かぼちゃのじかん
「ハロウィン?」 菊に問われ、ルートとフェリが顔を見合わせる。 「ええ。貴方達の秋祭りなんですよね?」 三人は今、ベルリンの街中にいた。ショーウィンドウは大小さまざまなカボチャが飾られ、オレンジと黒が乱舞している。 それを見ての菊発言だったのだが。 「いや。俺のところでハロウィンがブームになったのは、最近だ。元々アレはアーサー一族の習慣だぞ」 「そうそう。俺んちでもあまり盛んじゃないよ」 そうだったんですか。と、菊はちょっと残念そうに呟いた。現在日本に持ち込まれている欧州の習慣は、実はイギリス発祥アメリカナイズのモノが多い。 (意識に上らないほど自然に、影響受けていたんですね) クリスマスやハロウィンは、キリスト教圏に共通と思っていた菊。ふたりに見られないよう、そっと溜息をつく。 「仮装ならカーニバルでできるけど、カボチャランタンは作ったこと無いな。俺も一度やってみたい〜」 菊が落胆したのを見てとったフェリが、こんなことを言い出した。 「まあ、アレなら市場で手に入るな。ためしに作ってみるか」 「どうせなら、大きいのを買おうよ! 写真撮って、兄ちゃんにも見せたいしさぁ」 夕食の買い出しのついでに、カボチャを買って帰ることにした三人だった。
自宅へ帰ったギルは、玄関で弟たちと鉢合わせした。 ルートの友人が泊りに来る事は事前に聞いている。いつもの事なので、彼らが何をしていても気にしたことはなかった。 だが。今回ギルは初めて「お前ら、何してるんだ」と問いただしてしまう。そろって庭に出ようとしていた三人が、それぞれ何やら物騒なものを持っていたからだ。 「ピッケルとノコギリと、肉包丁?」 ギルほど豪胆な男でも気になる。何を作るのか、あるいは壊すのか。 どう考えても、想像の域を超えていたのだから仕方がない。 「ああ、庭に来てくれ。見てもらった方が早い」 言われるまでもないとばかりに、ギルは勝手に庭に回る。 後についてきた菊が何か言うより早く、庭を一目見たギルが大声を上げた。 「な……んだ、こりゃ? おいこらじじぃ、どうしてうちの庭に攻城兵器があるンだっ」 「いろいろ突っ込みたいんですが。とりあえず、じじぃってのは私の事ですか」 ギルが庭の一点を指差して叫ぶのに、菊が答えている。 ふたりの視線の先には、並みのビール樽をはるかに凌駕する物体があった。秋の日差しを受けてオレンジ色に輝くそれは……馬鹿馬鹿しいほど巨大なカボチャだった。
「で?」 ギルに問われ、三人は顔を見合わせる。 「だからね〜。どうせなら大きいのがイイってことになってさ。市場でそう言ったらおっちゃんたちが次々大きいのを持ってきてくれて……」 ウチの看板カボチャはこれだ! いやいや、うちのはもっと大きい! そんな感じで見せられているうちにカボチャはどんどん巨大化していった。 「だからって、本当に一番大きいのを買う必要があったのかよ」 「後に引けなくなって」 兄ににらまれたルートが、小声で答えた。 「なにをガキっぽいことを……」 そこまで言って、ギルは一緒にいるふたりに視線を向ける。 「ギル、怒らないでね。最後にそれを買うって言い張ったのは俺だから!」 「申し訳ありません。私もつい、止めるタイミングを見失いました」 (ああ、なるほど。こいつらと張り合って無茶したのかよ) 幼いころからどこか達観した、クールな奴だと思っていたが。今頃になってこんな一面が拝めるとは思ってもみなかった。 唇から、彼独特の笑い声が漏れる。何故笑われるのか判らず、ポカンとしている三人に「じゃ、始めようか」とギルが声をかけた。 「お前ら、このカボチャを甘く見てるぜ。包丁なんかで歯が立つかよ」 ギルは庭の隅にある薪小屋に行き、薪割り用の手斧を手にとった。 「まあ、見てなって」 慣れた様子で振り上げた斧を、お化けカボチャに振りおろすギル。 スイカなら一撃で破裂させそうな打撃を受けても、カボチャはびくともしない。 「な? すげー堅いんだって、この皮。俺、昔こいつを投石機で飛ばして攻城戦したことがあるくらいなんだからよ」 「投石機? ルッツ、知ってた?」 「いや、初耳だ」 斧を再び振り、さっきと同じ場所に正確に打ち下ろす。少しだけ傷がついた。 「話してなかったか? とある城塞都市に攻め込んだ時の話だ。