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白くて赤い



 今年の3月14日は、日曜だ。朝から手持無沙汰な菊は、今日一日をどうやってすごそうかと考えていた。
 本当は、何も考えずに無心に手を動かしていたい。だから正直、仕事があった方が嬉しかった。
 しかし、いくらなんでも暇顔下げて休日出勤するわけにもいかず。庭の手入れには季節が早いし、家の掃除は昨日済ませてしまった。
「やはり……あれしかありませんね」
 呟いた菊は、割烹着を着用して台所に向かった。


 家じゅうに、小豆が煮える甘い香りが立ち込め始めたころ。庭のガラス戸が突然音たてて開かれた。
「菊! 遊びに来てやったぜ!」
「お久しぶりっす」
「あなたがたは。どう言ってもそこから入る習慣が改まりませんね」
 縁側から堂々と侵入してきたのは、菊の弟分のふたりだった。
「玄関から入るのは水臭いっす」
「そうそう。俺と菊の仲に、遠慮は無用だぜ」
 どちらが家主か判らないようなことを言いながら、コタツに滑り込むヨンスと香。
(少しは遠慮して欲しいと、八つ橋にくるまずに言うべきでしょうか)と、菊はそっと溜息をつく。
「いい匂いがするんだぜ」
 鼻をひくひくさせながら、ヨンスが呟いた。香は携帯をいじっている。さっそく誰かにメール中のようだ。
 まさか、この匂いを嗅ぎつけて訪問したんじゃないでしょうねと考えながらも、菊は「ちょうど良かったですよ」と口にした。
「いちご大福を作っていたんです。よろしかったら、食べていきませんか?」
 そう言うと、ふたりがコタツごしにハイタッチ。「やったぜ」などと単純に喜ばれると、菊もこの突然の珍客を歓迎する気が増してきた。


