とっぷてきすとぺーじ 本文へジャンプ


笑ってよ俺のために



「事情は判った。だが、菊お前甘すぎるぞ」
「! 貴方が言いますか?」
「言うとも。子供じゃあるまいし、いちいち行方を探す必要がどこにある」
 朝の食卓越しに飛び交う激しい会話。数日前にも見られた光景だが、今度は発言者が変わっている。
「客の身を案じるのは当然でしょう。怪我も完治したとはいえないんですから」
「自業自得だろう? 痛い思いをすれば少しは学習するんだから、放っておけばいいんだ」
 そう断言したルートは、小声で「過保護」と呟いた。言われた菊の表情が険しくなり、朝っぱらから暗雲垂れ込めそうな気配になってきた。
「そういう自分はどうなんですかっ」
 ばん! と食卓を叩く菊。こぼれた味噌汁をフェリがそっと拭き取っている。
「俺のどこが過保護なんだ」
「自覚がないとは恐ろしい。普段の貴方は、過保護と書いてルートヴィヒと仮名振ってもいいくらいです」
 珍しい口論を、フェリは沢庵かじりながら聞いていた。
「ねえ、続きは後にしなよ。菊が作ってくれた食事がさめちゃうよ」
 穏やかに水を差され、菊が気まずそうに黙る。人の争う気配や感情が苦手なはずの彼が、至ってのんびり構えて居ることに違和感を感じたのは、ルートだった。
「……すいません。食事中に喧嘩はよくありませんよね」
「へ? 今の喧嘩だったの?」
 素の表情で問われ、がっくりと力が抜けるふたり。
「では、いったいなんだと思っていたんだ?」
 ルートに問われ、フェリは「ん〜?」と首をかしげる。話の内容を聞いてなかったのでは、と菊が思った時、何かに思い当たった的な笑顔でフェリが答えた。
「えっとね。ふたりの愛が嬉しかったです」
 つまり。フェリにとって今のやり取りは、ルートと菊が彼に愛を叫んでいたことになるらしい。
「…………」
 次の瞬間、フェリの柔らかほっぺは左右から思いっきり引っ張られていた。
「貴様という奴はっ!」
「これは、おしおきが必要ですね」
「え? ちょっと待ってよ俺何か変なこと言ったの? あ、もしかして照れてる?」
 今度はふたりの拳が左右から、フェリのこめかみに「ぐりぐり」とねじ込まれた。
 ここまではいつものノリ、爽やかな男のボディランゲージだった。フェリが「も〜ひどいよふたりとも」とふて腐れて終わるのが常……なのだが。
「俺どうしていいか判んないよっ。『ツンデレ』なんて、嫌いだぁ」
 ツンデレだけを流暢に日本語で発音して、フェリは居間を出て行ってしまった。
「……」
 残されたツンデレ二名は、気まずげに顔を見合わせる。開けっぴろげすぎるフェリの愛情表現は、時としてふたりには耐え難い。それが共通認識なのだが。
 実は、彼が間違ってないこともよく判っている。ちっ、と舌打ちして立ち上がろうとしたルートを制して、菊が「私が行きます」と言った。
 今日に限っていつもと様子が違うなら、原因は今朝の話にある。菊はそう考えた。
「しばらく、ふたりにしてください」
 ルートにそう言い置くと、フェリのあとを追った。