丁度収穫の時期で、畑にカボチャがごろごろしててさ」 投石用の岩運ぶの面倒だから、代わりに使ってみたんだ。と言って、ギルは笑いながら斧を振る。 「面白かったぞ。壁は壊せなかったけど、屋根くらいなら簡単にブチ抜いたからな」 「面白いって……ギルは過激だよぉ」 「まあ。ギルですから」 フェリが嘆き、菊が判ったような口をきく。 繰り返しふるった斧の刃が、ようやくカボチャの皮に亀裂を入れた。ぴしり、という音と共に、甘いような独特の香りが庭に広がる。 「城壁内にこの香りが充満してさ。カボチャ嫌いの奴らが悲鳴をあげて逃げ回ってたっけな」 ギルに変わってルートが手斧を受け取り、カボチャの底部をくりぬく作業にかかった。思ったより時間がかかりそうだ。 「童心に帰るのは結構だけどよ、後始末はちゃんとしておけよ」 片手を振りながら、ギルは室内に戻る。彼には彼の予定があるのだ。いつまでも弟をかまっていられない。 「あ〜あ。すっかりカボチャ臭ぇ。シャワーあびなきゃ、な」 平和だよなぁ。カボチャ飛ばしてた頃が別世界だぜ。
戦うしか能のない男にはもう、居場所もねえってコトかもな。
シャワーを浴びたギルは、着替えて居間に戻った。誰もいないと思ったその場所には、ふたりの男がたたずんでいた。 「おっ、早いじゃん珍しい」 ギルが声をかけると、背の高い方が振り向いた。肩幅では負けるが、身長はルートを上回るゲルマン系の青年が、軽く手をあげる。 兄弟からは「ジーク」と呼ばれる男。別の名をザクセンという。 「いつも時間厳守なのに、なにかあったのか? あ、フェリシアーノ。奴を迎えてくれてありがとうな」 もう一人は、庭でカボチャと戯れていたはずの客人だった。来訪者に気付き、迎え入れて相手も務めていたようだ。 「違うよ〜。ジークが俺たちに気がついて、庭に回ったんだ。カボチャ工作手伝ってくれるっていうから、申し訳なくて俺がこっちでお相手してたの」 フェリの言葉に頷くジーク。彼が内心残念に思っているを理解したのは、ギルだけだった。 (ああ。こいつ、ルッツやフェリに会いたくて早めに来たんだな) そこまで感づいたギルだが、敢えて口にしない。なにも言わなくても、フェリが今こうしてジークと語り合っているのだから十分だろう。 「だって、ジークおしゃれしているのに。カボチャで汚したらもったいないよ」 「その時は、ルーの服を借りる」 「やめとけって。あいつの服はビジネススーツと作業着の二択なんだからよ」 フェリが「ひど〜い。でも、フォローできないっ」と叫んだので、三人はそろって笑った。 ジークはグレーに細いピンストライプのスーツとワインレッドのシャツ、ネクタイは黒系という結構派手な服装。「一歩間違えたらケバダサ」な取り合わせを寡黙な雰囲気が相殺して、むしろ渋さを感じさせた。 一方のギルは、レザージャケットの下にVネックセーターというラフなスタイルだ。他の兄弟が選びそうにない着こなしだが、やはりよく似あっている。 「二人とも格好いいよ! これから一緒に出かけるの?」 ジークが片手をあげ、乾杯のしぐさをして見せる。「呑みに行く」と言いたいらしい。 「そっか、残念だな。じゃ、明日は一緒に晩飯食おうよ」 「いや駄目だ。二三日帰らない。オスト地区の奴らと話し合いっつーか、色々あるんだ」 隣でジークも頷く。「じゃ」と短く答えて出ていこうとしたふたりの背中に、フェリが飛びついた。 「な、なんだ?」 フェリはふたりの肩に手をかけ、精いっぱい背伸びして二つの頭の間に割り込んだ。 「あのさ。俺、聞きたい事があるんだよ」 周囲をはばかるように小声で、フェリは囁いた。 「ドイツが一つになって、お前らが帰ってきて嬉しいよ。ねえ、ふたりとも。……ずっと、いてくれるよね?」 フェリの身体が震えているのは、無理な背伸びのせいだけではなさそうだった。 「消えたり、しないよね?」 ふたりの肩に、フェリの力がかかる。渾身の力で縋られて、兄二人は困ってしまう。 「そんな予定は、ねえんだけどな」 ギルが答え、フェリの背中を軽くたたく。 「でもよ。俺たちが知っているあの子供だって、消える気なんて無かったんだ」 ぎくり。と、フェリの身体が揺れる。ジークが咎めるような視線を向けたが、ギルは構わず話し続ける。 「追われて逃げて、泥だらけになってさ。