妙に生き生きしていた。



 アルとアーサーは、喫茶室で向かい合っていた。
 一方は二人掛けソファの中央にふんぞり返り、もう一方は腕組みをして相手を睨んでいる。
 睨まれている事に気づいたアルは、微妙に表情を歪めた。視線を合わせるまでもないと告げる態度が、挑発だとアーサーにも十分理解できている。
 アルは「現状を理解できないアーサーにうんざり」していたし、アーサーは「アルの思いあがった独走を苦々しく思って」いた。
 つまり、午前の会議で両者の意見はとことん食い違ったということだ。
 アーサーがティーカップを手に取ると、はり合うようにアルはコーヒーカップを口に運ぶ。
 お互いにとって嫌味にしかならない飲み物を手に舌戦を再開しようとした、その時。
「お前たち! ずっとここにいたのか!」
「ねーねー。誰かから電話、こなかった?」
 ふたりの間に漂っていたはずの緊張感をものともせず、独伊コンビがなだれ込んできた。
「……昼食の後ここに来て、そのままだ」
「電話なんて、かかってこなかったぞ」
 その答えを聞いたルートが、「よし消えた、次行くぞ」と切り捨てる。
「あれぇ? 菊が頼るのなら、まずこいつらだと思ったのにね〜」
 おかしいな〜と呟きながら部屋を去ろうとするフェリの背中に、アーサーの手が伸びる。
「菊がどうしたって?」
「いったい何の話なんだ」
 アーサーとアルまでもが、フェリの両肩をがっちりとつかんで恫喝した。
「「吐け」」
「ヴェェェェ〜、ルッツたすけて〜」
 これがルートなら「お前らに用はない」と弾き飛ばすところだが、そんな事はふたりとも判っている。捕虜にするなら扱いやすい方。コレ鉄則。
 圧倒的威力を誇る英米連合軍に囲まれたイタリアを見捨てるわけにはいかず、ドイツが単独突入するという……四半世紀前に繰り広げられた光景が再現された。

「菊が、誰かに助けを求めた?」
「そんな馬鹿な。何かあるならまず俺に言ってくるはずだぞ」
 フェリから話を聞きだしたふたりも、首をかしげている。
「うむ。会議関係ならアーサー、滞在生活トラブルならアルフレッドだろうと俺も思った」
 自分の顎を撫でながら呟くルート。
「お前らは数のうちに入ってない、ってことか」
 少し精神的優位に立ったアーサーが、にやりと笑う。しかしフェリは満面の笑顔で切り返した。
「俺たちはね〜、仕事以外の残り全部担当だよ〜」
 フェリシアーノ、大きく出た。
「……でも結局頼られてないじゃないか」
 ずばりとアルに指摘され、なぜか当人よりルートの方が落ち込んでしまう。フェリが慌てて慰めるのを見ながら、アーサーはため息をついた。
「本人に聞くのが嫌なら、通話記録を調べればいいじゃないか。できるんだろアル?」
「そりゃできるけど。気が進まないな。菊は潔癖だから、ばれたら口きいてもらえなくなるんだぞ」
 口喧嘩なら、気力体力に物を言わせて誰にも負けない自信があるアルだが。
 一度怒るといつまでも沈黙を守り、脅してもなだめても口を開かない菊の頑固さには、過去何度も手を焼いている。
 知った事か。という本音は胸にしまい、アーサーは手をひらひら振って気軽に請け合った。
「大丈夫だ。黙っていれば、あのお人よしがそんな事に気づくはずがない。フェリシアーノがいつもの調子でヴェーヴェー押し切れば、なし崩しに解決だ」
 お前結構ひどいな。と、呆れたようにルートがつっこむ。
「もしばれたら、俺が責任をとる。それでいいだろ?」
「まあ……それなら」
 その場に電話を運ばせ、アルはあちこちに連絡をとる。程なく、菊の話相手が判明したが……。
「え”。なんで彼なの?」というフェリの呟きが一同の心の声を言い表している。しかも二人が今一緒にいることまでわかったので、とにかく行ってみようという事になった。
「アーサー。もし菊が怒ったら、連帯責任で……」
 言いかけたルートをさえぎって、「若造が口出しするな」と軽く流すアーサー。
 彼が内心(すねる菊も怒る菊も、それなりに味がある)とか思ってる事は誰も知らない。




