まけずぎらい
「ひどいよふたりとも〜。それともこれが『ツンデレ』ってやつなの?」
そう泣かれると返す言葉がない。思い返せばフェリの言うとおりで、彼の言は「王様は裸だよ」と告発した子供のそれに等しい。
彼の正直さは、相手に「本当はどうなの?」と真正面から突きつける。
人は己を騙していることにさえ気づかず生きていたりするもので、それは彼らでも例外ではないということだ。
「ツンデレはさておいて。手を出したことは謝ります。あなたの方に理があると思いますし」 「うわ〜判ってくれてありがとう菊。俺も愛してるよ〜」
今朝の分までぎゅぎゅとハグするフェリ。もみくちゃにされながら、菊は言葉を続ける。
「努力はしてみますが、あなたの域に達するのはちょっと難しいです」 「さっきは言ってくれたじゃない」
ほぉ、といわんばかりの視線をルートに向けられ、またしても菊のツンデレが表に出た。 「次は十年後ですね」 「ええ〜?!」
「ハグはもっと先かもしれません」 その宣言を受けたフェリは、菊の予想以上にしょんぼりとへこんでしまう。
暗い空気が充満した朝食が美味いはずもなく、フェリは食が進まない風情で先に食卓を離れた。 台所でルートと並んで食器を洗う。正直気まずさ最高潮なので、彼にも部屋に戻ってもらいたい菊だったが。 ルートは断固、その場を譲る気はなさそうだった。
「さっき、お前に『甘すぎる』と言ったが。むしろそれでいいのかもしれない」 菊が発言者を見返すと、ルートは薄く笑って告げた。
「態度で何も示してもらえなかったら、フェリはずいぶん寂しいだろうからな。あれ位言ってもらえば、少しは慰めになるんだろう」
そう言いながら、ルートも少し考える。 菊が他者からの愛情に鈍感だったり不遜だったりするとは思えない。受け止め方も表し方も、何かで包んだように柔らかく、見えにくいだけなんだろう。
表現が稚拙なのではなく、むしろ高尚なのかもしれないとさえ思うが……。
わからなければ無いも同然だろう、という気がして、少し腹が立ってきた。 「お前にはお前のやり方があるんだろうが、ちょっとは奴に合わせてみてもいいんじゃないのか?」 フェリの要求にこたえて、割と平然とハグやキスを送っているように見える男に言われて、菊は戸惑う。 「ですから……努力はしますと……」
「なら、『次は10年後』なんて言うな。いくら俺達が長生きでも、そんなに待てると思うなよ」
アレは言葉の綾で、と答える菊の言葉は、ルートの抱擁で強制終了させられた。フェリとは比較にならない胸幅にすっぽり取り込まれ、菊は一瞬恐怖さえ覚える。
自分を押さえ込む筋肉の厚みを身をもって知る。まったく以て嬉しくない体験だった。これを自分からおねだりするフェリの性向を、ちょっと心配してしまった菊だった。 「たったこれだけのことなのに、厄介な奴だなお前は」
仕掛けたほうは、小憎らしいほど平然としている。 ぱっと手を離され、菊はその場に座り込んだ。腰が砕けるとは、なさけないとうつむいてしまう。 「フェリの扱い方はだな。適度なハグと、美味い食事と良い音楽。 運動や散歩も忘れずに。あとは女の子を見せておけば、奴はいつもご機嫌だぞ」
「……貴方、フェリをペットの一種と思ってませんか」 「泣かせるよりはるかにましだ」
ルートの言に容赦がない。もしかして怒ってますか? と今更気付く菊。
「多くは期待しないが、とりあえずそばに居てやるというのはどうだ? それも無理なのか?」
首を横に振り、菊は「話し合ってみるので、しばらく二人にしてくださいね」とルートに告げる。 「了解だ」
菊が手を差し伸べたので、立ち上がらせるために彼の手を引くルートだったが。思いの外強く引っ張られ、彼のほうが床に膝をついてしまう。
「ご心配おかけました」 その言葉と共に立ち上がる菊が、ルートに近づいてすれ違うその瞬間。
菊の手がルートの肩を押さえると、小さな顔が不意に近づいてそして。 (今、何か頬に触れなかったか?)
唖然とするルートを残し、菊はさっさと部屋を出て行く。 柔らかい感触を頬に残された方は、一人取り残されてトマトより真っ赤になっていた。
(あれで、一矢報いたことになったのでしょうか?) 捨て身で攻撃を仕掛けたのは良いけれど、結果確認せずに逃げてしまったのが竜頭蛇尾というべきだが。 やられっぱなしでは気がすまない、実は相当負けず嫌いな菊だった。
終
*拍手御礼第二段です。
迷走しまくった「笑ってよ俺のために」の没シーンのひとつです。ちょっと妙な方向に流れた気がします。
読み比べていただけたら、どれだけ迷走したかわかると思います。
何故ルート視点で書こうとしたのか自分でも不明です。
没になった理由は、フェリが「もっと、俺の話をきいてよ」と泣いたからです。
一番彼に甘いのは、私ですね。 他の没シーンは、どれもとにかくフェリが喋っています。しばらく奴の愚痴は聞きたくない(汗
ハグと頬ちゅ、なら問題ないかな? と思ってしまう自分の感性が、既に信用できません。 SSとして仕上げるために手直ししたら、さらに怪しくなりましたがもう知らない〜っと。
Write:2009/09/07 (Mon)
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