行き場なんてどこにもなくなっても、あきらめなかったんだぜあのガキ。 あいつは心に『帰る場所』を持っていた」 聖なる国の子供。あっけなく別れ、それっきりになった少年。フェリにとっては思い出すのもつらい……でも、思い出さずにいられない人。 力が抜けたフェリの身体を、ジークが支えた。 「悪りぃ。でも、わかるだろ? 約束なんて無意味なんだ」 フェリの腰に、ギルの腕が回る。軽い身体を持ちあげると、真剣な表情で呟いた。 「ゲルマン系はしぶといんだ。お前らラテン系に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ」 あいた手でフェリの頭をなで、最後にギルはこう言った。 「だから、信じろ」 「わかった」 小さく答えたフェリは、「俺もう、あんなルッツ見るの嫌なんだ」と涙声で囁く。 「お前がいれば、大丈夫だ。なあ、そうだろ?」 慰めたつもりの言葉は、裏目に出た。フェリはギルに抱きつくと、突然声を上げた。 「そんなわけないでしょ! 誰もギルの代わりなんてできないよ! 判んないの?」 しがみつかれ揺さぶられ、ギルは眼を白黒させる。ジークはいつの間にか離れた場所で、ため息をついていた。 「俺がいるって? もちろんだよ! 俺、ずっとずっと奴のそばにいるっ! ラテン系はねぇ、そうと決めたらしつこいんだ!」 フェリの声はどんどん大きくなり、ギルはさすがに焦る。こんな話、ルッツの耳に入れたくない。 「だからギル、俺に負けないでよ! ジークもゲルマン魂見せてよ! ねえ、いかないでっ!!」 いっちゃ嫌だよ〜。と号泣するフェリの声は、さすがに庭まで届いた。慌てて飛び込んできたルートと菊が目にしたのは。 『泣きわめくフェリを抱きしめてなだめるギル』の図だった。 「これはいったい、どういうことだ?」 ルートがとりあえずジークに問う。 「聞いた通りだ」 確かに、「行かないで」と叫ぶフェリの声は外まで聞こえたが。 「言っといただろ? 俺達しばらくオスト地区に行くって。そんな話をしてたらフェリが、なあ」 途中経過を豪快に削り、ギルはしれっと説明する。おおむね間違っていない所がミソだ。フェリもしゃくりあげながら、必死で同意している。 「お・ま・え・という奴はっ! そんなことで泣く奴があるか! 明日はひさしぶりに特訓だ! 鍛えなおしてやるっ」 ヴぇ〜。と鳴いて、しょんぼりするフェリ。それに構わず、ルートは兄に近づいて頬にキスを贈る。 「物騒な噂も聞いている。十分気をつけてくれ」 「俺を誰だと思ってるんだ。余計な心配すんな」 抱擁する兄弟を、菊はぽかんと見て……慌てて眼をそらす。 (なぜ、呑みに行くだけでこんな『今生の別れ』状態になってるんでしょう) フェリまでが「俺も俺も〜」とギルに抱きつくに至って、菊は(文化です。すべて文化の違いで説明がつくんです)とお経のように唱える始末。 その時。離れて立っていたジークが、「おい」と声を出して菊に手を差し出した。掌を上に向けて招くしぐさが「こっちへ来なさい」という意味だと、菊でも知っているが。 (これは……私にも抱擁を期待している?) 見ていた三人も驚く。菊に、こんなことを要求する人間がいるとは思わなかった。 ほとんどの奴は、菊の持つ『天然バリアー』ともいうべき頑なな態度を見てあきらめるのに。 菊はぐっと口元を引き締め、ジークに近づくと片手を彼の背後に回して軽く背を叩いた。 「いってらっしゃい。貴方とは、ゆっくり話したかったですよ。改めてまた」 「喜んで」 ジークも同じように片手を菊の背中にまわして、ごく軽い抱擁を贈る。 双方瞬時に妥協点を見出したらしい。 「俺…今日からジークの事、兄貴って呼ぼう」 フェリの呟きを聞いたギルが、にやりと笑って菊に声をかける。 「何だお前、しばらく会わない間に人間練れてきた? じゃ、俺にも一つ……」 最後まで言わせない勢いで菊がギルに歩み寄ると、通り過ぎざま彼の足を踏んで行く。 情けない悲鳴に目もくれず、菊は居間から出ていってしまった。 「……なんでこうなるの?」 ギルの問いに答えられる者は、ひとりもいなかった。