「ふごっ! ふがふがっ?! (=貴方たち、どうしてここに?!)」
「まずはその、口から生えたモノを何とかしろ菊っ!」
 誰かの部屋に踏み込むなり、いきなり雷を落としたのはルートだった。
 一同に心配をかけた張本人は、こっそり昼食の真っ最中だった。しかも献立は、小ぶりのサラダボウルに山盛りのご飯+梅干しと、何故か塩鮭。
「サーモンが食べたいのなら、俺に言えばいいじゃないか!」
「私が欲しいのは塩鮭。あなたの家の脂っこいアレは、別モノなんです!」
 威勢よく言いきってから、菊は困ったようにうつむいてしまった。
「あー。つまり和食が恋しくなったんだ〜」
「日本食は、こちらの料理とはだいぶ違うからな」
 そうなんです。と、菊は身を縮めて答える。厳しい手荷物重量制限の中、かろうじて梅干だけは持ってきた菊。それでも連日の晩餐ですっかり体調を崩し、「何とかしないと身がもちません」と相談を持ちかけたのが……。
「まさか、お前の所にいるとは思わなかったぞマシュー」
 アーサーに声をかけられ、目立たないカナダ青年は微笑んだ。
「僕んちの人たちが、伝統的に作っている貯蔵鮭が欲しいって頼まれてね。それならいっそ、僕の部屋で食事をどうですかって勧めたんだよ」
 カナダでも特に北の方で、昔からの生活を続ける人たち。彼らが、産卵後に脂落ちした鮭を軽く燻製にしてから塩蔵したものを、菊に提供したというわけだ。
「おかげさまで生き返りました。一時はどうなる事かと」
 マシューに感謝を告げる菊。
「そこまで言うか?!」
「食べ物なんて、腹が膨れればいいじゃないか」
 叫ぶ英米は、本気で菊の言いたい事が判らない。(このメシマズ兄弟に相談できなかったのは、無理ないよね〜)と、フェリは密かに思った。
「……では、俺に相談しなかったのは……」
「貴方に言ったら、怒られますから」
 菊にきっぱりと言い切られ、ルートの額に青筋が浮かぶ。
「俺はそこまで石頭じゃないっ! 取り上げたりしないから、その塩の塊から口を離せ!」
「もごっ、もがもがもが。(=悪いけど、信じられません)」
 取り上げられまいと子供のように抵抗する菊と、ガンガン怒鳴りつけるルート。「胃を休めたいなら、オートミールを作らせようか?」「いや、ウチの栄養食マーマイトを」などと言いだした兄弟を必死でなだめるフェリ。

「あの〜。僕はいつまで居てもらってもいいんだけど。えっと、僕の話聞いてもらえるかな?」

 目の前で繰り広げられる馬鹿騒ぎに、口を挟もうと頑張るマシュー。
 存在感「誰?」なマシューの事がすっかり忘れられていることに、気がついていたのは本人だけだった。


 終






* 拍手御礼第16弾でした。


 思ったより長くなった、食異文化の話でした。
 舞台設定が現代じゃないのは、いくつか理由があります。
 まず、今なら菊さんこんなに苦労していません。
 日本食の食べられる店なんていくらでもありますからね。
 次に。現代が舞台なら、菊さんの相談相手には事欠かない。
 こんがらがって面白いかもしれませんが。
 それより何より!
 現代だとフェリが直で菊に携帯で連絡できるので、一瞬で話が終わるんです。

 そして。これは最初、リクエストの「格好いいカナダさん」の話になるはずでした。
 菊さんの窮状を救うマシュー。をを格好いい! な話のはずだったのに。
 結局ほのぼの会話がメイン。和むけど、格好いいとは程遠いのでボツ……のはずが。
 「独伊に秘密を持つ菊さん」というネタが捨てがたくて、リサイクル。
 最初は、四人で他の人を訪問してもっとドタバタするネタを考えていました。
 でも、無駄に長いだけ。あまり面白くならかったので、これもボツ。
 ちなみに、オランダ&ベルギー→スペイン→オーストリア&スイス→フランスの順番。
 フラン兄ちゃん、まいどオチ要員でごめんなさいって感じのつまらんネタでした。
 ごめんと言うならマシューですね。まさかこんなに目立たないとは。
 精進します。ごめんなさい本当に。
 
 考えても使えないネタって、漬物にできるほどたくさんあります。ときどき泣けてきます。





Write:2010/11/28

 とっぷてきすとぺーじ小ネタ