 菊が客間に入ると、フェリは縁側でスケッチブックを広げていた。
 そこに描かれていたのは、青空。
 雲は紙の白さを残すことで表現し、水彩で青く染めた空は、まさしく今の季節の色だった。
 黙々と絵筆を動かすフェリの隣に座ってみたものの、話しかける言葉が思いつかない菊。
「あなたは、間違っていません」
 結局いきなり本題から入ることになった。余計な世間話など始めたら、フェリが心を閉ざしてしまう気がしたからだ。
 フェリは首を左右に強く振ると、震える声で呟いた。
「好きだって、言ってくれたじゃない」
「……はい」
 脊髄反射で言い逃れしそうになった自分が忌々しい。菊は立ち止って受け入れる決意を固めた。
 先日、フェリが事故にあったと聞かされて動揺した時以上の胆力をかき集めなければならなかったが。
「アレは、俺のこと慰めてくれただけ? 俺があんな話、したから?」
 やっぱり、引き鉄は今朝の会話だった。
「俺、愛してるって言い続けるの平気だよ。返事もらえなくても、笑ってもらえたらそれだけで、100年でも200年でも言っちゃうよ」
 菊は自分を嫌ってないと思う。だから平気。だから大丈夫。
 そう自分に言い聞かせて。
 でも、フェリからのハグもキスもうけつけてもらえず。言葉にだすと嫌がられると、したら。
 いっそ嫌われているならともかく、情のある言葉をくれたのに尚この態度なのだとしたら。
「もう、どうしていいのか判ンないよ、菊」
 ぽつり、と涙がスケッチブックに落ちる。綺麗な青空がにじむ様がそのまま彼の心のようで、菊は身の置き所がなかった。
 とはいえ。どうすればいいという案も思い浮かばず、菊はフェリの頭をなでようと手を伸ばす。
「!」
 彼に届く直前、菊の手はフェリに固く掴まれていた。
「菊だけ触るの、ずるいよ。いつもそうなんだから! 俺が触ろうとしたら身をかわすくせに」
 いつに無く激しい口調のフェリ。しかし、表情はむしろ寂しがる子供のようで。
「愛したり心配したりしてるのは、俺だって同じなのに」
 ねえ、判ってる? 残酷だよ菊。気まぐれに愛を投げてよこすだけなんて。
「俺が迷惑なら、どこかで線を引いて」
 そしたら俺、そのラインの外からお前に接するから。近寄るなって言うならそうするから。
 ぽつぽつと散る涙が、スケッチブックの青空を曇らせてゆく。
「……私は、どこからやり直せばいいのでしょうか」
 ようやく菊が口を開いた。彼の話を聞きながら気持ちを整理していたというのもあるが、むしろ言葉をはさむ余裕が無かった。
「! 今朝のあれは取り消さないでね! 俺本当に嬉しかったんだから」
「でも、悲しませてしまいました」
 それはそうなんだけど。でもイヤだからね! と食い下がるフェリ。たった今「線引きしてくれ」と言ったのはいったい誰なのか。
 菊は、捕まったままの手を、自分の肩に導く。
「仲直り、しませんか? 私を許してくれるのならですが」
「……ハグ、していい?」
 頷くと、フェリは菊をそっと引き寄せた。縁側に並んで座った状態だと、ふたりの頭の位置はさほど変わらない。
 菊の倫理だと、友情にここまでの密着は必要ないのだが。フェリには必須だということは判る。恥ずかしくて逃げたい気持ちを抑え、ひたすら「忍」の一字を念じる。
 そんなことを考えていたら。フェリが一瞬だけ頬を寄せて呟いた。
「ありがとう、菊」
 なぜここで、どうして感謝の言葉なのか。
「菊がこーゆーの苦手なのは、判ってるよ。でもだから、今朝俺舞い上がるほど嬉しかったんだ」
 わがまま言ってごめんね〜。今日からまた俺、頑張るから。
 菊から身を離し、告げるフェリはいつもの彼だった。


