あなたの知らないクリスマス
街にクリスマスイルミネーションがあふれ、耳にはクリスマスソングが響く。 この行事が日本に持ち込まれてまだ100年に満たない。だがいつの間にか菊は、この時期になると軽く心が躍るようになっていた。 元々、年末年始を大切にする習慣だった。だから、この時期が特別なのは前からなのだが。 以前はもっと、粛然として気が引き締まる感じだった。それが今では、羽でくすぐられるようにふんわりとした感触を受けるようになっている。 「……まあ、世は人につれ変るものです」 「何だじじい。世を儚むにはちっと早いんじゃねえ?」 目の前に座った男が、にやにや笑ってこんなことを言う。菊の口からはため息が漏れた。 「全く。健全であるべきクリスマスを、なぜ貴方のような人と一緒に過ごさねばならないのでしょう」 「クリスマスだから、だ。お前がひとりでさびし〜いクリスマス祝ってるんじゃねえかと、わざわざ来てやったんだぜ? 清廉潔白にして品行方正な俺様、まさにクリスマスの使者だろうよ。感謝しろってーの」 と、ギルベルトは椅子にふんぞり返って高笑いだ。 「クリスマスも、わが国に受け入れられる過程で独自の進化を遂げまして」 ギルに冷たい視線を向けて、菊が答えた。 「本来は家族で過ごす日なのでしょうが、わが国では、年越しの日がそれにあたります。クリスマスは『恋人たちの日』として認知されているんですよ。
そんな日に、男同士で過ごすしょっぱさは、貴方には判らないでしょうけど」 健全じゃねえじゃん。と心の中で突っ込んではみたものの。菊に深々とため息をつかれ、ギルは戸惑った様子を見せる。 「……もしかして、先約があったのか?」 「あったら貴方なんて追い返してますよ」 菊がひとりさびしいクリスマスを送っているんじゃないかと心配したのは、実は事実なのだが。 愁いを帯びた風情で断言されると、(もしかして、俺の予想より深刻?)と気になって仕方がない。 「いや、すまん。俺様、この国の事情を理解してなかったかも?」 ギルの返答を聞いて、菊は少し笑った。 「下調べもなしにどこへでも突撃できる貴方は、ある意味すごいですよ。何があっても自分で何とか出来る方だからなんでしょうね」 言いながら菊はくすくす笑いが止まらない。
「床下が不安だからと、座卓の上で寝た人は貴方だけですから」 「古い話だなあ、おい」 それは、ギルが初来日した時にさかのぼる。菊の家に泊ったギルは、部屋の端にずらした座卓の上に布団を敷いて、愛剣を抱いて休んでいたのだった。 「あのころはまだ、俺の国も物騒だったからな。寝ている時でも用心が必須だったんだよ。 たとえ遠国でも、床の真下を人が通れるような部屋で、横になんかなれるかってーの」 いつ暗殺されるか判らない時代を生き延びた、かつての戦士はふてぶてしく笑った。 「あのときは、体を横たえただけまだましだ。本国じゃ壁にもたれて寝てたんだぜ」 身を起こす一瞬が命取り。そんな時代がたしかにあった。 「女とだって、同衾しても一緒に寝たことはねえな」 「そうだったんですか」 彼を殺してもプロイセンという国はなくならなかっただろう。しかし、一縷の望みをかけて。あるいは単に怨恨から、彼を狙う者が存在したのだろうと菊は受け止めた。 町を流れるクリスマスソングが、空しく響くような回想だった、が。 「……俺が抱いて寝たのは、ルッツだけだ」 「!」 べしゃっとテーブルに突っ伏す菊。それは多分、ルートがまだ幼かった時の話だろう。 もちろんそのはずだ。それ以外あり得ない、考えちゃだめだ考えちゃ。 「ん? どうした急に」 テーブルにしがみついて身を震わせ、何かに耐えてる風情の菊にギルが声をかける。 「その……そういう発言は……ウチのお嬢さんたちが喜びますので……ちょっと」 「なんだ、それは」 しばらくして顔を上げた菊は、顔が赤く染まっている。照れたり恥ずかしがったりしているわけではなく、どうも笑いをこらえていた様子だ。 「申し訳ありません。私、年末のとあるお祭りの影響を受けてます。だからちょっと……」 「ウチのお嬢さんってことは、ヤマトナデシコの祭りか? なんだ。兄弟ものでも流行ってるのか」 「……ええ、まあ」 こらえきれず、吹き出してしまった。
兄弟愛がテーマのドラマでも流行っているんだろうと、ギルはのんびりかまえているが。知らないとは恐ろしい。この調子で爆弾発言されたらこちらの身が持たないと、菊は思う。 とうとう笑い出した菊を見て、「お前、若い奴らの影響受けすぎじゃねぇ?」と、あきれたようにギルが言う。 「自分でもそう思います。ちょっと、仕切り直しが必要ですね」 軽く自分の頬を叩いて、菊が表情を引き締めた。 「さっきも言いましたが、わが国のクリスマスは事実上『恋人たちの日』です。つまり、恋人のいない人にとってはいろいろ寂しい日でもあります」 「それがどうした」 「街中でいちゃいちゃしやがって畜生。何がクリスマスだ、こんなものがあるから不幸になる人間もいるんだ! ……などという怨嗟の声が街に満ちる日でもあるんですよ実は」
暗い笑いを浮かべて呟く菊が、何だか怖い。「お嬢さん」から「若い男性」に気持ちをずらしたらしい。 「おい。なんでクリスマスにそんなグロい感情むき出しになるんだよ!」 「そういう一面もあると言う事です。さあ、貴方の知らないクリスマスにご招待! まずは『クリスマス死ね死ね団』のオフ会に参加しましょうか」 何だか知らないが、菊の触れてはならない領域に手を突っ込んでしまったらしい事をギルは知った。日本文化恐るべし。 「いや、俺様そういうのには縁がないから。普段からモテモテだし」 「なにを御謙遜。貴方のその、全身から漂う不憫感があればどこに行っても顔パスですよ!」 くすくすと笑いながらもしっかりとギルの腕をとり、逃がすまいと引っ張る菊。 「さあ、行きましょうか」 「ちょっと待て、何故俺がそんなものにつきあわなきゃならないんだ」 「うちに来た以上、拒否権は認めません。あきらめて接待されてください。こうなりゃ一蓮托生です」 やたら嬉しそうな菊に一晩中引きずり回されたギルが何を見たのか。彼の口から語られることはなかったという。
終
PS. 「昔はあんなに可愛かったのに……すっかり汚れちまってよぉ」 「身体は綺麗ですよ。二次元愛の賜です」 「それ、何かおかしいだろう!」 「貴方こそ適応力が足りないんじゃないですか?」 「お前は適応し過ぎだ絶対!」
*というわけで「ギルと菊でクリスマス」でした。 すすすすすすいませんっ。もう私、逃げていいですか(及び腰 実はこれ、二本目です。初めに書いたのは、自分設定丸出しの過去話でした。 書き上げてみると、どうも面白くない。何度か手直しもしたのですが、駄目でした。 そんなわけですっぱり切り捨て、逆に走らせていただきました。 オタ菊さん登場です。シリアス路線の真逆をいく、ギャグになってしまいました。
ご期待に添えてないだろうと思うと心苦しいです。とにかくそれではっ!
Write:2009/12/21
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