とっぷてきすとぺーじクリスマス企画 本文へジャンプ


これからがクリスマス




 12月23日、朝早くからギルは誰かに叩き起こされた。
「な、何だおいっ」
 外は真っ暗だが、この季節の夜明けは8時過ぎだ。だからそれはいいのだが、問題は起こしにきた相手だ。
「ほら、今日は忙しいんだからさっさと起きて。寝室を空けてくれないかな」
 ベッドからギルを(足で)押しだそうとしているのは、マックスだった。何故こいつに起こされるのか。ギル的に「理不尽なできごと」だったので、とりあえず彼の足を手加減なく引っ張り返すことにした。
 いきなり股裂き技をかけられたマックスが、悲鳴をあげる。
「何するんだよギルっ」
「俺を起こしていいのはルッツだけだ! 断りもなく寝室に入ってくるんじゃねえ!」
 ベッドに登って座り込んだマックスは、「何寝ぼけたことを」と呟いた。
「先週言っておいただろ? クリスマスには兄弟が泊りに行くからって。君の寝室にもエキストラベッド入れるんだから、どいてくれなきゃ困るんだよ」
 さあさあさあ。と促され、ギルはベッドから追い出されてしまう。壁のカレンダーに目をやるが、今日はどう見ても23日。
「どっちが寝ぼけてるんだか。イブは明日だろうが。ってーかお前、どうやってベルリンまで来たんだ?」
 まさかこの厳寒の季節に、深夜のアウトバーンを走って来たんじゃないだろうな。と、ギルは渋い表情になった。。
 この国の道路は、寒いくらいでは閉鎖にはならないが。アウトバーンがアイスバーンになった危険な道路の走行には、「自己責任」という言葉がもれなくついてくる。
(事故ったらどうする気だバカ野郎)。と思っても口にするのをためらったギルに、マックスはにやりと笑って見せた。
「もちろんDB(=ドイツ鉄道)だよ。思い立ったら我慢できなくて、とにかく北に向かう列車に飛び乗ったんだけどね。やっぱり接続が悪くて、ライプツィヒで夜明かししちゃったよ」
「ICE(=インターシティ・エキスプレス)使えば一発で着けるのに何やってるんだ?! やっぱりお前は、バカだ!」
 朝っぱらから、お兄ちゃんの罵声がバイルシュミット宅に響き渡った。


 怒鳴るギルを半ば無視して、マックスは手際よく寝室を「簡易合宿部屋」に模様替えし始めていた。
 手を出そうとしたギルは「それよりまず、朝食に行けば?」とすげなくあしらわれ、着替えてとにかくキッチンに向かう。廊下に出てみると、何やら家の中全体がざわめいている気がする。
 いぶかしみながらキッチンに入ろうとしたギルは、大きな障害物に道をふさがれてしまう。
「どしたが?」
 振り返ったのは、柔和な顔立ちの大男。ナイフでサラミをスライスしているところだった。
「ヨナ? お前ここで何してるんだ」
「朝食作っとるまい」
 それは見たら判るが。なぜこいつまで居るんだ。そう思ったギルの背後から、さらに別の声がかかった。
「なにしよるっけ? ギルもこっちへ来るっちゃ」
 銀の短髪をスカーフにくるんんだ美女が、彼の手を引く。「朝ごはん食べまっし」と言いながらあっという間に、ギルを居間の一角に座らせてしまった。
「え〜。ハンナ、お前まで来てたのか」
「そやっちゃ! 皆でクリスマスするが楽しみで、へだいと(=早く)来られたがや」
 くすくすと楽しそうに笑って、 ハンナは「準備からがクリスマスっちゃ」と宣言。「なるほど」と呟くギルにコーヒーを渡すと、彼女は足取り軽くキッチンに戻って行った。
(そうか、明日の準備に来たのかこいつら)
 クリスマスは全力で行うのが彼らの習慣だ。そうなのだが、久しぶりに会う兄弟がこんなにノリよく集まってくると思ってなかったギル。 
(準備がそんなに楽しいのか?)
 そう思いながら居間を見回すと、暖炉のそばでクリッペを組み立てている男がいる。フィギュアを並べる厩のジオラマを、黙々と制作中だ。材料持ち込みなのは明らかで、これまた気合が入っている。
 手伝おうか。と声をかけようとしたギルの肩が、軽く引かれた。見るといつの間にか隣にジークが座って、コーヒーを飲んでいる。
「ヴィルは凝り性だから、手を出さない方がいい。多分今日ずっとアレにかかりっきりだ」
「あ〜。そうだったなあいつの性格は」
 答えてから、「ん?」と我に返ったギルが、おもわず「お前まで、来てたのか」とツッコミを入れてしまった。
「忙しいから、と招集された。俺は買い出し要員らしい」
 時計を見上げたジークが立ち上がる。そろそろスーパーの開く時間だ。ひらりと手を振って部屋を辞すジークに、「俺も行こうか?」とギルが声をかけた。
「いや、大丈夫だ。お前は……アドベントカレンダーでも開けてろ」
「うぉいっ! そりゃお子様の仕事だろーが!」
 怒鳴るギルの耳に届いたのは、ジークの笑い声だけだった。


