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あたたかいのを



 急に寒くなった11月の街並みを歩いていたルートの足が、不意に止まった。
 それにつられて足を止めた菊とフェリは、彼が見上げている店舗に注目する。
 日本中ほとんどの街で見られるようになった特徴ある外観カラーで、日本によく遊びに来るフェリにもすぐ店の正体が判った。
「このコンビニは、まだだっけ?」
「うむ。せっかくだから試してみたい」
 菊に判らない会話を交わし、ふたりは自動ドアに向かう。慌てて追いかけた菊の耳に、「俺はあんまんがいいな」というフェリの声が聞こえた。
「俺は肉まんにしよう。菊、お前はどうする?」
 どうやら、間食を買いに来たようだ。しかし中華まんは注文しないと購入できない。
「私も肉まんにします。では……」
 注文するためレジに向かおうとした菊を、ルートが押しとどめた。
「俺が行く」
 え? と問いかけた菊の背後から、「いいんだよ、まかせて!」とフェリが肩に手を置く。
「ルッツは日本語で買い物したいんだよ。だから、菊はここで見てて」
 なるほど、と菊は密かに納得した。仮にルートと菊がレジ前に並んだら、店員は菊相手に応対するだろう。事情が判ったので、商品棚ごしに見守ることにする。
「目についたコンビニで、買い物してるんだ俺たち」
 注文時に言葉をかわせて、気軽な買い物ができるコンビニは会話の練習にちょうどいいのだろう。
 スチーマーの前で手帳を見ていたルートは、レジ内の店員に「注文、オ願イシマス」と声をかけた。 (必要な日本語をメモってきたのでしょうか)と、菊は感心した。
 疲れ顔の若い店員は、驚いたように背筋を伸ばして「え?」と間の抜けた声を漏らす。
「あんまん、アリマスカ」
 金髪碧眼ごつくてどう見ても『外国人』な外見の客が日本語を操っている事に、やっと店員は気づいたらしい。
 店員は唇の端をわずかに持ち上げ、愛想笑いでも苦笑でもない笑みの表情を作った。
「え……あ! あんまんあります! ひとつですか?」
「ヒトツ」
「はい、他には?」
「肉まん、フタツクダサイ」
 真顔で人差し指と中指を立てたルートを見て、店員は自然な笑顔を浮かべている。
「ほら、あの顔。菊んちの人ってさ、あいつが日本語使うとああやって笑うんだよ。菊も時々ああいう目で俺たちを見てるよ」
 菊の肩越しにレジを見守っていたフェリが、そう囁いた。
「なんだろう? 面白がってるっていうより……楽しそうか、嬉しそうに見えるんだよね」
 その時、ルートはスチーマーに並んだ中華まんの一つを指差し、店員に質問した。
「コレモ肉まん? 同じデスカ違いマスカ?」
 ルートが示したのは、「特選黒豚肉まん」だった。見た目は変わらないが値段が違う。ふと気付くと、菊たち以外の客もこのやり取りを見守っている。
 フェリが言うところの、「菊のような目つき」を浮かべて。
「違います。こっちのほうが美味いって……え〜っと」
「美味イ?」
 それならそっちに変えようか、とルートは悩んだ。しかし、その様子を見た店員は、自分の言葉が通じなかったかもしれないと焦ったようだ。
 呼吸を整え、店員は慣れない応対を試みる。
「イエス! も、モア デリシャス!」
 よくやった店員。頑張った店員。周囲の客たちがそろって暖かい視線を店員に向けた。
「デハ、オイシイノヲフタツ」
「ご注文確認します。あんまんひとつ、特選黒豚肉まんふたつでよろしいですか」
「ハイ」
 客たちがほっとした表情を浮かべるのを見て、フェリは大喜びしている。
「他人事なのに、どうして皆嬉しそうなの?! 本当に、菊んちの人たち可愛くて理解不能!」
「この感じを『微笑ましい』って言うんですよ」
 へー。と答えたフェリは、菊の背中にくっついて幸せそうに笑った。
「でも俺、このやり取り見てるの、好きなんだ〜。ワクワクとも、くすぐったいとも違う気分になるんだよね」
 菊んちの人たちの気持ちが伝線したのかな。とへらへらと笑うフェリの頭を、ルートの手ががっちりとつかんだ。
「お前たち、なにしているんだ」
「あ。買い物終わった? モアデリシャスな肉まん買えた?」
「もちろんだ」
 さっさと店外に向かうルートを見ながら、最後にフェリがそっと囁いた。
「日本では、『2』の意味でVサインするでしょ? ルッツは普通そんなことしないから、あれを見るのも楽しみなんだ〜」
 言われてみればその通りだ、と菊は改めて感心する。
 買い物でここまで楽しめる友人たちとの時間は、菊にとっても興味深く楽しいものだった。
「ほら、暖かいうちに食べようよ」
「菊のはこれだ」
 ほのぼのとした温かさを分かち合い、三人は仲良く家路についた……のだが。

 その場では誰も気付けなかったが。明るすぎる店内でべたべたくっついていたフェリと菊は、通行客の注目を集めまくりだった。
 知人に「大胆ですね」と言われて事実を知った菊は、いつも観察者である自分が目立っていたとは思いもよらず。
(これからは、外でのスキンシップは禁止と厳密に言い聞かせなければなりませんね)
 あの人たちは目立ち過ぎるんです。などと、フェリが聞いたら嘆きそうな決意を新たにした菊だった。




 終



*拍手御礼第17弾でした。

 コンビニの店内って、結構外からよく見えますよね。
 買い物や立ち読みしている知人に気がつくこと、ありますよね。

 異国の方が日本語操るのを、はらはら見守ってしまう事、ありますよ……ね?

 Vサインについて、解説します。
 日本では「二つ」と注文する時、人差し指と中指を立てます。
 しかし、ドイツでは親指と人差し指を立てるんです。(イタリアもそうだったと記憶しています)
 さらに、日本では掌を相手に向けますが、彼らは手の甲を向ける。
 つまり日本式はドイツ人にとって、注文の途中で突然vサインされたことになるんです。
 理解不能、って顔されます。
 その上。彼らにとっては『1』で親指が立っているのが前提。
 かなりの確率で「2? 3?」と聞き返されます。
 私はこの事実にしばらく気がつけず、店員さんたちを困惑させてしまいました。
 うん、でも私も困ったよ。 なんで相手が困ってるのか判らないんだもの。


 そしてすいません。
 ほのぼの外国人を見守る人たちを書きたかったのですが、オチが思いつかなかった(苦
 ボツろうかと思ったけど、季節物だしいいや! と勢いであげさせてもらいました。



Write:2011/02/03

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