菊が二人を自国へ招待したのは、夏季休暇というには少し早い7月初めのことだった。
彼の感覚だと、真夏を選んでわざわざ客を呼ぶなど正気の沙汰ではないのだが。ルートの国は冬中厚い雪雲に閉ざされる国土のせいか、とにかく「暑いという感覚が好き」なんだそうだ。
「ルッツんちの人は、夏にはこぞって南下バカンスに向かうんだぁ」とフェリに聞かされ、「そこまで言うのなら受けてたちましょう」という気分になった菊だった。
そして。菊がまず選んだのはTDL。その選択に驚かれはしたが、二人ともあっさりと承知した。
行ってみて判ったが、実はルートの方がTDLに興味があったらしい。ルートが大いに照れたり恥ずかしがったりするだろうという菊の予想は大きく外れた。
真顔でクマさんのポットに乗るわ、ゾウさんで空を飛ぶわと、想定の斜め上を行くノリノリっぷり。菊は肩透かしを食らったまま、とりあえずその様を写真に撮るしかなかった。
それでも「招待したからには楽しんでもらわないと」と張り切ってしまうのは、菊の性(国民性?)とでも言うべきで。
男三人で悪目立ちしながら、菊推薦のアトラクションを次々制覇。存分に楽しんだ彼らは今、パレード見学に移動する人々を見ながら木陰で休憩していた。
「まるで、祭だな」とルートが呟く。
「はい。私結構ここに来るんですよ」
彼らのやり取りはごく平凡だが、ふたりにとっては少し意味が違う。
一見ただの観光客の菊たちは、実は国家が仮初めに人の姿を取っている。なので世界規模で経済が傾くとそろって風邪を引いたり、国内政情が不安定になると、格段に体調を崩す。
不況に国民がおびえると気鬱になるし、逆に彼らが浮き立つと心が弾む。
そんな彼らにとって、多くの人が前向きに遊び倒し、楽しむために集う場所が不快なわけがない。その場に漂うオーラは、菊流に言えば「温泉につかっているようなもの」ということになる。
「私もじじいですから。たまには癒されに来ないと疲れがたまって」
菊が言うと、「そんなものか」とルートがくすくす笑う。
「俺は、菊がはしゃいでいる所が見えて大いに癒されたな」
「え。ちょっとまってくださいよ。それは貴方の事でしょう」
要はお互い、それくらいストレスを発散中ということだが。自分の事はあまり認めたくないらしい。
そこに、ストレスにおよそ縁のなさそうなユルい雰囲気の青年が戻ってきた。
「ただいま〜。ねえねえ、ここのショップすごいよ! 可愛いものいっぱい売ってる上に、店員さんがさらに可愛い娘ばっかりでさぁ」
僚友が休憩したのをいい事に、グッズショップに突撃していたフェリシアーノだった。いつものようにマイペースに喋っていた彼が、ふと口を閉ざす。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
フェリが珍しく空気を読むくらい、菊たちの様子は変だった。ぽかんと口を開けていたルートが、口火を切った。
「お前、その頭につけているのは何だっ」
フェリの茶髪からは、
小動物(おそらく、リス)の耳が生えていた。確かに周りを見渡せば、キャラ耳を装備した客はいくらでもいるのだが。
「そんなものが似合うって、成人男子としてどうなんだ全く」
などとルートを嘆かせるくらい、それは違和感なかった。なさすぎた。
「うん、店の娘も『似合う』って褒めてくれたよ。その娘、俺より英語が上手くてまいっちゃった。何語で口説こうか迷ったんだよ本当」
聞かれもしないことまでぺらぺら喋っていたフェリは、巨大ショッピングバックから次々キャラ耳をだして並べ始めた。
「せっかくだから二人にも着けてもらおうと思って、選んできたよ」
「選ぶなそんなもの」
疎ましげに呟くルートにかまわず、フェリは
黄色いクマの耳を手に取った。
「はい、ルッツの分」
「私はこちらが良いかと思います」
菊がちゃっかり手にしたのは、
白猫の耳(ふわふわタイプ)だった。
「おい。ちょっと待て菊まで何を言う。冗談はよせ」