「これ、マジ美味いっす。菊さん、いい嫁さん的な?」
「いちご大福の起源は、俺んちなんだぜ!」
 口の周りを粉だらけにして満足そうに笑う香。ヨンスはいちご大福の写メを誰かに送っている。
 いつも通りの会話を聞きながら、菊も気持ちが落ち着いてくるのを感じた。日常は、偉大だ。
 ここ数日抱えていた悩みがピークに達し、(何も考えたくないっっ)な状態だった菊は、自分もコタツに収まってお茶を呑む余裕を取り戻していた。
 ところが。
「ホワイトデーにいちご大福は、気が利いてるっす」
「わざわざ来てやった値打ちがあったさ」
 げふげふ。
「菊さん、餅を喉に詰めるって、ありえない」
 香が背を撫でてくれるが、それどころではない。せっかく忘れようとしていた単語を、なぜこのふたりが蒸し返すのかと問い詰めてしまう菊だった。
「先月、俺はバレンタインに贈りものしたさ。だからお返しもらいに来たんだぜ」
「バレンタインは借金でも香典でもないと思いますが。というか、先月の贈りモノって。まさかあれ、バレンタインだったんですか?」
「もちろんだぜ!」
 笑顔でヨンスに返され、菊はコタツ板に顔を伏せてしまった。
壺キムチがバレンタインだなんて、思いませんよ普通! 嫌ですよそんなしょっぱいバレンタインは!」
 キムチがどうこう以前に、弟からバレンタインプレゼントなんて絶対嫌だ。そんなことなら受け取ったりしなかったのに。
「キムチ上等っす。ヨンスのキムチは鬼ヤベぇっす」
 指を振りながら香が力説するが、同意したいとも思わない。
「当然さ! 俺んちのオモニ(=お母さん)のキムチは世界一だぜ!」
 彼のところでしか作ってないのだから、世界一で当然だという突っ込みはさておき。
 バレンタイン的愛情と母の味は、「混ぜたら危険」レベルの取り合わせだと思うのだがどうだろう。
「だから当然、このいちご大福はホワイトデーのために作ったと思ったんだぜ」
「おあいにくさま。そんな相手はいませんよ」
 菊が答えると、なぜかヨンスと香が顔を見合わせた。
「でも菊さん、チョコもらってるはずっす。俺、知ってるし」
 香に指摘され、菊が眉をひそめる。
「……あれ、あなたからだったんですか?」
 すると香は立ちあがり、大げさなくらい首を横に振って見せた。ヨンスは天井を仰ぎ、「気がついてないって、勘弁して欲しいぜ」と呆れ口調でぼやいている。
「まさかチョコ食べなかった的な? ホワイトデーも放置系?」
 真剣な口調で問いただされ、菊はふと、「ある可能性」に気がついた。それを胸に秘めつつ、ふたりに説明をする。
「チョコは受け取りました。包装からカード、もちろん中身まですべて手作りの心がこもった品でしたから。
 少なくとも、贈ってくださった方の心を疑う気にはなれませんでした」
 そう言うと、ふたりがそろって「ほっ」と息を吐いた。(どうも、間違いなさそうです)と、菊は確信する。
「もしあれが手の込んだ悪戯だったら、バレンタインなんて信じられません。この先私、二月が来るたびに禅寺に閉じこもる所存でしたよ」
 引きこもりにかけては一家言ある菊が、そう言って笑った。
「よーくよく考えて、私にそんな事をしてくれそうな心当たりがひとりしか思い浮かばなかったので。その方あてにお菓子を送ったのですが」
 菊がふたりに視線を向けると、弟たちも息を呑む勢いで彼の話に耳を傾けている。
「送ってから、あれは私の勘違いではないかと。自惚れた思いこみではないかと。ずっと気になってろくに眠れなかったんです。今日も、何かしてないと落ち着かなくて」
 そこで菊は言葉を切り、「ありがとう」と頭を下げた。
「あなたたちのおかげで確信が持てました。あれはやっぱり、梅からの贈り物で間違いないんですね」
 ヨンスはますます呆れた顔をし、香は横を向いてぷっと吹き出した。
「梅が『名前を書けずに送ってしまった』って悩んでたから、俺たちが様子を見に来たんだぜ」
「もう、メール送ったっす。すぐ来い的な」
 よかったよかったと頷きあう弟たちに、菊は呆れて言葉も出ない。
「俺も写メ送ったさ。いちご大福がお前を待ってる、早く来ないと無くなるぜ! ってさ」
 ふたりとも、菊が梅のためにこれを作ったと疑わず、即座に行動したらしい。
 恐るべき早とちりというか、せめて人の話を聞いてからにしろというか。(後で説教しよう)と菊はこっそり決意した。
「いきなり呼びつけるなんて気の毒な。今からだと、夕食の時間に間に合うかどうか」
 菊がたしなめるように言うと、香がVサインを出す。
「無問題」
「梅は俺たちが日本に連れて来たぜ。会って話せば問題解決さ!」
「……あなたの人生観は、単純でうらやましいですよ」
 その言葉を待っていたように、ふたりの携帯の着メロが鳴った。同時にメールを確認した弟たちがぐっと親指を立てる。
「もう、こっちに向かってるっす。根性パネェ」
 俺様のお陰で解決したぜ! とふんぞり返るヨンスは、コタツから出る気はなさそうだ。普通は、解決したら「あとはふたりで〜」と退場するものではないかと菊は思う。
 まあ、ふたりっきりにされても最高に気まずいので、それはいいのだが。
「今夜はキムチ鍋がいいぜ!」
「あなたのバレンタインプレゼントがまだありますよ」
 菊が答えると、ヨンスはにやりと笑った。
「あんなの、当然嘘だぜ。バレンタインに話を振るため、あえて言ってみただけさ」
「ヨンスやるっす。ちょっと賢い、みたいな?」
「心臓に悪かったので、慰謝料を請求してもよろしいでしょうか」
 菊がにらんでも、ヨンスは平気だ。やんちゃな弟分は、「驚いたかそうか、俺すげぇぜ」と悦に入ってる。
「ホワイトデーにキムチ鍋って、どんな習慣ですか」
 菊が呟くと、弟たちが声をあげて笑う。
「菊さんちでは、紅白は縁起がいい系?」
「香、いいこと言ったぜ! これからホワイトデーは、キムチ鍋で決まりさ!」
「……あなたがた、毎年襲撃する気ですか」
 やれやれ、と肩を落とす菊。
 まもなく、彼の妹分もここを訪れるだろう。弟たちと同様、縁側の窓をたたいて、笑顔で来訪を告げるだろう。
 そうしたらまず、皆でいちご大福を食べて。
 次はキムチ鍋の材料を買いに、そろって出かけよう。
 白くて赤い、そんなホワイトデーもいいと思ってしまった菊だった。

 終




*ちょっと待て菊。梅ちゃんは山ほど言い分があると思うぞ。
 キレてヨンス達を追い出したいけど、菊の手前それもできずイライラする梅ちゃんも可愛いと思います。

 ホワイトデーは、日本以外の国にはない行事だよなと思いつつ話を考えました。
 韓国にも似た行事があるそうですね。すると、極東限定?
 それならと、菊がメイン。ホワイトデーは前提としてチョコを貰うべきかな。というところからスタート。
 よく考えたのですが、彼にバレンタインチョコを贈りそうな娘が一人しかいませんでした。
 はい。台湾ちゃんです。
 でも、私はまだ彼女を把握できてないので、こんな話になってしまいました。
 男兄弟の中の紅一点、皆から可愛がられてるイメージなのです。。
 兄貴風吹かすヨンスや、最近口答えする香をウザいと思いつつ、こんな時は頼りにしてたらいいな。
 ちなみに台湾ちゃんはメイ。香港君はホンと呼んであげてください。
 
 かねて書きたかったアジア兄弟の会話を思う存分妄想できて、楽しかったです。
 菊さん、弟たちと一緒だとまた雰囲気変わりますね。
 いつもは年長者っぽいんですが、普通にお兄ちゃんの感じになりました。

 いつどこで誰と居ても、パラレル舞台でも変らない伊独の方が、すごいのかもしれません。

 続き書きました。「それはそれ、これはこれ


Write:2010/03/15

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