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おもいでクリスマス
☆クリッペというのは、キリスト生誕を再現した人形飾りのことで、ツリーと同じくらい大切なものです。 それぞれの家で大切に引き継がれた人形を飾ったりするのは、ちょっとお雛様に似ている気がします。 時代や好みや家族構成によって、新しいものを少しずつ買い足していったりします。
クリスマスは、大切な行事だ。
一か月前から家をきれいに磨き上げる(いつも綺麗だが、より念入りに)。シュトレンやレープクーヘンを焼いて、ケラーに保管。当日には味がなじんで丁度食べごろになる。 アドベントキャンドルを灯し、カレンダーを飾り、友人にはカードを送る。 家族内で誰のところに集まるか念入りに相談し、プレゼントを用意するのも楽しみだ。 それぞれの家でクッキーを10種類くらい自作して準備する。ドイツでは、男の子でも10歳くらいになればクッキー作りに参加するのが普通だ。
ホストの家ではモミの木を用意する。近所のスーパーの駐車場などにツリー専用会場ができるから、自分で買いに行って担いで帰る。高さ2mくらいならアパートでも楽々入るから、ツリーは大きなものから売れてゆく。
ギルとルートも、ふたりで枝ぶりの良いモミの木を選んで自宅へ運び、居間にしっかり飾った。暖房設備のメンテナンスも、薪の準備も滞りない。 それらの工程を浮き浮きとこなしてゆく弟を見ながら、ギルもまた、押さえても気持ちが高揚してくる。 (なんだよおい。俺たち、それどころじゃねえだろうよ) つい先日、彼らは再会したばかりだ。ふたりとも(特にルートは)忙しい日々を送っていた。せっかく同居を始めたのに、お互いの顔をろくに見ないほど不規則な生活が続いている。 ……にもかかわらず、クリスマスの準備が着々と進んでいるという事実に、ギルは久しぶりに見た弟の凄さを感じてしまった。 今日はルートが「クリッペの人形が欲しい」といいだしたので、クリスマスマルクトに来ている。 広場に整列した屋台には、きらびやかなオーナメントが所狭しと並べられている。店によって金属製、ガラス製、木彫りなど種類も豊富だ。 もちろん飲食物を扱う店もたくさん並んでいるので、広場は暖かくて食欲をそそる香りに満ちている。 ギルは何度も、ゆるんでくる己の表情を引き締めようとしていた。しかし、この場所でしかめっ面をしようとする方が無理だ。ここには、夢と家族愛に縁どられた幸せがあふれている。 こんな場所で、緊張を解くまいと必死になっている自分に、ふと自嘲の笑みが浮かぶギル。 今までの数十年、自分にできる限りのことをしてきた。力を尽くしたという自負はある。それでも、この平和の中で気を抜けない程度には、常に緊張を強いられてきたのだろうと自覚してしまう。 だが。それはおそらく、他の兄弟も同じだったはずだ。と、当然のように彼の思考は進む。 クリスマスには、その兄弟たちもベルリンに集合する。お互い、顔を合せなかったわけではないのだが、プライベートな時間を共有できるのはどれくらいぶりだろう。 いつか、すべての苦労が思い出色に染まるころには。お互いの昔話をかわせるようになるだろうか。 そんなことをぼんやり考えていたギルの背を、ルートが軽くつついた。 「兄さん、この店だよ」 クリッペを扱う屋台ばかりが並んだ一角に、その店はあった。陶製のつややかな人形が並んだその光景に、ギルは見覚えがあると思った。 「この店は……」 「覚えていたか」 そこは、まだ幼かったルートを連れてはじめてクリッペを買いに来た店だった。店主はとうに代替わりしているが、あのころと変わらない伝統デザインの陶人形が、ちんまりと店内に飾られている。 「ああ。お前が珍しく色々おねだりしたからな」 クリッペを飾るのに必要な人形を、一通り買った気がする。一見同じような陶人形を、並べて真剣に選ぶ様が可愛かったな。などと、思い出は次々浮かんでくる。 「そうか、覚えていてくれたか……ところで、何を笑っているんだ兄さん」 今ではギルより大きくなった弟が、あのころと同じように小さな人形を選んでいるのだ。これを微笑ましいと言わずになんとする。