夢の扉の向こうでは
フェリは、菊の膝枕でまどろんでいた。
普段から、ルートの膝を枕代わりに借用することも多い。しかし、その場合はソファに座るルートの片膝を枕にするのが普通だ。
彼の太ももは寝返りが打てるほど広くて快適だ。調子に乗って転がり落ちたことさえある。しかし、菊の膝枕は「両太ももに後頭部がおさまるスタイル」で、居心地が良い。
決め手はやはり「正座」。フェリの肩が菊の膝に触れる位置で横になると、角度も高さもまさに絶妙。
この座り方は、菊の家のオリジナル。(他の国の誰にも真似できないからね〜)と、フェリは満足そうに菊の足を撫でて……。 (あれ?)
違和感を覚える。菊は普段から和装を好むが、この季節はさらりとした木綿地の着物が多い。 しかし今触れているのは絹。指を滑る感触がなめらかだ。目を開けて、視線を上に向けると幅広の帯が目に入った。金糸銀糸の美しい淡いピンク。紺地の着物の柄は桜。 「あれぇ〜〜?」
思わず飛び起き、フェリはたった今まで枕にしていた人物と向かい合わせに座りなおす。その人は微笑んで「もう、よろしいのですか?」と問うてきた。 「菊、だよね?」 「はい」 その反応はまさしく、フェリのよく知る友人のものだったが。 「え〜? どうして菊が女の子なの!」
「何をおっしゃいますやら。元からそうですよ」 笑う菊の身体から、ふわりといい香りが漂う。 「そーだったんだぁ」 そんなはずはない。と、フェリの頼りない記憶中枢が警告する。今まで何度も一緒に入浴し、ナニの比べっこまでしたのだから、その判断に間違いない。 しかしフェリは自分好みの現実を即座に受け入れ、野暮な警告はゴミ箱に放り込んでしまった。データーの上書き完了。 菊の手をとって、さてどう口説こうかと思案した時。奇妙な発酵臭が鼻をついた。「あれ?」と思う間もなくフェリは両肩を強く引かれて後にひき倒される。
「ははは。お楽しみはそれまでにしてもらおう! 菊は俺のものだ!」
良いところを邪魔されたフェリは、ムッとして発言者をにらみつけた。
「アーサー、どうしてここにいるんだよぉ」
黒い礼服に身を固めたアーサーは、珍しいくらいの笑顔で即答する。
「菊にプロポーズするんだ。他に何がある!」
いつの間にか、「オンナノコ菊」が世界の常識になったらしい。落ち着いて考えたらすごくツッコミ所のはずだが、フェリは「何言ってるんだよ! 菊は俺のだからね」ととりあえずアーサーをけん制する。
武器を持っての戦争ならともかく、こういう戦いではめっぽう強気だ。
「あら、嬉しい」 その返事と共に、今度はワインの香りが鼻をくすぐった。アーサーの表情が凍ったので思わず振り返ったフェリが見たモノは。
「お前らしい性急さだねぇ。もしかしなくても、早漏なのかな? まあ、そういうところも可愛いけどね」 さっきまで菊がいた場所には、ダイナマイトボディのおねーさんがしどけなく座っている。深いスリットからのぞく足のラインも色っぽいの、だが。 「そういう事なら、迷わずお兄さんの胸に飛び込んでおいで!」 問題は、首から上がフランシスだったという事で。思わず手を取り合ったフェリとアーサーだったが、先に声を発したのはフェリの方だった。 「オメデトウ。俺、心カラ祝福スルヨ」
心理的ショックは膨大だったらしく、口調が怪しいことこの上ない。 「いらねーよあんなモノ!」 叫ぶアーサーの声に至っては、ほとんど悲鳴だ。 その時。今度は焼けた肉とケチャップの香りが漂ってきた。同時にふたりの頭上から「ヒーロー登場だぞ!」という、聞き覚えのある声が続く。
(今度は何だよも〜)と、真上を見上げたフェリの目に映ったのは……。
白くてもふんもふんした、どこかで見たことのある生き物(?)だった。 「きゃ〜。でっかいマシュマロが降ってくる〜」
視界を覆うほど巨大なそれは、「もちめりか」だった。
「……うなされてますね」 「でもまだ寝てるぞ。彼も結構図太いんだ」 菊の膝枕でシェスタ中のフェリは今、青ざめた顔でうなっている。 「これだけ騒いでるのに起きないってことは、菊の膝は寝心地が良いんだね。あ〜次は俺! お兄さんに代わって! フェリシアーノばかりずるいでしょ」 駄々をこねるフランシスに苦笑をして、菊はフェリの頭をそっと撫でた。
菊の家を訪ねてきた英米仏の三人。直前の電話で「私今ちょっと動けませんので、どうぞ勝手に中までお通りください」と言われていたのをいい事に、本当に室内に上がり込んだのだが。
そこで彼らが目にしたのは、菊の膝を枕に眠るフェリと、彼の頭を扇子であおぐ菊の様子だった。 扇子が動くたびに、白檀の香りが静かに舞う。 「何やってるの!」 これぞまさしく、全世界の男が垂涎する「日本人妻の膝枕」の図。菊は男だけど、それは些細な問題だ。 ずるい、ひいきだ、俺に代われ、などとやかましい三人に「安眠妨害は許しません」と菊が穏やかに、だがきっぱりと告げた。
すると三人は、「邪魔しなければいいんだね」と言いながら、鞄から飲み物や食べ物を取り出してフェリの周りに並べはじめた。
曰く「匂いって、夢に影響及ぼすんだってさ」とか。 嫌がらせにしてもセコすぎるので、さすがに菊も止める気になれなかった。 だが効果の程は間もなく現れ、フェリはこうしてうなされているというわけだ。 「どんな夢見ているんでしょうね」 「起こして聞けばいいじゃないか」 いっそ早く起こした方が親切だったと菊が知るのは、フェリの話を聞かされた後の事だった。
終
*立ち止まってそばにいての続きです。
コメントで「夢の内容は聴覚情報と嗅覚情報に左右されやすいということらしい」というお話を伺いました。
さっそくネタとして頂戴した、そんな話です。
三人が持ち出したのは、それぞれの鞄に入っていた「マーマイト」「赤ワイン」「ハンバーガー」でした。
書くのは楽しかったのですが、イイのかなこんな話で(滝汗
Write:2010/11/06
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