それはそれ、これはこれ
梅が到着したのは、出発メールから15分後だった。 「早えぇっす。梅、鬼本気?」 すげ。と呟いて、香はお茶を口にした。 「お前のいちご大福は残してあるぜ。そんなに食いたかったとは知らなかったさ」 食いしん坊〜。と、ヨンスは彼女を指さして笑った。 梅はコタツでくつろぐ二人に目線を据え、両拳を固く握りしめている。心なしか身体も震えているが、ヨンス達は気がつかない。 「梅はちっちゃい時から食い意地が張ってるさ。機嫌が悪い時でも、甘いもので釣ればイチコロだったぜ」 「そんな昔の話はどうでもいいよ!」 コタツ板に手をついた梅が、低い声に怒りをにじませてこう言った。 「なんであんたたち、ここにいるの? 私のメール見たら、帰れ」 邪魔したら許さないとはっきり書くべきだったと思いながら、梅はふたりを睨む。 「梅怒ってる、みたいな?」 「照れること無いさぁ! 俺様への感謝は、言葉にしなくても通じるぜ」 通じてない。まったく通じてない。さらに言い募ろうとした時、菊が居間にもどってきた。 彼女のために入れなおしたお茶を勧めつつ、菊は「早かったですね」と笑顔を向けた。 「ホテルで待っていても落ち着かなくて」と、梅は菊の地元駅まで来ていたことを白状する。 勧められるままにいちご大福を手に取った梅は、その美味しさに自然口元が緩む。 「おいしい……」 さっきまでヨンス達を威嚇していた表情は、和菓子の上品な甘みが溶かしてくれたようだ。 そんな梅を、菊は楽しそうに見ている。 「甘いものを食べるときの顔は、昔と変わりませんね。幸せそうで何よりです」 梅は頬を染め、口元を袖で隠してしまう。言ってることはヨンスと変わらないはずだが、この態度の差は何だろうと、香は思う。 「実は、あなたあてにお菓子を贈らせてもらいました。入れ違いになったみたいですから、帰ったら召し上がってください」 え?! と眼を見開く梅に対して、菊はこころもち視線をそらす。 「手紙も入ってますが、こうして対面すると少し恥ずかしいです。読まずに返却してくれても……」 「そんなこと、しないよ! 返せなんて、言わないで菊兄さん!」 コタツの上に身を乗り出して、梅が真剣な声で告げた。さっきまでの嬉しそうな表情は一転して、今にも泣きそうに見える。
「そうですね。馬鹿なことを言ってしまいました。……あ。ちょっと失礼します」 菊は懐から携帯をとりだすと、受け答えしながら台所へ消えた。 残った三人、誰ともなくため息をつく。 「……ヨンス」 またしても極低音の声で、梅が名を呼んだ。気のせいか、居間の温度も下がった気がする。 「菊さん、私にホワイトデー贈ってくれたって! どうして教えてくれなかった?」 「俺たちも、さっき聞きだしたところっす」 「梅が自分の名前書かなかったのが、きっかけだぜ? 菊が困ってたのは教えたさ」
そう。実はヨンスのメールにはその事がちゃんと指摘されていた。
だから梅は慌てて飛んできたのだから。血相変わった梅を見て、タクシードライバーが「何か手伝った方がいい?」と聞いたくらいに。 うなだれた妹を見て、ヨンスが盛大に笑う。 「判ったら、それで良いさ。お前はまず俺に感謝して、それから菊に謝るんだぜ」 順番が逆じゃないかと思ったが、梅はコタツから出ると、きちんと三つ指をついて「お世話になりました」と頭を下げた。 このままずっと梅に睨まれるのは嫌だ。と思っていた香は、決着がついたとみて安堵した。 そこに、電話を終えた菊が顔を出す。 「頼んでおいた鍋の材料が届きました。手伝ってください」 はーい。と立ちあがったのは梅。「私が行くから」とふたりに告げると、足取り軽く台所へ姿を消した。 「機嫌がなおってよかったっす」 「あとは菊が俺に鍋を御馳走するんだぜ」 すべて俺のおかげだぜ、とヨンスは得意の絶頂だ。 台所では、菊と梅が語らいながら、作業している雰囲気がする。時々、梅のはしゃぐような笑い声が聞こえるから、あちらもうまくいってるのだろう。 そう思って何となく視線を向けると、梅と眼が合った。 梅は菊に向けた満面の笑顔はそのままで、ふたりに向かって右手をひらひら振って見せる。 当然、ふたりも笑顔で手を振り返した。しかし、菊が居間に背を向けた直後。 梅の表情が一転し、刺すような眼で座り込んだ二人を見おろす。さらに右手の中指を立てて、上へつき上げるゼスチャーまで送って来た。 「……え?」 菊が振り返った時には、梅の表情は元に戻っていた。台所は再び、和やかな会話に支配される。 しかし。 「ヨンス。梅、やっぱすっごく怒ってるみたいな? 後が怖い系?」 あの一瞬で「邪魔者は消えろ」というメッセージを受け取った香が、めずらしく空気を読んでヨンスに告げた。 「気にしなくていいさ。これに懲りたら、ふたりとも次は迷惑かけないように考えるはずだぜ」 対するヨンスは、けろっと言い放って動く気配もない。 「ヨンス実は深慮遠謀の人? ちょっと格好イイ的」 弟に持ち上げられて自慢げなヨンスだったが、実はすべて行き当たりばったりだという事実は当然口にしない。
あくまで居座った二人が、翌日梅に〆られたのは言うまでもない。 乙女心に薄っぺらな屁理屈は、通用しないという話。
終
*「白くて赤い」の続きです。
書いてみました。ハンガリー姐さん並みに気が強いけど、オテンバ娘な感じを強調してみました。
ちょっと口が悪い系の女子高生のイメージです。 菊さん以外の人には、非常にはっきりとした物言いをします。特にヨンスには。 即興なので、乙女なところがあまり書けなかったのが心残りです。
ちなみに香君。よそ様の香港君がDAIG●喋りだったので参考にさせていただきました。
いいのかなぁ?
Write:2010/03/20
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