ルートが微妙な困惑顔をするのがまた楽しくて、ギルはしばらく一人で笑ってしまった。 いくつかの人形を買い、ふたりはマルクトをぶらぶら見て回る。途中屋台で食べ物や温かいワインを補給しつつ歩くのは、楽しい。 「これを買った時に聞いた話を、俺は今でも覚えている」 「ん? なんのことだ」 問い返すとルートは、ぽつぽつと語り始めた。 「『俺たちに親はいないのか』と、兄さんに聞いたんだ。聖母子を見て、なんとなく思いついただけだったんだが。自分が国だという自覚が、どこかまだ身についていなかったんだろうな。 するとあなたは、こう答えたんだ。 『いいかルッツ。俺たちはなぜ、人間と同じ姿なんだと思う? それは、俺たちが国土と国民から生まれたからなんだぜ。 まず土地があって、次にそこに住む人がいて。彼らが心から望んだ時に国が生まれる。 だから俺たちはこの姿なんだ。親に似たって、わけだよ。 判ったか? 他の奴らのように母親の腹から生まれてないけど、そんなに違いはねえよ』」 ふぅ。と小さく息を吐いて、ルートは語り終えた。 「あのころはよく判らなかったが。何かあるとあの言葉を思い出していた。 あなたが何を言いたかったのか、少しずつ理解できたんだろう。 ……俺が何者なのかを、教えてくれてありがとう兄さん」 「そーんな話、したっけかなぁ」 厳粛な面持ちで語った弟に、兄はいとも軽々しく返答した。 「あれだ。お前がべそかいてたから、なにかつじつまの合う話しなきゃと思ったんじゃねえかな。 いや、そうか。お兄様の話を大切に覚えていたんだな。可愛いなぁ俺の弟は」 可愛い、あぁ可愛い。などとほざきつつ弟の頭をなでまわすギル。 「え? その場しのぎの話だったのか?」 頭を押さえられて変な体勢になりながら、ルートは必死に声を張り上げる。 「言うんじゃなかったぞ、くそっ。俺の感動を返してくれ、この馬鹿兄っ!」 「そこまで真剣に兄の話を聞いていたとは、俺様超感動」 「俺は完全に気が抜けたぞっ!」 マルクトの中でじゃれあったら、さすがに迷惑。どちらからともなくちょうど通りかかった教会の石段に並んで腰を下ろした。 まだふてくされている弟と背中合わせに座り、ギルは心の奥でそっとつぶやいた。
……誰が、忘れるものか。
弟を、ドイツ帝国として立てるために奔走していたあのころ。
バイエルンとザクセンの内諾をとっても、それは中立よりやや近づいたという程度で。他の王国や公国も似たような反応だった。
列国との仲にいたっては、言うに及ばず。喰われないためには、隙を見せないよう気を張ってなければならない。 ルートに質問されたのは、そんな時期だったと思う。 「親はいないのか」と聞かれた時。もし自分に何かあった時、彼が置かれる立場の孤独さを思い、心が凍った。かつて最後を見とる羽目になった少年の事が脳裏をよぎったせいでもある。 もちろん、ギルには弟を残して……などという気は全くなかったが。それでも言わずにはいられなかった。 お前はひとりじゃない、と。 そうはっきり言うと孤独を実感させそうだったので、苦肉の返事だった。 とっさにしてはうまく誤魔化せたと思っていたのだが。ルッツが彼の思った以上の受け止め方をしてくれたとは、想像もしていなかった。 (やっべ、俺感激してるぜ。こんな顔、ルッツに見せられねぇよ)
何か言ってやりたい。誉め倒したい。……いや、駄目だ。俺より立派になった弟に、いまさら何を言える。
弟の頭をゴリゴリ撫でながら、ルートにばれる前に目じりに浮かんだ涙を何とかしようと頭を巡らすギルだった。
終
*リクエスト第二弾。「ギルッツでクリスマスマルクト(=マーケット)」でした。 ここ一カ月、ギルを中心に話を考え続けていました。 彼だけは、リクエスト話すべてに登場しますので。
考えすぎて、自分設定が暴走してしまいました。 こんなキャラでいいのかなぁ、いやうちのプーさんはちょっと親父入ってるんだ! と、変な気合入ってます。
しばらくギルの話はお休みします。自分設定少し抜かないと、キャラが変質しそうなので。
Write:2009/12/22(TUE)
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