一同が庭に戻ると、完成した巨大カボチャランタンが迎えてくれた。 「迫力あるなぁ」 ギルが呟くと、フェリが嬉しそうに胸を張った。 「どーしても、焔の揺らめきが欲しくてさ。オイルカンテラをふたつ、仕込んでみましたぁ」 「なるほどな」 風で揺れる炎が踊る。複雑に動く影が、カボチャが何かを呟いているように見せる。 「いい出来だな」 そう言いながら、ギルが菊のそばに近づいてきた。 「楽しかったですよ。でも、明日はきっと筋肉痛ですね」 じじぃ。とギルが冷やかすと、菊は怒るでもなく「そうですね」と認めた。 拍子抜けしたギルは、なにやら気も抜けたようだ。 「あ〜。でもお前、タフだよ」 ギルの腕が菊の肩に回る。 「よく付き合えるよな。あのパワーはすげぇっていうか。俺、もうついていけないぜ」 「フェリのパワーには、だれも敵いませんよ」 肩を組んで、小さく笑う二人。 「なんだか急に、老けた気分だぜ」 ギルのつぶやきを聞き咎め、菊は首をひねって顔を見上げる。 ランタンの赤い光に照らされた表情には、珍しく疲れに似たものが浮かんでいた。 「……私から見れば、貴方もまだまだかわいい部類ですよ。年寄りぶるには修行が足りませんね」 菊がそう告げると、ギルはケセセと笑った。 「へーへー。未熟者は粉骨砕身、努力するか」 ギルの背後に回った菊の手が、いたわるように彼の背を撫でた。 「一緒にこの、カボチャの時間を楽しめないのは残念ですよ」 (こいつ、やっぱり何か変ったよな)と、ギルはこっそり思う。 「ジークフリートさんにも、そうお伝えください」 「……お前、あいつと何か付き合いあったっけ?」 さっき感じた疑問をぶつけると、菊はあっさりと答えた。 「私たち、ペンフレンドだったんです。しばらく疎遠でしたが、最近文通が復活しまして」 「ぶんつー?」 なんだそりゃ。あの無骨な男が、手紙なんか書いていたのか? ギルはどうしても、自分のイメージと一致せず悩む。 「東洋文化、特に陶磁器に興味がおありだということでした」 菊が初めて訪欧した時から続いていたというから、なおギルは驚く。 (いや、黙ってしっかりやることはやる奴だけどな) 不言実行を絵にかいたようなジークの性格を思えば、さほど違和感はない……ような気がしてきた。 「お会いするのは久しぶりですから、楽しみにしていたのですよ」 ようやくさっきの一連の行動に納得がいくギル。 (ジークの奴、菊に会いに来たんじゃねえか!)そうならそうと早く言え。なぜ肝心のことを黙ってるんだあの野郎は。 その要領の悪さがあまりに「らしく」て、ギルは頭が痛くなってきた。 ギルは菊の体から腕を外すと、ずかずかとジークに近づく。問答無用で弟分を羽交い絞めにすると、菊に差し出した。 「ほれ。こいつは置いて行くから、ゆっくり旧交を温めてくれ」 ジークの背を突き飛ばし、ギルはひとりで外門に向かう。 「ギル!」 ジークに呼び止められたが、ギルは軽く手を振っただけで歩みを止めない。
一人がさびしすぎる男。という不名誉なあだ名を持つギルだが。 無駄にいい恰好してしまう性格がその原因のひとつだと知っているのが、弟のルートくらいだということが……。 彼のもっとも不憫なところかもしれない。
終
*「逝かないで」を「行かないで」とごまかせるのは日本語だけなんですが。
すいません、スルーしてください(苦
ジークことザクセンさん、初書きです。最小限のセリフで性格描写するのがテーマでした。 バイエルンさん以上に地味な人になってしまいましたが、うちのザクセンさんはこんな人です。
実はギルより年上の可能性があります。
建国に関する本人の記憶は、あいまいな様子。
そもそも人間関係の上下を気にしない人なので、ギルの弟という立場で文句はないそうです。
最初は皆でカボチャ時間を楽しむ話だったのですが、途中でフェリが暴走しました。 いきなり飛びついて「いかないで」と言い出した時には、私が一番困りましたよ。 あの子はまったく油断できません。何を言い出すかわからない。でもそこがいいんです(こら
最後の「足ふんづけ」は、菊がちょっぴり八つ当たりしました。珍しいです。 実は、八つ当たりできる程度に心を許しています。
ギルと菊がはじめて会う話は、こちら。 『ガチンコ。』
この夜の話・小ネタ→願い事は、一つだけ
Write:2009/10/30 (Fri)
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