フェリと菊は顔を見合わせ、ふふふと楽しそうに笑った。思わず立ち上がったルートの腕を、フェリがしっかり捕まえる。
その間に菊は、
黒くて丸い例の耳(赤いリボンつき)を、自ら装着してみせた。
「可愛いは、正義です」
などと告げる彼の顔には、今まで見たことがないほどの笑顔が張り付いていた。
「さあ、ご一緒に」
う〜わ〜。菊の奴、フェスティバル・ハイだ。と、今更気付くルート。
人間でも祭の雰囲気に飲まれることはよくあるが、彼らは上記の理由でさらに周囲の影響を受けやすい。今の菊はすでに、酔っ払いに等しい。
しかもまもなくパレードが始まるときている。いまや観客の期待と興奮は上り詰める一方で、そうなると菊は……。
「しかたない」
潔く、彼はすべてを諦めた。菊につける薬がない以上、どうしようもない。
「せめてそっちの
虎耳にしてくれ」
重々しく告げるルートだった。
その後三人で写真を撮ったり撮られたり、スタッフに頼んで三人で「TDLに来ました」的な構図で撮ってもらううちにいつの間にか観光客に写メで撮られたりと、わけの判らない時間をすごした後。
一行はとあるアトラクションの近くで休憩していた。
「あ〜。俺、こんなに笑ったの久しぶりだよ〜」
フェリがこう言うくらい、今までのはしゃぎっぷりは半端じゃなかった。
「でも、いいよね〜幸せで。俺、毎日こうだったらいいなぁ」
「毎日は困るが、たまになら……まあ、な」
ふたりとも、狂騒状態が醒めて頭が空っぽだ。地面に直接座り込んだルートに、フェリが背中合わせにもたれた状態で、ぼんやりした会話を交わしている。
「あ。この曲。ルッツ知ってる?」
目の前の極彩色アトラクションから、聞こえてくる音楽。世界中の言語で同じ歌を唄うという、存在自体がおとぎ話のようなイベント。
ああ、もちろん。と答えるとルートがその歌を口ずさみ始めた。
曲の理念に敬意を評したのか、独語だった。彼の背中から響く低音の振動を楽しんでいたフェリは、いつの間にか同じ歌を口にしていた。
もちろん、伊語で。
三人分の飲み物類を購入した菊が戻ると、なぜかふたりが唄っていた。
声を張り上げるというほどではないが、よく通る声だから周囲が気がつかないはずがない。
短い曲を繰り返し、あろうことか違う言語で。しかし、そんなことが気にならないくらい音質はぴたりと揃っている。
多分、今までにもこうしてふたりで唄ってきたのだろう。楽しいときも……おそらく苦しいときも。
そう思うと菊は少しうらやましかった。
彼に先に気付いたのは、ルートだった。菊を見て一瞬何か考える表情を見せたが、息継ぎの後歌を英語に切り替えた。
それでフェリも菊に気付いた。唄いながら立ち上がると、菊に向かって両手で「こっちへおいで」とゼスチャーする。
ああ、そうか。と菊は思う。
今までのことをうらやんでも仕方がない。今そしてこれから、一緒に唄う機会が持てれば。それを繰り返すことを、彼らとならできると信じよう。
思い切って一歩二歩と踏み出すと、菊は彼らと並んで同じ歌を唄い始めた。
ちいさなせかい ひとつのせかい まんまるせかい ちいさなせかい
警備員が飛んでくるかと危惧したが、そんな気配もなく三人は再び座り込む。
「ああもう、今更恥ずかしいですよ。すっかり注目の的ですし」
菊に言われて、二人は首をかしげる。
注目の的といわれた場合。ルートの国なら人垣にびっしり取り囲まれているし、フェリの国なら口笛と拍手喝采にあふれているはずだから。
しかしそう言われて見ると、周囲の客の顔がこっちに向いている気がする。ためしにフェリが手を振って見せると、少女たちがきゃーと笑み崩れ、控えめに手を振りかえしてきた。
そのまま首をめぐらせると、目のあった人が頷いたり拍手の仕草を見せたりする。
どうやら、本当に注目されていたらしい。
「ねえ、菊」
「なんですか」
「菊んちの人たちって、本当に可愛いよねぇ」
フェリが言うと、菊もちょっと微笑んで答えた。
「身内ごとで恐縮ですが、私も少しそう思います」
ルートが「そろそろビールが飲みたい」と言いだしたので、一同は場所を変えることになった。
