国境ゼロメートル
☆抱き心地。 の続きです。
「なるほど。そういうことでしたか」 ルートから事の顛末を聞きだした菊が、ため息をついた。 「それならそうといってくだされば、私も日本男児。受けて立つにやぶさかではありません」 真顔でそう言われ、今度はルートがため息をついた。何かがちょっと違うような気がする。 悩める若人の心を知ってか知らずか、自称年寄りの菊が両手を広げてルートに告げた。 「どこからでも、かかってらっしゃい!」 違う、完全に間違っている。そう思えど、ルートは「かかって来い」といわれて退くような教育は受けていない。
よし、とばかりにしがみつくと、菊はルートの懐から下手に彼のベルトを取って上半身でぐっと押す……。 「まて! どうして相撲の取り組み体勢に入ってるんだ!」 「あ。申し訳ありません、つい」 なんだかなぁ。と情けない気分になるルート。今までハグに至らなかった原因は、ほとんど菊にあると確信してしまう。 (自分はいったい何をやっているんだろう)という素朴な疑問さえ湧いてきた。
「とにかく、お前は何もするな。じっとしていろ。何なら目も閉じていてくれ」 わかりました。と呟いた菊が本当に目を閉じ、両手を後ろに回して無防備に立っている。 よし、これで何とかなる。そう思ったルートが菊に近づいて手を伸ばし……。 「菊」 呼ばれて、菊が顔を声のした方に向ける。その表情がやたらと硬い。 「あ〜。すまん、俺が悪かった。だからその、緊張電波を飛ばすのはやめてくれないか」 近づくだけで、菊がぴりぴりするのが感じられるルート。 「無理言わないでください。警戒水域に侵入されたら当然の反応です」 目を開けて、菊はほんのり微笑んだ。 「だって私、国なんですから」 「今のは、領海侵犯になるのかっ?! 俺はお前の友軍じゃないのか」 いくらなんでも、それはないだろう。がっくりと気落ちしたルートは、なぜかコタツに逃避してしまう。 自分でも(つまらない事で拗ねている)と思うので、さらに気が沈む。温かいコタツに頭から潜って隠れてしまいたい心境だった。 その時。ルートの隣に菊が割り込んできた。コタツ布団をめくって足を突っ込んできた菊が、小さな声で「すいませんでした」と呟く。 「自分でも、自意識過剰だってことは判っているんです。己を律することができず、申し訳ありません」 ルートに寄り添うように座った菊は、それだけ言うと顔を伏せてしまう。菊は菊で、恥じる思いがあるらしい。 「なんなら、相互不可侵条約でも安全保障条約でも結ぶぞ? 本当にそれで警戒を解いてくれるのなら、考えんでもないが」 そう答えると、菊はますます困ったように身を縮めてしまった。ルートに嫌味のつもりはなかったのだが、菊の心には何か刺さったようだ。 「言い過ぎました。貴方と、国同士の交流を論じたいわけではありません」 ごめんなさい。と呟いた菊が、少しだけルートにもたれかかる。これが精いっぱいの譲歩なんだろうと思うと、何だか微笑ましい。 「まあ、いい。お互いそのうち慣れるだろう」 くす。と菊が笑ったので、ルートは彼の肩に腕をまわしてみる。今は、こんなものだろうと思うと妙に落ち着いた。 思えば、四方を海に囲まれ国境を接したことのない国なのだ。そう考えたら無理のない反応なのかもしれない。 薄く笑ったルートを、見上げる菊もくつろいでいるように見えた。
シエスタから目覚めたフェリがふたりを見つけ、間に当然のように割り込もうとするのは、これから約10分後のことだった。
終
拍手御礼第七弾の、おまけです。
H様(いつも本当にありがとうございます)のコメントより「コタツでデレる菊」という案をいただきました。 菊さんのデレは、私にはとても難しいです。こんな感じになりましたが、いかがでしょうか(滝汗 この件についてルートは、「自分は悪くない」と思っているようですが。そうかなぁ? フェリならここまでの反応にならないことを考えると、彼にも原因はあるはずです。 やっぱ、似すぎているのが悪いんでしょうか?
あとはもう、三人で十姉妹みたいにぎゅうぎゅうとコタツに詰まればいいと思います。
Write:2009/12/12
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