 ギルが再び廊下に出ると、上の方から「危ないよ!」と声がかかった。とっさに下がると、屋根裏に続く階段から、毛布やクッションが落ちてくる。
「あ。ギルいたんだ。当たらなかった?」
 その声と共に、マットレスを担いだマックスが降りてくる。「ああ」と答えると「そりゃ残念」とイイ笑顔で返された。
「なんで寝具降ろしているんだよ」
「うん。結局屋根裏部屋をハンナとリーザに使ってもらうことにしたから。ジークとテオは君の部屋ね」
 言いながら器用にマットレスや毛布をまとめて抱え、客用寝室へ向かうマックス。寝室は普通、その家の者が割り振るのだが。彼らは適当に相談して自分たちで決めているらしい。
 何となくマックスの後ろについて歩こうとしたギルの前を、黒い服に身を包んだ男が横切った。
「神の恩寵を」
「よお。久しぶりだなロブ。お前がアウグスブルグを離れるのって、珍しいんじゃねえ?」
 ロブは長年神学一筋に打ち込んできた、兄弟の中ではちょっと毛色の変わった男だ。世俗にかかわらないと誓いを立てたと主張して、早い話が引きこもり生活を満喫している。
「マックスが迎えに来てくれたんです」
 それは迎えというより、巻き込まれたんじゃねえのか? とギルは思ったが、ロブが珍しく楽しそうなのでまあいいかと思い返す。
「貴方も靴下を出してください。飾りますから」
「ああ? また、古典的なことやるんだな」
 ギルが言うと、一族の中では小柄な男が真顔で答えた。
「リーザのリクエストです。全員の靴下が並んだ所を、どうしても見たいそうですよ」
「そりゃ、やるしかねえな」
 そういうことです。と微笑んだロブに「後で持っていく」と告げて、ギルはその場を立ち去った。


 時刻はそろそろ午前が終わる。今のうちに犬たちに運動させておこうか、とギルが庭に回ると。
 そこにもすでに人がいた。脚立に座ったエリクと、ペンチを握ったテオが、何やら言い合っている。
「エリクお前、本っ当にセンスないな。電飾は俺がやると言ってるだろう」
「余計な手出し、すなや。こりゃあ、わしの仕事や」
 見るとふたりの足元に、段ボール箱が開いている。中から長いコード状のものがあふれているが……。
「お前ら、何やってるんだよ」
 声をかけると、そろってギルに視線を向けてこう言った。
「ガーデンイルミネーション」
 最近流行りの、庭を彩る電飾の事だ。だが、ドイツではまださほど一般家庭には普及していない。
「いや、さすがにアレは浮かれ過ぎというか目立つというか……まさかこれもリーザの希望?」
 テオが首を横に振った。リーザと暮らしている彼の答えだから、間違いないだろう。
「じゃ、エリクの趣味か?」
 問うと、エリクが黙って頷いた。口下手な彼は、テオの口出しに若干イラついていたらしい。
「それなら、自分ちで好きなだけ飾ればいいじゃねえか」
 肩をすくめてギルが言い放つと、彼は小声でこう答えた。
「恥ずかしきに、嫌じゃ」
「俺んちならイイってのかよお前は!」
 声を荒げたギルは、テオに屋内へ追い払われてしまった。