時刻はちょうどナイトショーとの入れ変えの頃。あたりは奇妙な静けさに満たされている。
「ああ。ところで菊」
「なんでしょう」
「おれはコレがひじょ〜に可愛いと思うのだが」
妙な予感にとらわれた菊が振り返ると、フェリからショッピングバックを奪ったルートが、笑みを浮かべていた。ここでちょっと、マウンテンゴリラに微笑まれたところを想像して欲しい。今の彼の印象から、そんなにはずれていない。
そんな物騒な雰囲気のルートが手に持っているのは、
黒くて丸い例の耳(ティアラとヴェールつき)だった。
「確かに可愛いですけど……それがいったい……」
「つけてもらおうか」
「え?!」
思わず後ずさる菊に視線を合わせたまま、ルートは自ら
青いゾウの耳を装着した。
「自分からつければどうってことないじゃないか」
静かに呟く声に、紛れもない本気が潜んでいる。
「あ、あのですね」
「可愛いは、正義なんだよな?」
あっちゃ〜。菊は心の中で頭を抱える。統一と正義と自由が旗印の男の、踏んじゃいけない何かに触れてしまったらしい。
あのときの興奮状態はとっくに醒めているが、困ったことに記憶は消えてくれない。
「日本男児に二言はない。たしか前にそう大見得切ったよな。俺はよく覚えているぞ」
救いを求めて(あまりに頼りないが)フェリに視線を向けると。彼はとっくに傍観者モードに入って、デジカメを構えていたりする。
背中に冷や汗が伝うのを意識しながら、菊は何とか逃げる方法はないかと必死で知恵をめぐらせていた。
逃げ道などもちろんなく、フェリの撮った「ゾウ耳装着して菊に迫る怪しいルート」を含むすべての「けもの耳写真」は、後にブログで公開された。
その頃には当然理性が戻っていたふたりの間で、TDLが黒歴史になったのは言うまでもない。
終
PS.ブログを閲覧した皆様のコメント
>俺のいないところで楽しみやがってチクショウ!
>なにやってるんですかお馬鹿さん
>フェリシアーノ君、写真アップありがとうっ!
>なんだこれは。俺は夢でも見ているのか?
>DLならお兄さんの所にもあるんだよ。言ってくれればいつでも案内したのに。
>行くなら本場だろう? 俺に言えば、まとめて招待してやるのにさ!
>次は僕が行くからよろしくね。あ、もちろん菊の家だよ。
>写真……ダウンロードしたいんだけど……いいの、かな。
>けちけちすんなよべらんめえ。俺様引き伸ばし現像するから、データー送ってくれ!
>楽しそうやな。次はロヴィも誘ってや。アイツすねてしもうて俺、困っとるんや。
>勘違いするな! 俺は眠かっただけでそんなのじゃ。とにかくうらやましくなんか、ねえ!
※ ち、ちがうんだ言い訳させてくれっ!
最初は歌うシーンだけの予定だったのに、「ちょっと耳つけてみようか」などと欲張ったせいでこんなことに。……あれやっぱり私が悪いのか。
耳関連のシーンがすごいことになったので、ほかに考えていた会話は
すべて没になりました。
コレは一応「菊さんと一緒シリーズ」(別名:キャラ書き練習作品)なので、ルートとフェリは別々に彼と話すはずでした。
それらは後日、別のエピソードで使うことにします。削って削って削りまくったのに、今までで一番長いって……どーゆーこと(涙
ルートが帰り際にあんなことを言い出したのは、もちろん菊が正気に返るのを待っていたからです。ルートのどSなところ、ちょっと書いてみたかったのですがいかがでしょう。
なんじゃこの浮かれきった話は!と笑っていただけたら幸いです
あと、今更ですがコレを書きながら思ったこと。
「彼らはいったい、何語で会話しているのでしょう」
きっと国同士限定で通じる言語があるんです。ふぁんたじ〜は最強です。その上で、友人の国の言葉を勉強している設定だと良いな、と思います。
あ、もうひとつあった。例の歌の歌詞のようなものが書かれていますが、検索などを考慮して、英語版を適当に訳して使ってます。念のため。ちなみにサビの部分です。
翌日の話→
つきひがたつのもゆめのうち