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抱き心地




 ルートとフェリがふたりで菊の家に泊ったのは、年末押し迫った冬の瀬だった。
 菊が客人のために買い物に行ってしまったので、ふたりはコタツに足を突っ込んでのんびりしている。コタツという暖房家具は、一度入ると出られなくなる。この居心地の良さは悪しき誘惑だと、ルートは真面目に思ってしまう。
 そんな話をすると、ミカンをむいていたフェリが笑顔でこう答えた。
「そうだね〜。俺、日本人が何にでもリモコンつけたがる理由が、判った気がするよ」
「お前の尺度で測るな。日本人は真面目だから、仕事の手を休めずに済むように家電総リモコン化したのにきまっている」
「そうかなぁ」
 ミカンを食べながら、実にどうでもいい話を続けるふたり。すでにコタツの持つ「強制的癒し空間」 に取り込まれていることに気づいていない。
 ふたりの会話は、日本の話から菊のことに移行していった。
「菊はね〜このコタツみたいだよ。温かくて居心地が良くて、ず〜っと離れたくないんだ。ね? そんな感じだと思わない?」
 言いながら、フェリがコタツに手をまわして抱きついている。そうかもしれない、と一応同意したルートだが。
「一理あるが、奴は芯が堅いぞ。そこがコタツとは違うところだ。ああいうのを、鋼を真綿で包んだと表現するらしい」
 へ〜。と感心したように声を上げたフェリ。両手で何かを抱きしめる仕草をしながら、こう答えた。
「芯が鋼かぁ。でも、菊は見た目だけじゃなく、中身も温かいと思うんだけど。
 外がキルティングで軟らかくてもさ、中身が冷たかったらあんな感じにならないと俺は思う」
「それはそうだが。ところでさっきから何だその手つきは」
 ルートの問いに答えず、フェリはしばらく考え込んでいたが。
「うん。菊の芯は鋼かもしれないけど、それ自体がとても熱いんだと思う。ハグしたらわかるもん」
 フェリが自信を持って断言すると、ルートがなぜか渋面になる。
「お前……そんなこと、他の奴の前で言うなよ。変な好奇心煽ったら、菊が気の毒なことになるからな」
 フェリは脳裏から菊をハグした時の記憶を引っ張り出していたらしい。(そういう、想像を刺激するような表現はやめてくれ)と、ルートは心の中で呟いた。
 うっかり今、抱きしめ心地を試してみたいという方面に思考が向かった。さすがにそれはまずい、と表情を引き締めて誤魔化したルートだった。
「判ってるよ。菊はハグ、苦手だもんね! ……あれ?」
 フェリは額に手を当てて、何かを考えている。彼にしては珍しいくらい、真剣な顔で何か思い出そうとしていたが。
「もしかして、ルッツは菊をハグしたことないの?」
「……お前に比べたら、ないも同然かもな」
 ハグに積極的ではないルートと、ハグの文化がない菊。この取り合わせに何を望むのか。無理を言うなとルートは思う。
「そうか。そうだよね。じゃあ、菊にハグしてもらったこともないんだ」
「お前はあるのか」
 思わず聞いてしまったルートを見て、フェリがにんまりと笑った。
「あるよ」
 珍しく、ショックをストレートに顔に出したルートを見てフェリはさらにイイ笑顔になる。
「うらやましい? なら、ルッツもお願いしてみればいいよ! 菊、最初は嫌がるだろうけどあきらめちゃだめだよ」
 ラテン系の本領発揮である。ルートは初めて、「こいつちょっとすごいかもしれない」と思ってしまった。
「俺なんてさ、たぶん100回くらいハグして慣れてもらってやっとだよ。ルッツもやればできる!」
 ファイト。と掛け声をかけられて、ルートはコタツの天板に沈み込んでしまう。
 いや、しかし……などと口ごもっていると、フェリが彼の顔を覗き込んで囁いた。
「菊がハグしてくれるか、『ハグしてください』って言ってくれるまで待つの? 俺、それは無理だと思うなぁ」
 友情も恋愛も一緒だよ! もっと積極的に働きかけなきゃ。とまで言い切られ、ルートは返事ができない。いつもなら「俺には俺のやり方がある」と反論する所なのに。対人関係スキルの絶対量が違い過ぎると、実感してしまったルートは気持ちで負けている。
 挨拶としてのハグと、ハグとしてのハグ。いつの間にかずいぶん差がついてしまったようだ。
「……よしっ!」
 決意を込めて立ち上がるルート。
「何事も行動あるのみだ。さっそく実行するぞ」
「え?」
 問い返したフェリの耳に、玄関の開く音と友人の声が聞こえた。ルートは彼より先に、その気配を聞きとったようだが……。
 足音高く玄関に向かうルート。
「ええ? ちょっとまってよルッツ! 俺の話、ちゃんと聞いてくれた?」
 慌てて後を追おうとしたフェリの耳に、今度は菊の悲鳴が届いた。
「……あ〜あ。ルッツのバカ。単純。イノシシ」
 とにかく菊に謝らなきゃ、と。こたつから這い出して玄関に向かうフェリシアーノだった。

 終



PS.
「ああ、もう。フェリならともかく貴方がこんなことをするなんて」
「おどかして、すまない」
「驚いたなんてものじゃないですよ! 何の罰ゲームなんですかいったい!」
 ぽこぽこ湯気を出しながら怒る菊の前に正座して、ルートは大人しく反省中に見えるが。
(俺のハグは……罰ゲームなのか)
 慣れないことはするものじゃない。と、どん底まで落ち込んでしまったルートだった。
 




* 拍手御礼第7段でした。

 ウチのルートさんは、ひとことで言うと「若い」です。
 ハグも(家族は別ですが)挨拶と思うからできるみたいです。
 するのもされるのも大好きなフェリには、まあ勝てませんね。
 フェリにいつでもハグを要求される立場だから、逆を思いつかないのでしょうか。
 兄弟からは愛されまくってるからね。この、末っ子甘えっこめ。
 菊の言う「罰ゲーム」とは、「ルートが罰ゲームで菊に抱きついた」という意味です。
 でもルートは、自分のハグが菊への罰ゲーム。という風にとらえました。
 このふたりは、とても不器用でちょっと鈍感なんじゃないかと思います。


 続き→国境ゼロメートル


Write:2009/12/10

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