 居間に戻るとルートの姿が無かった。外に出た様子はなさそうだと思っていると、Tシャツとズボンの裾を捲り上げたルートが戻ってきた。
 どうやら、風呂の掃除をしていたらしい。じっと座っていられないところが彼らしい。
「何とかなったみたいだな」
 穏やかに問われ、菊は「おかげさまで」と答えた。
 ルートは台所から麦茶を一式持ってきて、菊に勧める。
「……顔が、赤いぞ」
 からかわれてさらに血が上る菊。その様子を何故か楽しそうに見ながら、「意外と静かだったな」とルートが呟いた。
 意味を図りかねて首をかしげると、ルートはちょっと視線をそらす。
「いや。お前も泣きおとされたんだろうと思ってな」
「貴方もですか」
 考えてみれば、菊よりずっと前からフェリの攻撃(?)を喰らってきたのは彼だ。似たようなやり取りがあっても当然だろう。
「でも、いいんです。私にもいたらないところがありましたから」
「俺は殴ったぞ」
 え?! と目を丸くする菊。
「当然だろう。ごちゃごちゃ泣き言を抜かすから、とりあえずガツンと一発」
 そんな気の毒な、と呟く菊に、ルートは笑顔を向ける。
「だからお前は甘いんだ。アイツはそんなに柔じゃないって。結構打たれ強いから、嫌なら嫌と、一度拳で判らせてやれ」
「……そんなアドバイスがあるなら、先に言ってくださいよ」
 それくらい自分で判断しろ、と笑うルートがイヤに嬉しそうなのが気に障る。
「一度貴方とも、きっちり話をつける必要がありそうですね」
「おお。いつでも受けて立ってやるぞ」
 精神のベクトルが似ている彼らのほうが、コミュニケーションは成立しやすいらしい。たとえそれが負の方向にむかったとしても。
 同時に立ち上がるふたり。菊がルートの胸倉掴まんばかりに踏み込むと、ルートも菊を威嚇するように獰猛な表情を近づける。
 にらみ合ったふたりが口を開く直前。
「ねえ〜。俺今日はスケッチに行きたいな」
 暢気な声が割って入った。しかし、フェリはふすまを開いたその場で硬直している。
「……俺の居ないところで仲良くしてるよ〜。ずるいよふたりとも〜」
 彼の目には、二人が情熱的に見つめ合っているように見えたらしい。燃え上がるラテンの血は、どこまでも熱く厄介だ。
 泣きながら半裸で飛び出しそうになったフェリを、なんとか玄関でとり押さえるのに成功した菊とルート。
 結局フェリの機嫌を直すために、残りの時間を費やしてしまいそして。
 夜になってお互い「だからお前は甘い」と責め、朝のやり取りがエンドレス状態になったという。


 終

PS.
 「で、貴方は彼とどんな話をしたんですか?」
 「双方が納得するまで条件を詰めたさ」
 「……条件ですか」
 「ああ。ハグは会った時に三回まで。キスが欲しいときはあらかじめ申告。
  腕組みや抱っこの要求は不可。と言うか、やめろ。 
  不意打ちは即時報復攻撃で応じるから、その覚悟で来い。
  ちなみに、公共の場での要求はまず却下だと思え。
  ざっとそんな感じかな。ん? どうした畳に突っ伏したりして」
 「さすがにフェリが気の毒になってきました」
 「これだけ条件つけても突撃喰らう俺は、気の毒じゃないのか」
 「寝室への侵犯を許してる人が、今更何の寝言ですか」
 「……お前、最近可愛げが無いぞ」

 


*書いても書いても終わらなくて、泣きそうでした。
 何度も構成を変え、いくつかのシーンを没にしてやっと仕上がりました。
 シリアスは、苦手です。でも書いておきたかったので自業自得です。
 フェリがちょっと可愛い……イヤ、可哀想で。
 「直江兼続の例の兜を装備して、ルートに馬乗りになって威張るフェリ」
 なんてシーンをを想像して心をなごませていました。
 え? 何か間違えてますか私。
 没シーンは手直しして、拍手お礼文に挙げようと思います。
 ちょっと雰囲気も変えてみよう。


 翌日の話→笑いながら話せる日が来るなら
 没ネタ→まけずぎらい

  Write:2009/08/04 (Tue) 12:30

 とっぷてきすとぺーじ