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王様と私〜バイエルン1


「予算、削られてしまったよ」
 美髯の王は、ちょっと悲しそうに彼に告げた。執務室に来るなり愚痴られたマックスは、机に両手をついて王の顔を覗き込む。
「それは、例のヴァルハラ宮殿のことですか」
 問い詰めると、彼の王は視線をそらした。やっぱりか、とマックスはため息をつく。
「いずれこうなると、申し上げておいたはずだよ」
 王に語りかけるにしては、敬語がずいぶん緩い。だが、彼には暗黙の了解で許されている。 
「我が王。国の財政がひっ迫していることは、先日も説明したよね?」
「無論聞いたとも。ひっ迫だなんて、大げさだね君は」
 金なんて、天下の回りものだよ。と、王は笑顔で告げる。いや、その金を納めるのは国民なんだと何度言ったら。
 マックスの表情が険しくなるのを見て、彼の王は「私のロマンより現実の生活が先だと、財務担当管からも厳しく言われたよ。まあ、完成を夢に見る楽しみを、当分味わうとしよう」と答えた。
 ああ言えばこう言う。この切り返しのうまさが、周囲に愛される要因ではある。
 自国の文化レベルを上げるのに力を注ぎ、というか趣味に走った王の政策は、実はおおむね国民に支持されているのだが。最近さすがに支出の増大がシャレにならなくなったので、こうして釘を刺されているわけだ。
「うむ。来年度予算を削られただけで、今あるものを売却しろとは言われなかったからね」
 まだ本当は余裕があるんだろう? とウインクする王は、そろそろ老年に達するのが信じられないほど若々しい。
「まあね。いいだろ? 少し完成が遅れるだけだから」
 慰めるつもりでマックスが言うと、王は手のひらを振って見せた。
「いやいや。ある物で何とかしようという話だよ。昨日からずっと考えていたんだけど、良いことを思いついてね」
 嫌な予感に鳥肌が立つマックス。というか、昨日抗議されて今日もう別のことを思いつくって。
「うちのお抱え絵師に、美人画を描かせようと思うんだ。貴賤問わず、美女の肖像を集めて専用ギャラリーを作るんだよ。題して『我が国の至宝』」
「はぁ?」
「宝石や骨董を買うより安いはずだよ? 君にも文句はあるまい」
 いや。それは確かに、予算的には文句をつける筋合いはないけれど。
 豪奢な宮殿(しかも観賞用)を建てるよりは安上がりだけど。
「そうか、君も認めてくれるか。嬉しいよバイエルン」
 今の世で、彼をそう呼ぶのはこの王だけだ。気軽に彼の肩をたたくと、王はご機嫌で執務室を去った。
 認めてない。あいた口がふさがらなかっただけだ。確かに彼の王は美女が大好きだが、まさかここまで直截的すぎる行動に出るとは思わなかった。

 王よ、我が愛するルートヴィヒ一世よ。
 文化的で開明的で、派手好きでそして何より女好きな我が王よ。
 貴方のその、幸せ色の脳みそを何とかしてくれっ。
 仕える人を選べない国家の化身。彼の心からの叫びはむなしく天に消えたという。

 終



 バイエルンで有名な王様と言えば、城マニアのルートヴィヒ二世ですが。ここでの『王』は彼の祖父に当たる一世です。
 かの国の文化の礎を作った人です。オクトーバーフェストも、彼の結婚式を祝う祭りが発祥だし。
 なかなかツッコミどころ満載な愉快な王様です。
 国の至宝とまでは言ってないけど、この美人画ギャラリーは実在します。
 今でもミュンヘンのレジデンツにいけば、見ることができます。息子の嫁と、自分の愛人の肖像を同じ壁に飾ってます。
 王家に伝わる「ご先祖ギャラリー」と同じフロア(と思う)というのがなんとも。



Write:2009/08/31 (Mon)

とっぷてきすとぺーじ上司と私