 居間には温かい匂いが満ちている。ヨナとハンナが料理を一手に引き受けたのか、朝からキッチンにこもりっぱなしだ。
 グリューワイン(=ホットワイン)でも作ってやるか。と立ち上がったギルの背が、くいくい引っ張られる。
 振り返ると、三つ編みの少女が彼を見上げていた。
「リーザ、どうしたんだ」
 腰を落とし、目線を合わせて問うと、少女は嬉しそうにギルに抱きついた。
「また少し、背が伸びたか」
 抱きしめ返すと、少女は嬉しそうにくすくす笑う。
「ギルベルト兄様、いつもそう言うね」
「大事なことだろうよ。それに、成長を実感できるってのはイイ事なんだぜ」
 頭をなでて優しく告げると、リーザは甘えるようにギルに頬を寄せる。
「そういえば、朝からルッツを見てねえな」
 どんな連想か、ギルの口からそんな言葉がこぼれた。
「ルートヴィヒ兄様は、ローデリヒさんとエリザベートさんのお迎えって」
「あいつら、来るのかよ」
 ギルは、「わたしははじめて会えるから、楽しみ」と笑う少女に聞こえないよう、そっと呟いた。
「お客さまのためにも、お仕事しなきゃ」
 ギルの膝から滑り降りると、リーザは手に持った袋をギルに差し出した。開けると中には、リボンで吊るせるように細工したクッキーが詰まっている。
 天使の形をした型抜きクッキーには、ひとつひとつアイシングできれいに飾られている。なかなかの力作だ。
「これ、お前が作ったのか」
「はい!」
 ツリーのオーナメントには実にたくさんの種類がある。ありすぎて、皆が自分の飾りを持ち寄ると「のみの市」の様相を呈したカオスなツリーになってしまうほどだ。
 そのため、各寝室にもモミの木を飾ってミニツリーを作る。 お互い、兄弟の部屋のツリーを飾りあうのも習慣の一つだ。
「ギルベルト兄様、手伝ってくほしいの」
 にやりと笑って頷くギル。やっと仕事が回って来た彼は、少女の手を取って客用寝室へ向かう。
 庭ではまだ飾り付けの騒ぎが続いているし、キッチンではマックスも加わって下ごしらえに余念がない。
 靴下を飾り終えたロブは、ヴィルと語らいながらクリッペ作りに参加している。その横を、ビール箱を両肩に担いだジークが通り抜けていた。
「メリークリスマスって、感じだよな」
 ギルが呟くと、「家族みんなのクリスマスっ!」とリーザが笑う。少女が指差す壁には、大小様々の靴下が、一列に整列している。
 ちなみに一番りっぱなのはリーザの靴下で、子供用そりが入りそうなほど巨大だ。
(買ったのはテオか。あの、馬鹿兄)
 自分の過去を遠くの棚に上げ、ギルはケセセと笑った。

 平和なクリスマスまで、後一日。

 この家族に、幸せが訪れますように。


 終





*捏造兄弟でクリスマス、でした。
  パーティでは個性を書きわけ難かったので、クリスマス準備だよ全員集合! になりました。
 私の好みだと、ドイツ兄弟は何人いてもいいんです。でも、書くとなると限界があって。
 これくらいの人数が精一杯です。すでに、ルートをからめる余裕はなかったです。

 最初は「クリスマス準備の指揮を執るギル」みたいな話で考えてました。
 しかし、ドイツの人は自分で仕事を見つけてどんどん働いてしまうので、気がつくとこんな話。
 ギルが、休日のお父さんみたいになってます(笑

 ウチの捏造家族ですが、実は国じゃない人がいます。一人はロブ。彼はアウグスブルグという都市です。
 もう一人がリーザ。彼女はルートを兄様と呼ぶ、まだほんの子供です。
 時間軸は「おもいで〜」と「あなたの知らない〜」の間になります。
 
 これですべてです。ちびドイツバージョンには手が届きませんでした。
 何とか予定通りに書き上げる事が出来て、良かった(ほっ
 リクエストくださった方、読んでくださった皆様に厚く感謝します。



Write:2009/12/25

  とっぷてきすとぺーじクリスマス企画